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罪  作者: 洄游花
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タイトル未定2026/10/03 22:49

罪


今日の陽射しはあまりに眩しく、だから私は、私自身を殺した。こうしてあっけなく自分に死刑を言い渡し、一秒にも満たぬ間に頭蓋を撃ち抜いた弾丸は、痛みを覚える暇もなく私に永遠の眠りを与えてくれた。


ここ最近、まともに眠れた夜など一度もなかった。自分が天才ではないという現実に思い至るたび、どうしても眠れなくなるのだ。薬の力を借りて無理やり意識を沈め、果てしない夜をやり過ごすしかなかった。だが今、私は死の抱擁のなかで深く微睡んでいる。バイバイ。良い夢を。


私は天才ではないが、妻はそうだった。彼女の演奏を耳にした者は誰もが、口を揃えて彼女を天才と讃えた。そんな女性を妻に娶ったことは私の幸運であり、同時に不幸の始まりでもあった。私はこの幸福という名の拷問から、ようやく抜け出すのだ。バイバイ、愛しい人。


まだ少年だった頃、私はすでに妻のピアノを聴いていた。その時の彼女は、コンクールで出逢った一人のライバルに過ぎなかった。しかし彼女が最初の鍵盤に指を落とした瞬間、私は競い合うことなどとうに諦めていた。すべてがあまりに自然で、指先からこぼれ落ちる音符のひとつひとつが、まるで自明の理のように紡がれていたからだ。それらは本来あるべき瞬間に、あるべき場所で鳴らされることを運命づけられていたかのようだった。彼女は目も眩むほど眩い太陽で、その光は私の両目を容赦なく射抜いた。その時、私は唐突に悟ってしまったのだ。天才の存在そのものが、凡人に対する剥き出しの屈辱なのだと。ほんの一瞬のことだったが、私は舞台の上の少女を殺してしまいたいとさえ思った。


その嫉妬は、彼女と結婚してからも決して薄れることはなかった。幾重にも重なる昼と夜のなかで、私は彼女の才能を妬み続け、そのせいで彼女の隣にいながら眠れぬ夜を過ごすことになった。


私は彼女から逃れようとしたが、どうしても逃げ切ることはできなかった。学校でも折に触れて彼女の姿を見かけ、街角のピアノの前を偶然通りかかれば、決まって彼女がそこで鍵盤を弾いていた。彼女はまるで悪夢のように私に付きまとった。遠ざかろうとすればするほど、彼女のほうから近づいてくる。もしこれが凡人に課せられた罰なのだとしたら、受け入れるほかないのだろう。だから私は逃げるのをやめ、運命の巡り合わせに身を委ねることにした。


「ねえ、そこの君、一緒に弾かない?」


人混みの中にいた私を彼女が指差した。私は苦笑いを浮かべながら、あの忌々しいピアノへと歩み寄り、彼女との連弾を始めた。私は彼女の刻む拍子に、ぎこちなく合わせるように踊った。彼女はあえて歩みを緩め、私と歩調を揃えてくれているかのようだった。私が多少つまずこうとも、彼女は自身の音で何食わぬ顔をしてそれを繕ってしまう。不格好なワルツのなかで、私は操り人形のように彼女の手のひらで転がされていた。私に才能がないことも、彼女に悪意がないことも分かっていた。だが、玉と瓦礫を並べ置くこと自体が、瓦礫に対する侮辱に他ならない。演奏が終わると、私は身の置き所を失い、ただ一刻も早くその場から立ち去りたかった。


「私たち、すごく息が合っている気がする」彼女は優しく微笑んだ。その優しさはどこか残酷で、私には拒むことができなかった。引きつる顔の筋肉を隠せない私をよそに、彼女は勝手に明日また会おうと約束を交わした。明日も、そのまた明日も、私たちはあのピアノの前で顔を合わせた。たまに先客がピアノを弾いていれば、彼女は私の手を引いて最後までその演奏を聴いた。彼女はよくその曲の感想を口にし、私はといえば、自らの頭の中にある輪郭のおぼろげな感情を、彼女が常に優美で完璧な言葉へと昇華させてしまうことに驚かされ続けた。彼女と私はよく似ていたが、その根底においては決定的に異なっていた。彼女と巡り逢えたことを幸福に思う一方で、彼女を愛そうと試みてもみた。だが、私には彼女を愛することができなかった。自分自身を愛することができないのと、まったく同じように。


新年の鐘が鳴り響くなかで、彼女は私に想いを告げた。私など、彼女の愛に値する人間ではない。私は凡人にすぎず、彼女の愛は一方的な思い込みにすぎなかった。私たちは似通った美意識と、同じ視点を持っていた。二人の魂は調和のとれたワルツを踊っていたが、私は決まって二拍ほど遅れてしまうのだった。彼女はいつでも私を待っていた。私が追いつけないから、彼女はずっと待ち続けるしかなかった。結局のところ、私は厚顔無恥にも彼女の想いを受け入れた。もう少しテンポを上げられるのではないか、後天的な努力で埋められない差などないのではないかと、一瞬でも信じてしまったのだ。今思えば、なんと傲慢な思い上がりだったことだろう。それこそが、私の原罪だったのかもしれない。


幾年かが過ぎ、私たちは無事に卒業を迎えた。彼女の歩む道は順風満帆で、数々の名声が潮のように押し寄せてきた。私はまるで彼女の影のようだった。太陽の光の下では、私の凡庸さはどこにも隠れる場所を見つけられなかった。


彼女は私の創作や演奏を指導しようとしてくれたこともあった。私は必死に彼女の思考を追おうとしたが、いつもあと一歩のところで届かなかった。創作においてはほんのわずかなインスピレーションが足りず、演奏においてはあと一握りの霊性が欠けていた。


「ここは、こう弾いたほうがもっと素敵になるかもしれない」軽やかな調べが、彼女の指先から流れ出た。そのフレーズはもう何度も繰り返されていた。彼女は倦むことなく私に手解きをし、心待ちにしていたのだ。私が彼女のように、自然にその音を紡ぎ出せるようになる瞬間を……。


私は強張った両手で鍵盤を叩き、彼女はその隣で真剣に耳を澄ませていた。私は恐怖に震えていた。まるで自分の隣に座っているのが、何かの怪物であるかのように思えて。


「下手に聴こえるなら、そう言えばいいじゃないか!」私は激しく鍵盤を叩きつけた。爆発のような不協和音が響き、彼女を怯えさせたようだった。私が彼女に対して声を荒らげたのは、それが初めてのことだった。


「私……あなたが弾く音、悪くないと思うよ」彼女はおずおずと口にした。その言葉が、私には途方もない侮辱のように感じられた。私は力なく笑い、その場に崩れ落ちた。


そう、私を慰めるために、見え透いた嘘までついてみせるのだ。私が持てる力のすべてを振り絞ってようやく届く境地すら、彼女の目には至極当たり前の景色にすぎない。何もない無から有を生み出すことなど、私にはできない。それは生というものが私に課した呪いであり、生涯背負い続けねばならぬ烙印だった。


彼女の紡ぐ旋律は、いつも彼女自身のように優しかった。だがその優しさの奥底には、どこか異様な怨みや怒りが微かに滲んでいた。その感情の裏にあるものを尋ねてみたこともあったが、彼女は普段とは打って変わって口を閉ざした。それきり、私は二度と問いただすのをやめた。もしかすると彼女も、私と同じような苦悩を抱えていたのかもしれない。もっとも、あれほど卓越した人間にどのような苦悩があり得るのか、私には想像もつかなかった。仮に彼女が私と同じように嫉妬に駆られやすい性質だったとして、私に対して何を嫉妬するというのだろうか。思い当たる節など何ひとつなかった。


夜、妻が私の隣で安らかに眠っている間も、私にはどうしても眠りが訪れなかった。手を伸ばせば触れられるほど近くにいるというのに、私にはやはり、彼女が隣にいないような気がしてならなかった。


逃げ出したくてたまらなかった。だが、彼女はあまりに眩しく輝いていた。まるで太陽のように。彼女の傍らに留まりたいと願いながらも、その陽光は容赦なく私の両目を焼き焦がすのだ。


やがて、妻の体は日に日に衰えていった。数多くの公演を断らざるを得なくなり、弱り果てた彼女はピアノの前に座ることすら難しくなって、一日中ベッドに横たわる日々が続いた。


そんな衰弱しきった妻を目の当たりにして、私の胸の内にはあろうことか微かな歓びが湧き上がっていた。人生で初めて、彼女が私とよく似ていると感じられたのだ。同じように脆く、同じように無力な存在として。だが、私は瞬時にそんな自らの浅ましい考えに激しい吐き気を覚えた。あの一瞬の醜悪な歓びを、彼女に見透かされはしなかっただろうか。そう思うと、私は恐ろしさに打ち震えた。


結局、妻は入院することになった。私はすべての仕事を投げ打ち、彼女の傍らに寄り添い続けた。理由はうまく説明できない。ただ、予感めいたものがあったのだ——彼女に残された時間は、もうそう長くはないのだろう、と。


妻は普段と変わらない調子で私と音楽について語り合い、時折、ちゃんとご飯は食べているか、眠れているかと私を気遣ってくれた。彼女は折に触れて何かを書き留めていた。見せてほしいと手を伸ばすと、彼女はいつもいたずらっぽくノートを胸元に抱え込み、決して見せてはくれなかった。


その日々の中で、私は驚くほど安らかに眠ることができた。病床の脇に突っ伏して眠るなど心地よいはずもなく、耳元には絶えず廊下から漏れ聞こえる泣き声や咳払いが響いていたというのに。おそらく、死という絶対的な存在を前にして初めて、私は妻の姿をまともに見つめることができたのだろう。


妻は、新年の鐘の音のなかで息を引き取った。紛れもない事実だった。少なくとも、医師はそう私に告げた。妻が逝ってからの私の記憶は定かではない。ただ覚えているのは、あの夜の街灯の光がひどく眩しかったこと、そして新年の鐘の音のなかに、言いようのない哀しみが潜んでいたことだけだった。


その後、私は妻からの贈り物を受け取った。あのノートだった。


私はある穏やかに晴れ渡った午後の日を選び、彼女の秘密が詰まったその頁を開いた。


「命というものは、もとより不公平にできている」最初の頁に、そう記されていた。日付は書かれていなかった。それはおそらく、彼女のすべてが始まった記録であり、同時に幕引きの言葉でもあったのだろう。彼女は最初から、自らが不治の病に侵されていることを知っていたのだ。


「一月一日


ピアノを弾いていられる時間が日増しに短くなっている。私に残された時間は、もう本当に僅かなのかもしれない。


三月十一日


今日、彼が書いた曲は昨日と比べて目覚ましい進歩を遂げていた。心の底から嬉しかった。最近は彼の曲に手を入れることも滅多にしなくなった。確かに彼の資質は平庸だけれど、その事実を誰よりも痛切に自覚しているのは他ならぬ彼自身なのだ。もし私が彼の譜面に筆を入れたなら、それは彼にとって剥き出しの挑発になってしまう。ある意味で、私の存在そのものが彼に対する侮辱なのだろう。平庸であることは彼にとって重罪であり、私と暮らす日々は、耐え難い刑罰のようなものなのだ。


四月八日


コップをひとつ割ってしまっただけなのに。どうして、どうして自分の身体の中の何かも、このコップと同じようになってしまった気がするのだろう。


夫に頼んで、部屋の掛け時計を捨ててもらった。どうしてかと尋ねたそうにしていたけれど、彼はいつも私の気持ちを気遣ってくれる人だから、その疑問を胸の奥に飲み込んでくれた。


あの時計はピアノのすぐ脇の壁に掛かっていて、座って弾くたびに秒針が幾重にも回り続けるのが目に入った。時間が鉛のように重くのしかかり、息が詰まりそうだった」


それから間もなく、妻は病室へと移った。日記の日付はこのあたりから途切れ、文字は歪み、文脈も乱れて断片的なものになっていった。


「彼の瞳を見ればわかる。彼は私の才能に嫉妬している。私と彼は本当によく似ている。お互いが抱える傲慢さすら、鏡写しのようだ。もし神様が、私にもう少しだけ命を分けてくれたならよかったのに。これは呪いだ。恨めしい……生きたい、どうしても生きたい。もし、あなたにとって不要なその命を、私に譲ってくれるのなら……。私はあなたを愛している、自分自身を愛するように。この天分こそが私の罪だったのかもしれない……。今、私は相応の罰を受けている。生きて……」


喉が渇ききっていた。渇きすぎて、思わず笑いが込み上げてくるほどに。


はは……。


私のような凡人にとって、生きていることそのものが罪だったのだ。


彼女の遺した「生きて」という言葉は、呪縛のように私の身に焼き付けられた。天才であった彼女に、その言葉が私にとっていかなる意味を持つのか、分からぬはずがなかった。


私は家の扉を開けた。外はとうに春の景色に包まれ、木々は青々と葉を茂らせ、春の息吹に満ちていた。春の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、ただ、今日はなんて美しい日なのだろうと思った。陽射しは、少しばかり眩しすぎるようだ。眩暈のなかで、ふと彼女の面影が見えた気がした。


いま、この瞬間において、私たちの魂は罪と罰から解き放たれ、死の彼方で対等に見つめ合っている。


春の陽射しの下、二人の人影が踊っている。それが私の見た最後の光景だった。私はそっと両目を閉じた。光が、消えていく……。


さようなら、春よ。さようなら、陽の光よ。

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