第三話 『共食い』
戦況は最悪だった。
「私は彼を止めるから、みんなは逃げて」
そう言い残し、奈々は虚ろな男のもとへ駆け出した。
「そうは言うけどよ! こいつら意外とすばしっこいぞ!?」
「撃ちながら逃げないと追いつかれる!」
俺たちは二手に分かれ、スライムの群れから全力で距離を取っていた。
バトルスーツの補助のおかげか、体力にはまだ余裕がある。だが——。
逃げ切れる気配がない。
むしろ、背後から迫るぬめった気配は徐々に近づいてきていた。
スライムの一部が体勢を低くする。
次の瞬間、弾かれたように跳ね上がり、体当たりを仕掛けてきた。
さらに後方から、水の弾丸が夜気を裂く。
「くっ!」
俺は振り向きざまにマジックガンを撃つ。風の弾がスライムを吹き飛ばし、粘液が霧散した。
「こいつら……川の水を体内に取り込んでるのか!」
「みずでっぽうってレベルじゃねぇぞ……当たればただじゃ済まねぇ!」
さっきまでの余裕は完全に消えていた。
ようやく理解する。
これはゲームじゃない。
本当に——命を賭けている。
ケンイチも同じらしく、先ほどまでの軽口は消えていた。
「……ていうかよ。結構撃ってんのに、あんまり数減ってなくないか?」
俺は振り返る。
JKと老婆が川の向こうへ逃げ、あちらには約二十五匹。
こちらを追っているのも、ほぼ同数。
だが。
俺たちは既に十発以上撃っている。
「……確かに、合わないな」
俺は確かめるため、先頭のスライムを一匹撃ち抜いた。
水風船が破裂するように弾ける。
だが次の瞬間——。
飛び散った残骸を、後続のスライムが吸収した。
ぶよ、と体積が膨れ上がる。
「ッ……そういうことか!」
「なんだレイ!? 分かったのか!」
「先頭を倒すと、後ろの奴が強くなるんだ! 俺たち、ずっと自分で敵を強化してた!」
理解した瞬間、背筋が冷えた。
先頭を倒す。
後続が死骸を吸収する。
体が肥大し、防御層が増える。
つまり——。
一体倒すたびに、次はより倒しにくくなる。
「キリがねぇじゃねぇか!!」
「後ろを狙え! 最後尾を削るしかない!」
俺は体を捻り、狙いづらい角度から射撃する。
だが焦りがエイムを狂わせる。
クソ。
このままじゃ——。
「奈々さんはまだなのか!?」
そう思った瞬間。
ゴンッ!!
地響きが走った。
「なんだッ!?」
振り向く。
スライムの群れが消えている。
代わりに、そこには、巨大な岩が出現していた。
そして——。
「……何とか間に合ったみたいね」
声は頭上から落ちてきた。
見上げる。
月を背に、奈々が岩の上に立っていた。
「奈々さん!」
「ごめんなさい。危険な目に遭わせちゃって」
安堵が胸に広がる。
「奈々! 他の二人は——」
「大丈夫。そっちも終わらせたわ」
視線を移す。
JKと老婆を追っていた群れは、まとめて岩の下敷きになっていた。
「これも……魔術なんですか?」
「ええ。そのうち、あなた達も使えるようになるわ」
「スゲぇ……」
ケンイチが呆然と呟く。
そこへ、息を切らしたJKと老婆が合流した。
「奈々ちゃん……死ぬかと思ったよぉ……」
「ホッホ、爺さんが手を振るのが見えたわい」
緊張がほどける。
「……あれ? そういえば、あの男の人は?」
「少し眠ってもらってるわ。あの木の上で」
奈々は無造作に木の枝を指した。
「それより——みんなお疲れ様。これで今回のハントは終了よ。そろそろ転送されると思うから、向こうでまた会いましょう」
空気が一気に緩む。
みんな、その場にへたりこんだり、背筋を伸ばしたりしていた。
「……助かったのか」
「くぅー、疲れたな! でも思ったより余裕だったな!」
ケンイチはもう笑っていた。
さっきまで、あんなに必死に、命懸けでスライムから逃げていたというのに。
一気に気が抜けたのだろう。
俺もそうだ。
なんというか、疲れた。
今すぐ体の意識を手放して大の字に寝たい。
「生き残れてよかったよーぅ」
「ま、わしら一回死んどるんじゃがの」
女子(?)チームも勝利を祝っているようだ。
俺とケンイチのように、向こうも少し親睦を深めつつあるらしい。
お互い命を預ける関係だ。
他人行儀では到底やっていけないのだろう。
……これから、今夜みたいな出来事が続くのだろうか。
俺はふと、冷静に戻ってしまった。
「まさに、地獄だな」
奈々の言葉が蘇る。
そういえば、
「……あれ?」
俺は奈々の姿を探した。
伝えたいことがあった。
スライムの共食いのことだ。
あれを共有しなければ——。
「なぁ、奈々さん知らないか?」
近くにいたはずのケンイチに声をかけようとして。
「……ケンイチ——」
言葉が止まる。
「キャァアアア!!」
JKの悲鳴。
反射的に振り向いた。
そして——見た。
地面に横たわるケンイチを。
首から上が、消えていた。
血が黒い水たまりを作っている。
思考が止まる。
直後。
巨大な影が、俺を覆った。
振り向く。
そこには——。
異様な巨体のスライムが、岩を取り込みながら蠢いていた。
ゴリ……ゴリ……
岩が体内で削れ、溶けていく。
風魔術はスライムの体ごと吹き飛ばす。
しかし、岩魔術は上から潰すだけだ。
当たり所によれば、核を残す個体もある。
踏んでも靴の隙間に逃れるアリのように、潰しきれない個体もいるはずなのだ。
分かっていた。
そして、共食いがあると——知っていたのに。
確認を怠った。
「……クソッ」
奥歯が軋む。
俺は震える腕で、マジックガンを構えた。
巨大スライムがゆっくりと体を持ち上げる。
内部で何かが軋み、鳴った。
「——グゥ、ポォ……」
低く、濁った鳴き声が夜を震わせた。
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