15回目
長く空いてしまいました。
相変わらずぐだぐだですが、少しでも楽しんで頂けますように。
眠ると、そう言ったのに。
どうしてっ!
あれが最後って、言ったじゃないかっ!
きらめく淡い色の髪が絡み付いてくる。
それを引き千切ろうともがきながら、潤は叫んだ。
振り払っても、ちぎっても、天蚕糸よりもいっそうのこと細い髪の毛が、絡み付いてくる。
蜘蛛の贄の食べ滓のように、潤の精神を絡めとろうとするのだ。
ごめんね……と、くちびるが動く。
でも、やっぱり、彼といたいんだ。
そんな風に、ことばを紡ぐ。
取って代わられる。
その恐怖に、潤は、ただ、暴れつづけるしかなかった。
「ジュン」
「ジュンにいちゃんっ」
目の前に、心配そうな顔のふたりがいた。
「あ……」
「ひどくうなされていたよ」
「大丈夫か」
流れる涙を拭われて、潤はふたりを抱きしめた。
グレンとの情交の頻度の高さが、潤を疲弊させ体調を崩したのはつい昨日のことだった。
そうして発覚した事実が、ジュンを打ちのめしたのだ。
彼は、妊娠していた。
「メガン、マルカ……」
弱い所ばかり見せている。
自分が情けなくてたまらなくなった。
本当に、もしかして、自分は女性より精神的に脆くなっているんじゃないかと思えて来るのだ。
情けない。
少し熱っぽい身体をふたりから離して、ジュンはベッドから出ようとした。
「大丈夫か」
心配そうなメガンに、うなづいて、ジュンは数歩よろめきながら歩いた。
「にいちゃん」
マルカの悲鳴じみた声に、ジュンは自分が床に膝をついているのに気づいた。
「ベッドが嫌なら、ソファに移るといい」
薄い肌かけを手に、メガンが続き部屋に向かうドアを開けた。
「飲み物と食べ物撮ってくるから」
マルカの声にうなづいて、ジュンはソファに腰を下ろした。
ほんの少しだけ開いている窓から、風が入ってくる。
「寒いなら閉める」
「気持ちいいから」
「わかった」
ふたりの態度は変わらない。それが嬉しいような、落ち着かないような、変な気持ちになる。
自分でも自分が、気持ち悪いと言うのに。
男なのに。
ジュンには、自分の性の半分が女だと言う自覚が未だに薄い。
ないと言ってもいいかもしれない。
これは本来自分の物ではないのだと、突然身体に穿たれた女性器に嫌悪にも似た感情があった。
それなのに、男に抱かれたあげく、子供まで身ごもったと言うのだ。
気が狂いそうだった。
眠る度、男に抱かれる度に出てくる、あの存在を呪いたくなる。
男に未練を抱き、消えると言いつつ消えようとはしないあの存在だ。
一見儚げでいて、自分の欲に忠実な、悪魔。
自分をこんな境遇に落し込んだ悪魔だ。
憎かった。
肉体を持っていたのならこの手で殺したいくらいには、憎くてたまらなない。なのに相手は、肉体を持たない存在なのだ。
ごめんね……との囁き声に、吐き気がした。
もう少しだけ………と、断ち切れない未練に怖気が走った。
他人のからだを使ってまで欲望を満たす悪魔たちに、逆らうことができない自分に、絶望を覚えるのだ。
そうして、もうひとり。
もしくは、ひとはしら。
自分を見下ろした金色の瞳に、背筋を冷たい物が駆け抜けた。
今朝、突然の王妃の訪問に、ジュンはどうすればいいのか判らなかった。
それは、メガンもマルカもそうだったろう。
王の妾となってから、二度目の対面だった。
最初の日に儀礼的に王妃に挨拶をしてからは、ずっと顔を会わすことはなかったのだ。
毫ほどの興味もなさそうに自分を見下ろしていた金の目に、憎悪を見出したとジュンは思った。
手にした扇で腹部を指し示され、
「わたくしは、宿すことも育むこともできはしないと言うのに」
押しあてられた扇の先が、かすかに震えているように思えたのは、ジュンが震えていたからなのだろうか。
それとも、王妃の苦しみだったのか。
ジュンには判らなかった。
「このまま力をこめれば、流れるか」
かすかに込められた力に、ジュンはただ目をつぶった。
逆らうことだけは許されない。
絶対的支配者の正妃相手に、逆らうことなどできるはずがないのだから。
もっとも、自分だけだったなら、逆らったかもしれない。
扇をはねのけ、これまでにたまっている色々なことをまくしたてることをしたかもしれない。
しかし。
ジュンには、守らなければならない存在がいる。
いつも自分を守ってくれる、メガンとマルカのふたりだ。
彼らだけは、絶対に、王妃の狂気に触れさせたりはしない。
あの哀れな男たちのように北の塔へと連れてゆかせたりはしないのだと。
「王妃さま」
王妃に付き従う女性が静かに声をかけたのと、突然ドアが開かれグレンが入ってきたのとどちらが先であったろう。
グレンは目したまま王妃に近づくと、ただ、ジュンの腹部へと当てられている扇ごと手を握ったのだった。
「そこに息づくのは、私の子だ。判っていよう」
静かな声音に、王妃が大きく震えた。
それは、恐怖だったのか、それとも何か別の感情のゆえだったのだろうか。
「粗相をいたしました」
強張りついた声で謝罪をすると、王妃はもはやジュンには一瞥もくれずに部屋を出て行ったのだった。
部屋には、グレンとジュン、後はメガンとマルカだけが残っていた。