朔の月 【月夜譚No.419】
決して忘れることはないだろう。否、決して忘れることのないようにしよう。
男は涙を流しながら、目の前の光景を網膜に灼きつけるように瞼を最大限押し開いた。
月のない、闇が広がる夜。その中で、我が身を皓月にしようとするかのように光り輝くモノがいる。
片側一丈はあろうかという両の翼を目一杯に広げ、頭から生える羽毛を風に靡かせ、細い三本脚は折り畳むように身に寄せる。
皓々と白く辺りを照らす巨鳥の姿は、この世で〝神々しい〟という言葉に一等相応しい存在だと思わせた。
数日前まで男の掌に収まる雛だったというのに、ぐんぐんと急成長してここまで大きくなった。高く響いていた鳴き声も、今では低く辺りを轟かせる。
人の言葉は話さない。けれど、肌で感じる。巨鳥は今こそ、ここを巣立とうとしているのだと。
数日――たった数日ではあったが、男にとって彼の鳥は大きな存在となった。だから、別れが淋しくないわけがない。これだけ大きいと生活も色々と大変になるだろうが、それでも叶うのなら共にいたいと思う。
しかし、きっとこれも定めなのだ。
「――元気で」
ようやっと男がそう呟くと、巨鳥は一声辺りに行き渡らせて、翼を大きく羽ばたかせた。
夜空の向こうに小さくなっていく姿はいつまでも輝き、それは男にとって月よりも月らしく見えた。




