リューヤの休日
春ですね。
今回は趣向を変えてのほほんとした話です。
では、どうぞ!
「ふむうううううううううう・・・・」
日曜、朝8時半。
仙宮寺 リューヤは、心地よい眠りから眼を覚ました。
「あああ、今日は日曜。安息日だ。今日は何を言われようが、俺は休む!」
知らず知らずにこぼれて来る笑みをたたえながら、リューヤは床の中で大きく伸びをした。
「宿題は無いし、予定も無いし、今日は一日ぐーたら出来るぞお!」
布団の中でごろごろと寝転がっていたリューヤは、嬉しくてたまらないと言う風に更に回転速度を増した。
しかし、次の瞬間にリューヤは絶望した。
「リューヤ様あああああ!!!!!海坊主様です!!!!!!!」
響が全速力で駆けて来たのだ。
「・・・・・・は?」
「仙宮寺 リューヤ様ですね」
「そーだけど」
仙宮寺家、客間。
私服に着替えたリューヤ、リューヤの向かい側に袴を履いた小さな子供、そして・・・・。
「・・・・・・・・」
リューヤは訝しげな表情で目の前にあるそれを凝視した。
「何なんだよコレええええええええええ!!!!!!!!!!!」
リューヤが指差した先にあるもの、それは、ブヨブヨと水の塊のような物がどんぐり眼をカッと見開き、ブヨブヨと揺れる小さな手で湯飲みを持っている、異様な光景だった。
「コレとは失礼ですね、我が主に」
子供が厳しい表情で言う。頭にヒトデのようなものをつけ、何の感情も読み取れない眼でリューヤを見つめる。
「いや、コレをコレ以外にどう形容しろっての!!何!?ぶよぶよの水の塊とでも言えばいいの!?」
リューヤが発狂しそうな声でそう叫んだ。指を差したまま腕をぶんぶんと振る。
「こちらは海神様であらせられまするぞ」
子供が手を水の塊の方に向ける。
「海神様は、人間界を観光される事を望んでいらっしゃいます。どうか、古くからヒトならざる者と人間を繋げてきた仙宮寺家の次期当主、お力をお貸しください」
子供が手を畳につけ、頼む。海神は横で静かに茶をすすっている。
「~~~~~~~~~~~」
「案内して差し上げなさい、リューヤ」
リューヤの祖父、白竜が襖を開けて出てきた。
「じい様」
「これも次期当主となる試練じゃよ」
にいい、と白竜が笑う。
「なーんか上手く丸め込まれた気がする・・・・・」
リューヤは海神と子供をつれて町に出た。
「で、海神様はどこに行きたいんだ?」
今、海神たちは人の眼に見られないように術を使っている。つまり、リューヤは周りの一般人から見れば、何も無い空中に向かって話しかける危ない人、と言うわけだ。
「そうですねえ!!和菓子屋さんに行きましょう!!」
明るい、屈託の無い声が響く。
「・・・オイ」
リューヤは眉根に皺を寄せた。
「なんでお前らが居るんだ!!」
リューヤは、明るく笑う寧子、響、仏頂面のシモンを順繰りに指差した。
「だって、リューヤ様をお一人には出来ません」
「リューヤ様のお傍にいるのが我らの務めです」
と、寧子と響が慇懃に答える中、
「リューヤ一人じゃ危ないからな、いろんな意味で」
と、シモンが答えた。
「俺は箱入り娘!?てかシモン、お前この間のアナスタシア戦では居なかったくせに、こんな時だけくんじゃねえ!!」
「仕方ねえだろ!!俺だって忙しいの!!」
二人が言い争う中、海神がのそりと口を動かした。
「ぱ・・・・・・」
全員がいっせいに眼を向ける。
「凪丸、ぱふぇが食べたい」
全員がきょとんとする。
「パフェえええ!?何そんなフェミニンな物食ってんの!?」
「海神様は西洋好みなのです」
「海神なのに!?毎日海草とか食ってそうなのに!?」
子供――――凪丸は、少しむっとした顔で、
「海神様をなめないでください。世の中の変化に伴い、海神様もお勉強なさっているのです」
と言った。
「・・・判ったよ。でも海神様がパフェ食うってことは、一般人から見たらスプーンが勝手にパフェをどっかに運ぶってことで・・・・」
リューヤはその光景を想像し、周りのパニックを考え、ぞっとした。
「・・・仕方ねえな」
リューヤは町の大通りにある、洒落たカフェの裏口に向かった。
ガチャ、と薄汚れたドアを開け、厨房を覗き込む。
「おーい、三平蛇!!!」
すると、奥から蛇のようなきつい顔をした、コック姿の若い男が出てきた。
「あれ、リューヤ君!その節はお世話になりました!」
「あのさ、この店のパフェって、お持ち帰りできるか?」
唐突に出された頼みに、事情が良く飲み込み無いような顔で、三平蛇は首をかしげた。
「お持ち帰り?んー、まあ店長に頼んでみるけど。あれ、そちらのブヨブヨした方は?」
「海神様だっ!!」
凪丸が答える。
「へえ。じゃ、ちょっと待っといて」
三平蛇が戻ってきたのは二、三分後だった。
「はい。店長が、リューヤ君の頼みだったら断れないって。器を返すのは何時でもいいからって」
「サンキュ」
リューヤは家路に着きながら、海神に話しかけた。
「なあ、食べるのは俺のお気に入りの場所でどうだ?」
羽衣町七丁目・狂櫻神社。
年中花が咲く年もあれば、四月になっても咲かない年もある桜がご神木のこの神社を、リューヤと海神、凪丸は訪れた。
「おい、狂い桜。まだ七分咲きくらいか。頼む、大事なお客なんだ。満開にしてくれねえかな」
リューヤが桜の大木に向かって話しかける。
すると、まだ物足りなかった桜の枝枝が、みるみる内に花開き、あっという間に満開となった。
「ありがとな」
リューヤは桜の枝に飛び乗り、凪丸と海神を引っ張りあげた。
「どうだよ。きれーだろ」
桜の枝に乗ってみる花は、見上げると薄桃色の花々の間に青い空が見え、美しい光景を生み出していた。
海神はパフェをほお張りながら、ぼそりと喋った。
「仙宮寺 リューヤ」
「ん?」
海神はパフェの最後の一口を食べ終わると、げっふと満足の音を出し、
「気張りなさい」
と言って、
「凪丸、帰るぞ」
というと、ゴウっと音を上げてどこかに消えて行った。
「・・・・・え?」
翌日、月曜日。
「あー、結局昨日は疲れただけだった。最悪だ・・・」
起床したリューヤは寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった。
「リューヤ様あああ!!大変です!!」
玄関には、大量のワカメ、昆布、ホタテ、蟹など、海の幸がコレでもかと言う位に積まれていた。
「海神様のご加護でしょうか」
「パフェ一つでえらく大層だな」
リューヤはぴくぴくと動いている蟹を持ち上げながら、
あんな休日も好いかな、と少し思った。
「まあ、睡眠時間は欲しいけど」