13回目
ジュンが我慢していることは、判っている。
ジュンが何を我慢しているかも、知っている。
知りたくなんかなかった。
けれど、知っているからこそ、ジュンが自分を頼ってくれるのだと言うことも、理解していた。
もちろん、この城にいるものは、ジュン自身を知らなくても、ジュンがどういう存在なのか、知らないなんてありえない。ジュンのところに、それだけ頻繁に、この世界で何よりも尊い存在が通っているのだ。それでも、ジュンが頼るのは、弱音を吐くのは、その尊い存在でも他の誰でもない、自分たちの前だけなのだとメガンは知っていた。そうして口には出すことはできないが、それが、ほんの少しだけ自分の心を慰めていることも、理解していた。
しかし。
ついてくるのじゃなかったと、どれほど後悔しただろう。
心が痛んだ。
メガンは扉を睨みつけた。
マルカが今ここにはいないことが、幸いに思えた。それでいて、独り、ここに控えていることが、苦痛でもあった。
なぜなら。
たった今、あの扉の向こうで、ジュンが神王に抱かれているからだ。
神王がやってきた刹那ジュンが見せた表情が、メガンを暗い懊悩へと落しこむ。
最初から、ジュンは自分などの手には入らない存在だったのだ。
あの力。
二つの性。
ジュンは、神の側に属する者だったのだろう。
それでも、ジュンから離れることなど思いもつかなかった。
自分たちを癒してくれるあのすばらしい力を知ってしまっては、知らなかった頃には戻れなかったのだ。
だれよりもやさしいジュンは、そんな自分たちを裏切ることなどできなかったのだろう。
自分たちがジュンの足枷になっていることを痛いほどに感じながら、それでも、メガンはジュンを思い切ることはできなかった。
ジュンの身体の秘密とジュンの身体から立ちのぼる甘いかおりを、知ってしまった時に自分が彼の虜になってしまったのだと、メガンは痛いほどに感じる。
見るともなく見てしまった、ジュンの秘密は、未だ脳裏に焼きついている。
忘れようとして、忘れられるものではなかった。
守りたかった。
誰にも散らせたくなかった。
それを、神王は、今もまた、当然とばかりに散らしているのだ。
メガンの心臓が、握りつぶされるかの痛みに襲われた。
あの日、神王は突然、何の前触れもなくやってきた。
メガンは、思い出す。
その日はいつなのか。まるで刑の執行に怯えて暮らす死刑囚のように、不安と恐怖とに苛まれていた日々は、あの瞬間に、終わったのだ。
代わりに訪れたのは、平穏などではない。
神王の来訪に震えるジュンの恐怖の日々だった。
それをただ見守るしかないメガンとマルカの懊悩の日々だった。
「誰かがいるんだ」
神王のはじめての来訪があった翌日。
いつまでも起きてこないジュンに、メガンもマルカも、心配のあまりいても立ってもいられなかった。
事後にジュンを清めたのは、神王本人だったのだろう。本来なら、ジュン付きの部屋子である自分たちの仕事だと、騒ぐ胸を堪えてそっと起こさないように確認した。
幾重もの帳に閉ざされた寝台の上、日の光すら色褪せたその中で、死んだかのように眠るジュンに、メガンは息を呑んだ。
土気色した顔色の悪さとは裏腹に、きつく食いしばったのかくちびると、ながした涙の量を推しはからずにはいられないほどに腫れた目元だけが、色づいて見えた。
かけられた布の下を確認する勇気はなかなか出て来なかったが、それでも、と、勇気を奮い起こした。
一晩でひとまわりも痩せたかに見えるジュンの全身に散る証が何か、知らないほどメガンも子供ではない。
それを見た刹那メガンの全身を貫いたものは何だったのか。
理解する以前に、込み上げる涙となって、視界を白く歪めた。
「ジュンにいちゃん、病気なの?』
我に返ったのは、マルカのその一言のおかげだった。
「違う。さ、起こしちゃ駄目だから、出よう」
自分たちがすることは残ってはいない。
汚れているだろう寝具すら、残されてはいなかったのだから。
マルカの背中を押しやりながら、メガンは、そっとジュンを振り返った。
そうして、メガンとマルカは息を殺すようにしてその午前中を過ごした。
ジュンの悲鳴が聞こえてくるまで。
駆け込んだふたりに、ジュンは抱きついた。
「誰か、誰かがいるんだ」
「ジュン?」
「ジュンにいちゃん?」
全身の震えはとまらない。
怖かった。
グレンに腕を掴まれて、寝台の上に押し倒された。
自分を見下ろしてくる黒い瞳に、捕食者の飢えを見たと思った。
捕まえた獲物を頭から喰らおうとする、期待を見たと思った。
決めたはずの覚悟など、何の意味もなかった。
声もなく服を剥がれ、ただなす術もなく翻弄された。
全身を這うグレンの感触に、ただ鳥肌が立った。
足を開かれ、抱え上げられた恐怖は、すぐに全身を貫く激痛へと取って代わった。
突き上げられ揺さぶられる灼熱の痛みに、目の前も思考も、ただ朱一色に染まったような錯覚を味わった。
身体が変わってゆく。
変えられてゆく。
未知の恐怖に意識を手放そうとしても、どうしてもできなかった。
まるで、診察台の上、医師の手が次にどの器具を持つのかを確かめずにはいられないかのように、最後の意識を無くすことができなかったのだ。
しかしそれも、身体の奥深くでなにかが弾けるまでのことだった。
その一生味わうことはないはずだった、他人の精を体内に受け入れるという未知の感触に、ジュンの最後まで覚めていた意識は、ようやくのことで閉じることができたのだ。
それなのに、ジュンの閉じたはずの意識は、まだ起きていたのだろうか。
その後に起きたことを、ジュンはなぜか記憶していた。
歓喜に震える自分であって自分ではない誰かの思考が、自分に話しかけてくる。
謝罪でありながら、自分の望むことを完遂する強い決意のみなぎったそれを、拒絶することはできなかった。
穏やかにジュンに謝りながら、それでいながら、ジュンの許しなど最初から欲してはいないのだと。
自分からグレンに抱きつきくちびるを寄せ、求められるままに淫らな行為に耽溺した。
それは、自分ではあっても、けっして自分ではない。
見知らぬ、他人だった。
他人に自分の身体の主導権を奪われたのだ。
その屈辱と恐怖とを、どうすればいいのだろう。
勝ち誇ったかのような捕食者のまなざしは、熱をはらんでねっとりと甘く、睦言を紡ぐくちびるは、まるで芳醇な蜜をしたたらんばかりにたたえた大輪の花のようだった。
そうして、見知らぬ他人はそれを嬉々として受け入れたのだ。
違う。
これは、オレじゃない。
じゃないのに!
そんなジュンの叫びは、すべて、意味のないものだった。
ジュンのくちびるから出るのは、他人の感じた快感故のあえかな喘ぎばかりだったからである。
「誰かが、オレの中にいるんだ」
間違いなく自分を見てくれる、メガンとマルカに抱きついて、ジュンはただ、そう言い続けていた。