鴉は月夜に舞う 1
冬休み終了。何したっけ。何もしてない・・・。
今回から月夜鴉の過去篇。
忍者も姫もいっぱいでるよ!
ツバメ・・・【①ツバメ目ツバメ科の鳥。翼が良く発達し、速く飛びながら獲物を捕獲。
②護りたいものを護りきれなかったある忍者のあざな】
カラス・・・【①スズメ目カラス科カラス属の鳥。黒くて光沢がある。その鳴き声は不吉とされ る。
②意地の汚い人。転じて、護りたいものを護りきれなかったある忍者の成れの果 て。】
「月夜姫って誰だよ」
茶碗を投げつけられた頭を撫でながら、竜夜は熊ッ翁に聞いた。
「じゃから言ったじゃろうが。この月夜鴉が出来た根本を担うお方じゃ」
大きな金槌を振り下ろしながら、熊ッ翁は答えた。
「丁度いいや、ジジイ。どうせ暇だし、その話聞かせてくれよ」
と、竜夜は小屋の隅から座布団を二枚取り、一つをシモンに手渡した。
「それが人に者を頼む態度か貴様ぁ!もう刀研いじゃらんぞ!!!」
熊ッ翁が再び茶碗を投げるが、
「甘いわぁ!!二度同じ手は喰らわんぞ!!!」
と、竜夜はそれを受け止め、熊ッ翁に投げ返し、見事命中した。
「何しやがる小僧!!馬鹿になったらどうするんじゃい!!!」
赤くなった頭をこすり、竜夜に向き直る。
「うるっせえ!!いーから聞かせろよ!!その残り少ない希望(髪の毛)毟ってほしいのか!!」
「やかましい!己みたいな髪の毛フッサフサの奴には判らんわ!冬の頭皮の寒さ、教えてやろうかぁ!」
頭髪の攻防が続く最中、
「俺もその話聞きてえな」
と、シモンが竜夜の肩を持った。
「なあ!頼むよ!二対一でこっちの勝ちだ!なあ!」
と二人にせがまれ、熊ッ翁は渋々承知した。
「随分昔じゃ。この刀が出来たのは・・・・」
==============================================
五百年前。
備後国のある町を、一つの黒い影が駆ける。
「あれか」
影は心中でそう呟いた。その眼前には、大きな屋敷が建っていた。
見張りの居る門を容易く通り抜け、腹這いになって庭を進み、ある一室へとたどり着いた。
「旦那も何考えてんのかねえ」
この影、名を飛燕といい、忍者であった。
忍者と一括りに言ってもこの男は伊賀忍びであり、主に全てを奉げるという見上げた心構えなどは一切無く、金銭が為に仕事をする。そういう男だった。
「こんな小娘に俺を遣わすか」
飛燕の目の前に居るのは、すやすやと布団の中で行儀良く眠っている若い女であった。
飛燕は当代きっての腕を持ち、その動きと仕事の速さから「ツバメ」の称号を与えられていた。
その俺が。
と、飛燕はやや不満げであった。
その俺がこんな小娘を殺すために遣われたのか。
飛燕は自分の腕に絶対の自信を持っていた。その自分がこんな小さな仕事をする為にわざわざここに来たのか、と思うと、馬鹿らしくなってくる。
しかし、役不足とはいえ仕事は仕事。飛燕は大人しく短刀を取り出し、女の細い首に当てた。
女が殺される理由は聞いていない。聞こうとも思わなかった。
飛燕の主は他国の武将から依頼を受け、飛燕たち忍びを派遣する。その武将から貰った報酬の幾分かが、飛燕たちに支払われる。
飛燕からすれば、報酬だけ支払われればそれで良く、女が殺される理由など知ってもどうしようもなかった。
女の顔は見目麗しく、この顔を胴体から切り離すのはいささか気が引けたか、そこは仕事と割り切った。
「わるいな。まあしかし、これも運命だ」
侘びとも思えぬ口調でそう小さく呟くと、短刀を持つ腕に力を込めた。
その時、
ギ ン ッ ! ! ! ! !
と、女の肌の2cmほど際で、まるで結界のように刃が拒まれた。
「・・・!?」
思わず身構える。
すると、ふっと女が眼を覚ました。
「まずい」
咄嗟に女に刀が見えるように構えた。
眼を覚ました女はやはり美しく、大きな眼を落っことさんばかりに見開いていたが、やがて哀しそうな目になった。
「騒ぐな」
最小限の言葉を発し、無意味と思われる脅しをかける。あれは何だったのだ。
「・・・・・私を殺しに来たのですね」
女は哀しそうに言った。
「もう何人も、私を殺しに来られました。でも、皆、私の中の何かの怒りに触れ、死んでしまったのです」
そう言うと女は、そっと飛燕の手に自分の手をのせた。
「お願いです。貴方が生きている間に私が眼を覚ましたのも何かの御縁。逃げてください」
その手が振り払えず、飛燕は成すがままに構えを解かれた。
女は上半身を起こし、顔を近づけて言った。
「逃げて下さい。貴方は・・・・・飛べるのでしょう・・・?」
女は哀しそうに微笑んだ。
伊賀の主の下に帰った飛燕は、不服そうに鼻を鳴らした。
「なんじゃい。生きて帰ってきたのか」
主はフフンと鼻で笑った。
その主を睨みつけ、掌に顎をのせ、大きく息を吐く。
「・・・憑き物が対象なんぞ、聞いておらんぞ」
主は酒を飲みながらいう。
「あの姫はわしらの間では有名よ。初めにあの女のところへ向かわされたのが伊賀では名うての者だった。ほれ、覚えておらんか。下山家の忍び、竹彦よ」
ああ、と飛燕は声を上げた。
確か半年ほど前、飛燕には及ばないものの棒手裏剣の名手だという忍びが死んだ、と噂で聞いた。
それが竹彦と言う名の者だとは始めて聞いたが。
「その後も伊賀のみならず、甲賀や他の忍びも行ったらしいがな。誰も帰ってはこなんだ。そこへいくと、お主が生きて帰ってきたのは流石じゃな」
主はそこだけ褒めるような顔で言った。
相変わらず、飛燕は不服そうである。
「で、どうする。止めるか、この仕事。ともすれば報酬の二百文は無しじゃぞ」
主は顎に手を当てながら言う。金の話をチラつかせれば、伊賀者は眼の色変えて飛びついてくる。そう主は考えた。
「いや、やろう」
飛燕は考えるより先にそう考えていた。
「ほう。ならばまた備後へゆけ」
主は飛燕の後ろを指差した。
「しかし旦那。あれは中々手がかかるぞ。陽忍だ。陽で行く。潜入し、情報を集めれば、あの憑き物姫を始末できるやも知れん」
飛燕は必死の口調で言った。何でかは判らない。
「ふむ・・・・、いいだろう。潜入したければすればよい。己に任せる」
主はそう言うと、くるりと背を向け、ふすまを開け、去っていこうとした。
「あ、旦那。あの姫の名前は」
去り際に飛燕が尋ねた。
「なんでじゃ。お主今まで気にしたことなど無かったではないか」
主は不思議そうに顔をひょいと向ける。
「いや、潜入するなら必要かと」
もごもごと口ごもる飛燕を不思議そうに眺めながら、
「月夜姫じゃ」
と主は言った。
「・・・月夜姫ね」
あの、寂しそうな笑い顔が、頭から離れない。