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99 移動

村外れ。草の匂いと、踏み固められた土の匂いが濃い。


クロイツに促されるまま、止めてあった馬車へ向かう。

荷台は小さく、寝台なんてものはない。座る板と、積み荷用の空間があるだけだ。


リナはまだ眠ったまま。

抱えた腕がじんわり痺れてきているのに、起きる気配がない。


「……失礼します」


俺が先に乗り込み、背板に寄りかからせる形でリナを横に座らせた。

そのまま、俺の肩に体重がかかる。軽いけど、眠りの重さがある。


クロイツは何の躊躇もなく御者台に上がり、手綱を取った。

馬が鼻を鳴らす。


三人が乗り込むと、馬車はきしみながら動き出した。


揺れに合わせて、リナの頭が俺の肩にこつんと当たる。

起きない。眉ひとつ動かない。

だが見守ることしかできない。


「ユウトは、あの時の少年だね」


前を向いたまま、クロイツが軽く言う。

声がやけに明るいのが、逆に不快だった。


「随分と成長したものだ。当時は、ちょっとした魔術ですぐに倒れてしまったが、

 それももう懐かしい話だね」


返事をする気分になれない。

俺は窓の外に視線を逃がした。


畑。低い柵。遠くの森。

村の影が小さくなっていく。


「……」


沈黙を、クロイツは気にしない。


「ユウトは、獣人と人間達の関係性をどう見る?」


「どう……とは?」


喉が渇く。声が擦れる。


クロイツは、まるで講義でも始めるように淡々と続けた。


「あの程度の争いは、ずっと昔から続いている。

 百年ほど前の最後の戦争で、表向きは争いはないことになっているがね。」


馬車が走る音が続いているが、その中でもクロイツの声がはっきりと響いている。


「戦争の前までは今あるイスタリア公国連邦の辺りまでが、バルガンの領土だった。

 それを人間が侵略してしまったんだからね」


そこで、クロイツがわざとらしく息を吐く。


「酷い話だろう。多くの血が流れた」


俺は唇を噛んだ。

セラに叩き込まれた話と、筋は合っている。


クロイツは続ける。


「歴史上は、二百年ほど前まではノルビアと、西方のマリネア海商共和国の一部だけが、

 人間の領土として認められていた。そこから人間達の魔術研究が進んだ。

 結果的に組織的な魔術行使で、獣人を追いやることになった」


追いやる。

その言い方が、嫌に現実的な響きだ。


「獣人達が人間に良い印象を持たないのは、当たり前だよ」


そして、軽く肩をすくめる。


「まぁ、ただでさえ隣同士の国ってのは、悪印象を持ちがちではあるものだがね」


クロイツは、少しだけ顔を横に向けた。

俺の反応を眺めている。


「さて、ユウト。獣人の、あの村をどうしたい?」


言葉が詰まる。


「……どうしたい、って……」


「獣人の村と、人間の村の関係性を良くするには、どうしたらいいと思う?」


真正面から、答えなんて出ない。

昨夜見た泣き顔も、今日見た怒りも、全部が絡まっている。


俺は黙った。


クロイツは満足したように笑った。


「うん、いい表情だ。たくさん悩むといい」


(こいつ……)


怒りだけが沸々と湧いてくる。


俺は視線を戻して、できるだけ平坦な声を作った。


「……あなたには、何かあるんですか」


クロイツは、嬉しそうに頷く。


「そうだね。こう見えて、子供の頃から世界平和を考えているからね」


「例えば、どんなものがありますか」


クロイツは一拍置いて、さらりと言った。


「最悪なところで言えばどちらか片方の種族を絶滅させる、とかね」


心臓が一瞬止まったみたいになった。

俺の顔が歪んだのが、自分でも分かる。


クロイツは肩を揺らして笑う。


「冗談だ」

「それに結局、単一種族になったとしても争いは無くならないさ」


俺は反射で言ってしまった。


「……そうなんでしょうか」


言ってから、しまったと思う。

相手の土俵に乗っている。


でもクロイツは、嬉しそうに返すだけだった。


「そうそう。そういう疑問は大事だよ」


しばらくして、クロイツは話題を変える。


「今向かってるのはイスタリア公国連邦の中の、レステル公国だ

 私はそこで働いていてね。なんせ人手が足りないんだ」


レステル。

イスタリア公国連邦はいくつかの国で構成された連合体だ。


「今回は無理やり連れて来てしまったが、気に入ってくれるとありがたい」


俺はリナの寝顔を見た。

起きないが呼吸は安定している。


クロイツは、本当に良く喋る。

沈黙が訪れる前に、次の言葉を投げてくる。


俺は、ずっと気になっていたことを口にした。


「……精霊魔法は、どこで習得したんですか?」


「おっ、初めての質問だね」

クロイツは待ってましたと言わんばかりに、声を弾ませる。


「我がレステル公国は、魔術や魔道具の研究に熱心でね

 出回っている魔道具の基礎研究は、ほとんど我が国で行なっているものだよ。

 精霊魔法についても、習得方法などは把握している。流石に内容は機密だがね」


そこで、急に真面目な顔をする。


「魔術や魔法に関する技術の扱いは繊細なんだ。

 安全性と利便性を秤にかける必要がある。

 簡単に人を殺せる技術だからね」


軽い口調のまま、言っている内容が重い。

背中に冷たいものが走る。


「こう見えて苦労してるんだよ」



馬車は揺れながら街道を進み、景色が少しずつ開けていく。

森が遠ざかり、道が太くなり、人の往来が増えた。


そして


門と、見張り台と、石造りの壁が見えてくる。


「トルグだ」


クロイツが、あっさり言った。


結局、街道が繋がる街。トルグに着くまで。

クロイツは一度も口を休めなかった。


俺の頭の中には、言葉だけが降り積もっていく。

それを整理する余裕は、まだない。



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