The Crow Circles In The Moonlight Night Part4
サブタイは「鴉は月夜に舞う 4」です。
今回は衝撃の展開!
そして今回も竜夜の出番は無い!それも衝撃!
ではどうぞ!
空蝉の 唐織衣何かせむ
綾も錦も 君有りてこそ
飛燕が月夜をさらって伊賀に帰ってから、二ヶ月が経った。
相変わらず、飛燕は忍び稼業に精を出していた。
つまりは、暗殺と諜報である。
なるべく、月夜の前では血は見せないようにしていたが、人の心が読める月夜は、手に取るように飛燕が人を殺していることが判った。
判っていながら、気付かぬ振りをしていた。
於・飛燕の主の館。
「旦那、ただ今越後より帰りました」
飛燕が庭先で主に報告している。
「ほう、帰ったか。お主最近、仕事が早いの。あの女のせいか」
品の悪い笑い顔で、主が聞く。
「まあ、そんなところに御座りましょうな」
その質問にぞんざいに返答し、飛燕は肩を鳴らす。
「しかし、海猫が不服そうにしておったぞ。お主、気付いておるのじゃろう?」
主はどっかと縁側に腰を下ろし、豊かな腹を抱えるようにした。
「あいつがどう思おうと知った事ではありませぬな」
これまたぞんざいに飛燕は答える。
「ふひゃひゃひゃひゃ。そうじゃの。お主が人に気を遣っている所など見たこと無いわ」
高らかに笑い声を上げる主を冷ややかな眼で見てから、
「では、失礼いたしまする」
と言い残し、飛燕は消えた。
飛燕が館を去って直ぐ、海猫と数十人の忍びが呼ばれた。
「親方、何の用にござりましょう」
皆を代表して、庭に伏している海猫が声を出す。
「うむ。これから客人が来るでな。お主等は館の警護をしろ」
「警護ですか」
珍しい事もあるものだ、と海猫は思った、
「そうじゃ」
にんまりと主は笑う。
飛燕は真っ直ぐ家に帰った。
家では、月夜が待っているはずだ。
「!飛燕殿、お帰りなさいませ」
扉が開くと、ぱっと笑顔で飛燕を迎えてくれた。
「ああ、ただ今」
月夜がこの家に来て変わったことの一つは、飛燕が「ただ今」と言える場所が出来た事だった。
「お怪我はありませぬか?」
月夜は囲炉裏にくべていた薪を放り投げ、飛燕の元に駆け寄った。
「うん、大丈夫。あとこれ、百文ある。今回の仕事の報酬だ」
飛燕はぼろぼろの忍び装束の懐の中から銭を取り出した。帰ってすぐさま銭の話をするのは、この男の伊賀者の性根からであった。
「お疲れ様に御座りました」
月夜はそれを受け取り、囲炉裏端に座る。
「大事無いか?俺がいない間、どうだった」
飛燕も囲炉裏端に腰を下ろし、傍にあった急須で茶を入れる。
「何事も無く・・・」
そう言いながら、月夜は飛燕の心中を感じていた。
私に早く会おうと、急いで帰った事。
主に嫌味を言われて、苛立った事。
仕事で人を殺した事。
しかし月夜は、何にも気付かぬ振りをしておいた。
折角飛燕が気を遣ってくれているのだ。
その気持を無下にはできない。
しかし、こんなにはっきりと人の心が読めるのは久しぶりの事だった。
いつもはぼんやりと聞こえたり、見えたり、はっきりと見えるのは時々の事であるのに。
「どうしたのかしら・・・」
自分の胸に手を当てる。
「?どうした、月夜?」
急に押し黙った月夜を見て、飛燕が声を掛ける。
「いえ、何でも御座りませ・・・・・」
月夜がそう返そうとしたときだった。
自分の体の中で、何かが熱くなるのを感じた。
それは心臓の音よりも大きく鼓動し、だんだん息が弾んでいった。
「あっ・・・・・・」
自分の胸元を握り締める。
「どうした!」
飛燕が駆け寄る。
飛燕は月夜の両肩を持ち、揺さぶった。
「飛燕殿・・・・・、逃げて」
月夜は飛燕に手を伸ばした。
無意識に飛燕は月夜から離れた。
言いようの無いほどの殺気を感じたからだ。
「・・・・・・・・・・・・・・飛燕殿・・・・・・・・・・・・・・・・・」
月夜の体から血飛沫があがった。
それは飛燕の顔にも降りかかり、一瞬、視界を曇らせた。
血の雨は止む事を知らず、月夜の体はゆっくりと倒れていった。
血の雨の中心に、一振りの刀があった。
それは飛燕の視界に、赤以外の色が映る唯一のものだった。
鋭く光るその刃が、月夜の体から現れたのだった。
「・・・月夜?月夜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
飛燕は思い出したように叫んだ。
「上手くいきましたな」
飛燕の主の館で、杯が交わされていた。
「本当に、こんなに上手くいくとは思わなんだ」
主と向かい合っているのは―――――――、月夜の父、元原 照葉であった。
「しかし、最初に話を聞いたときには、嘘かと思いましたがな」
主がヒャヒャヒャと笑いながら言う。
「あれは美しいだけがとり得のただの穀潰しよ。しかし、初めにあれの霊力を見たときに、もしやと思ったのじゃ。我が家の家宝の巻物に書いてあった、妖刀 『鴉刀』。我が一族に現れるといわれている、強い霊感を持つ絶世の美女、その中にその刀がある、とな。あれが憑き物という噂が立ってから、様々な隠密がその刀目指して送られてきた」
照葉はぐいと酒を飲み干し、くっと笑った。
「しかし、あれの妖気に当てられて皆死んでもうた。が、わしとてその妖刀は欲しい。しかし、あれを殺すことは出来ん。そんな時、ある文献を見たのじゃ。新月の夜に、あの刀と対となっている矛を乙女の血で汚す。そうすりゃ、あの妖刀は月夜の中から出てくる」
「今日は、確か新月でしたな」
主が酒を注ぐ。
「左様。今、配下の者達がやっておる」
「しかし何ゆえ今までそれをやらなかったので?」
主はつまみを口に入れながら聞いた。
「あの妖刀は、穢れた血を吸わせる事で、更に力を増す。月夜は、いくら心根が優しいとはいえ無理に想っておる男との仲を引き裂かれるのじゃ。憎しみでその心は穢れる。必然的に、その血も。月夜の体を突き破り、その血にまみれて出てきた刀は、力を増して生まれてくるというわけじゃ」
「一石二鳥、というわけですな」
もう一度、主はヒャヒャヒャと笑う。
「ほんにそうよ」
「して、約束のものは?」
主がゴマをするような顔になる。
「ああ、これよこれ。五千貫ある」
と、照葉は箱に入った溢れんばかりの金を取り出した。
「ふへへ・・・、有り難く頂戴いたしまする」
そんな二人の会話を、天井裏から盗み聞きしているものがいた。
「大変だわ・・・」
海猫である。
急いで、飛燕の家に向かう。
「飛燕!大変よ!その女、主の金儲けの道具だっ・・・・・」
途中で、海猫の言葉が途切れる。
部屋の中の惨状に、息を呑んだ。
血の中に、飛燕と月夜の姿があった。
物言わぬ骸と化した月夜を、抱きかかえるようにしている飛燕。
新月の夜、月は消えた。