12回目
苦しみの時代は永く続いた。
人心は荒れ、世は荒んだ。略奪も暴行も、人殺しさえもが日常茶飯事となり、力ない者はただ怯えるよりなかった。
親を亡くした放蕩息子のように、ひとは己の不明を恥じ、いつしか、神そのものが禁忌の様相を呈したのだ。
ひとは、神を忘れたふりをした。
しかし。
そうでないものもいた。
直接神に仕えつづけた者たちである。
神が閉じた扉を中心に、かつての神の城は、神殿へと変貌を遂げた。
幾代もが過ぎてゆく。
しかし、彼らは祈りと謝罪とを忘れなかった。
禁忌とされる神を心の奥底で密かに求めるようになっていた襲われ略奪されるだけの弱い者たちは、彼らの元へと集まった。
それが、世の中心、神王の都のはじまりである。
元へ。
ひとの祈りが通じたものか、神が姿を見せたのは、あまりにも唐突だった。
何の前触れもなく、祈る者たちの前で、扉が開いた。
神の姿は、彼らの間で語り継がれた、光り輝く男神とは違っていたが、まとうものはあきらかだった。
神殿の長が、
「我が主」
と驚喜のうちに額付けば、誰が疑うだろう。
神が連れ立つ黒髪の美貌の主を、かつての轍を踏むまいと、ひとは神に属するものと、認めた。
その本性を知ることなく。
そうして、ひとの苦しみは、まだ続くのだ。
神の絶望は、まだ癒えてはいなかった。
ひとはただ、己らの犯した罪の深さに、ことばをなくすよりなかったのである。
逃げることは、不可能だった。
すべては、神の決めたことであるのだ。
潤はくちびるを噛み締め、瞼をきつく閉ざした。
眉間に深く刻まれた皺が、悦楽に酔う証でないことは、あきらかだった。
肌触りも極上の敷き布が、潤のからだの下で捩れる。
滲む涙は、羞恥か苦痛か。その両方か。
朱に染まるからだが、小刻みな震えを宿す。
イヤだと、潤は思った。
女のように抱かれることは、潤にとって、苦痛以外のなにものとも思えなかったのだ。
誰か助けてと。
食いしばった口が、空気を震わそうとする。
しかし。
それは、からだの上を動くグレンによって阻まれた。
まるで潤の心の叫びを読み取ったかのように、グレンの動きが激しくなったのだ。
ただひたすらに翻弄されて過敏になっていた潤のからだは、それを堪えることなどできなかった。
そうして、潤は意識を失ったのだ。
ごめんね。
ウルウ。
だれかがささやいた。
耳に心地好い声だった。
でも、君でなければならなかったんだ。
私のすべてを抵抗なく受け入ることができる器は、君だけだったから。
哀しそうな、それでいて、どこか歓喜をはらんだ声だった。
どんなに探しただろう。
どんなに求めたろう。
もう一度彼と共に在るために必要な器を。
私もまた、私を強く求める彼を求めたのだ。
彼は私のゆえに罪を犯し、私は、彼を愛したから彼の罪を許した。
それもまた罪だと知っていて、どうすることもできなかった。
あんなにも激しい思いが私の心の中にあるなどとは、少しも知らなかった。
ただ存在するだけでしかなかった自分に、あんなにも様々な感情があるなどとは知らなかった。
だから。
愛するという、罪にも似た苦しさに、私は溺れてしまっていた。
与えられる快美な感覚に、溺れていたんだ。
初めての感情と感覚に、溺れていたんだ。
そんな私に罰がくだらないわけが無い。
たとえ神であれ、罪を犯すこともあれば罰を受けることもある。
そういうものなのだ。
だから、彼を失うことは、私が殺されることは、当然のこと。
それは、私に下された罰だ。
しかし。
それでも。
諦めることのできなかった私を許してほしい。
これを最後に、私は眠るから。
だから。
「あ……ああああーっ」
潤の叫びに、扉が開いた。
「ジュンっ」
「ジュンにいちゃんっ」
駆け寄ったメガンとマルカに、ジュンは抱きついた。