再会の鎮魂歌 8 ≪I defeat you≫
恐ろしいのは
目の前で大切なものが消え逝く事
許せないのは
護りたいものを護りきれない自らの醜態
「許しません、許しませんよおおおおお!!!!!!!!!!!」
切り裂き男が激昂する。しかし、それと同じくらい、否、それ以上に、竜夜も怒りを覚えていた。
「それはこっちの科白だ。寧子と翠子に怪我させやがって。切り裂き男、俺はお前を許さねえよ」
言下に男が斬りかかる。
竜夜は翠子を抱えたまま、左隣の家の塀に飛び乗った。
「殺す、殺します。私は貴方を殺しますよ」
通常ならば脅迫のように感じられるが、悲壮な顔のものがそう言うと、むしろ哀れみすら感じられた。
だからと言って許す気にはなれない。
「うるせえ」
切り裂き男の脅迫を一蹴すると、右手に握った月夜鴉で男の残った六本の脚のうち、二本を斬った。血が飛び散る。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
男が叫ぶ。それは最早悲鳴と呼んでもいいくらいで、決して聞こえの好いものではなかった。
四、五m離れた男は、喘ぎ声を漏らしながら、傷口から止め処無く流れ出る血を止血しようと必死になっていた。
「ふざけるな、何故こんな事になった、何故こんな事になった、何故だ!?」
男が喚く。その理由を知っているものなど、いない。
「全部お前のせいだ、仙宮寺 竜夜!!!!!!!!あの時、お前にやられてから、私の運命は変わった・・・・全てお前のせいだ!!!!!」
なんとも自分勝手な言い分である。
しかし竜夜は何も言い返さなかった。
言っても無駄であるということを知っている。
「なんであの時あの人と出会ったんだ、何であの時あの人は現れたんだ。そっとして置いてくれれば、こんな事にはならなかったのに・・・・・」
あの人、が誰であるのか、竜夜には皆目判らなかったが、その者が竜夜たちの味方ではないと言う事は想像できた。
「あの人、って誰だ」
まるで尋問官のように聞く。
「・・・ふっ、貴方ごときがあの人のことを知るなど恐れ多き事です」
その時だけ、切り裂き男は勝ち誇ったような顔を見せた。
竜夜の知らない事を知っているという事が、男を優位に立ったような気にさせた。
気に食わない。
「答えろ。あの人って誰だ」
すると男は顔を僅かにほころばせた。
血がついた帽子を取り、どうにか紳士的な態度をとろうとする。
「・・・それを教えたら、私を見逃してくれますか?」
すがるような目つきで竜夜を見てくる。
軽くお辞儀をするような格好をしているため、心なしか上目づかいの様になり、媚び諂う様な顔に見える。実際、そうである。
竜夜は唇を噛み、翠子を抱えた腕に力を込め、
「・・・答え次第」
とだけ言った。
「へ、へへへへへ・・・・・・」
切り裂き男は品の無い笑い声を出す。
帽子を被りなおし、立場を対等にしようと、背筋を伸ばした。
「・・・・あの人、というのは、陰陽寮の幹部の一人です。以前、あなた、玉栄という男に襲われましたね?あの者を仕向けた人物と同じです。私は直接会った事は有りませんが。上に居る薊さんも、あの人の部下です」
息継ぎをせず、一息に喋る。喋り終わったら逃げられるものと信じているように。
「あの人の部下は皆、強い。これからも、貴方や貴方の周りの人々を狙うでしょう。何でかは判りませんが。ああ、それと、」
そこで一旦息をつく。そして、
「あの人は花が好きらしい」
と、大発見のような顔で言った。
「・・・そうか」
竜夜は静かに、眼を伏せた。
「で、では、逃がしてくれますよね?」
男は既に逃げる許しを得たかのように、脚が逆方向に向いている。
「・・・何言ってんだ?」
竜夜は静かに眼を開け、そう言い放った。
「え」
「言っただろう。俺はお前を許さないと」
竜夜は翠子をしっかりと抱えなおし、言った。
「え、だって、さっき、答え次第って・・・」
切り裂き男は泣き出しそうな勢いである。
「単にあの答えじゃ俺を満足させられなかった。そう云う事だ」
冷淡な響きで竜夜は言葉を放つ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
切り裂き男は声にならない叫び声を上げ、逃げ出した。
「馬鹿野郎」
駆け行く背中に一声、罵りの言葉を浴びせる。
次の瞬間には、竜夜は切り裂き男の右横に現れていた。
「逃がす訳ねえだろ」
月夜鴉で男の左肩から右わき腹にかけて、深く斬る。
「ぐうあっ・・・・!!!!!」
うめき声を上げ、口から血を吐き、切り裂き男は後ろにしりもちをついた。
「やめ、助け・・・・・」
「切り裂き男」
懇願する男の声を制し、竜夜は言う。
「俺はお前を倒す。依存はねえな」
月夜鴉を男の胸に突きつける。
「ひいいっ!!!!!」
「残念な事に」
柄にかけた右手に力を込める。
「俺はお前が思っているほど優しくないらしい」
月夜鴉が男の体を貫く。
「なんで」
周囲にかけた結界の見直しに周りを奔っていた響は、思わずそう声を上げた。
「なんで貴方が此処にいらっしゃるのですか」
響が向かっている相手は、黙って微笑み、右手を響に向け、
「霧掛け」
と、術を出した。
響はその場に倒れこんだ。
影はただ微笑む。