10回目
なぜなら、王でありながら神であるグレンと同じ時の流れを生きるものは、神以外には存在しなかったからである。
この上ない存在だった。
ふたつとない、極上の、宝物。
しかし、存在は明らかに彼らの世界にあるものとは異質でしかなく、だから、ひとは、その異質な存在が彼らが崇める“神”の唯一であることを認めることができなくなったのだ。
ただ、神であるグレンにも神であったそれにも、ひとの心は理解できないものであったのだろう。
まるで親に見捨てられた子供のように、親の興味を惹こうと闇雲に泣きわめく子供のように、自分たち以外に向けられるグレンのまなざしをひとは厭うようになったのだ。
嫌悪はいつしか憎しみへと変貌を遂げた。
良くも悪くも絶対の存在である神は、急激な変化を知らない。ゆるゆるとただ自然が我慢強くその形を変えてゆくかのような変貌しかしないのが、神である彼らの性質のひとつであった。ゆえに、ひとならぬ彼らに、それは伺い知ることのできない心の動きであったのだ。
蛋白石で飾られた淡く不思議な風合いの部屋で、異界の神はただグレンを待っていた。
異界の不思議な旋律で紡がれた神の名を、この世界のことばに直せば、“ウルウ”となった。
ウルウと、愛する神の名を呼ぶ。
淡い花の色に染まる布に埋もれて眠っていた神が頭をもたげる。
同胞を失い世界を失い流した涙に琥珀の色は色褪せて、そうして血の色を宿すようになった。
しかし、それすらもグレンには至上の宝珠としか思えなかった。
彼に仕える人間たちが何代も代替わりをしてゆくうちに、彼らの時間はどうしてもひととは同じには流れないのだという証のように、堕ちた神はゆるやかに変容を遂げていた。
グレンに抱かれるようになって、異界の神はひとがましい存在へと変貌を遂げはじめたのだ。
すこしずつすこしずつ、ただグレンという存在にふさわしくあろうとするかのように。
その健気とさえ言える変容を、グレンがどれほど愛しく思い愛でていたのか、知る者はといえば、ウルウに仕えたほんのひとにぎりの人間だけだった。
苦痛に歪むまなざしは汚濁も残酷も知らないとでも言うかのように、美しい。
その一対の宝玉に盛り上がる透明なしずくが何故なのか、知らない振りをすることなど簡単だった。
慎ましやかなまろみを帯びた胸のふくらみが、双の性を持つのだと主張する下半身の象徴が、切なく震える。
それらを愛しみ、その名を呼ぶ。
悲しむことなどどこにもありはしないのだと、すべては自分の罪なのだと、囁いた。
そなたを欲した自分の罪なのだと。
あの日あの時、たまさかに迷い込んだ異界の存在にどれほど心を奪われただろう。
未だ神でなかった頃の幼いグレンは、ただ一目で魅了されたのだ。
そうして、知った。
どうすればそれを手に入れることができるのか。
手に入れた後はどうなるのか。
神になりたくて手に入れたのではない。
愛して手に入れたから、神となったのだ。
古き神々を殺し、その血に濡れて、新たな神は世界を創造する。
いずれは、自分もまた、そうして殺されるのだろう。
しかし、そこに恐怖はなかった。
普遍の存在としてそこに只在りつづけることは、ひとが想像する以上に苦痛なことなのだ。
いつか訪れるだろう死は、神にとってはある種の救済ですらあるのだから。
だから、ウルウから死を奪ったことに対する罪悪は常にグレンを苦しめた。
それでも、どうすればこの愛しい存在を失うことができるだろう。
彼にだけ教えた真の名を、彼のやわらかな声音で紡がれることの悦びを、失うことなどできなかった。
グレンさん、結構健気かな〜と思ったり。
説明的ですねぇ。
も少し続くかな。
短めですが、少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。