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97 再会

翌朝になっても、リナは目を覚まさなかった。


寝息は静かで、胸の上下も穏やかだ。


「……リナ」


呼んでも返事はない。


何かすることはないかと迷っていると、戸を叩く音がした。


「入るぞ」


ルヴァンだ。扉が開いて、狼っぽい獣人の男が顔を出す。

明らかに疲れが残っている。休んでいるのだろうか。


「まだ、目を覚まさないか」


「はい。……俺が同じ状態になった時も、丸一日、目を覚まさなかったんです」


ルヴァンは短く息を吐いた。


「そうか。村長が呼んでいる。来てくれないか?」


「分かりました」


リナを置いて出るのは不安だ。

けれど村長に呼ばれたなら、行かないわけにもいかない。


俺は一度だけリナを見て、部屋を出た。



村長のザグラの家は、村の奥にある。

途中広場を通るが昨日よりも、村の空気が重い。


ノックをすると、すぐに返事があった。


「入れ」


中へ入ると、ヤギっぽい見た目の獣人が座っていた。

顔色は変わらないが、背中が少しだけ丸い。


「昨日はありがとう。本当に助かった」


ザグラは立ち上がって、頭を深々と下げた。

村長がここまで頭を下げる重さが、今回の危険性を表している。


「いえ……俺たちも、たまたまなんとかなっただけです。」


ザグラは顔を上げ、ゆっくり首を振る。


「たまたまで何とかなるようなものではない。生涯を費やしてもあの域に達するものは

 そう多くないだろう。あと魔獣の誘導の可能性についても上の方に話しておく」


俺は小さく息を吸った。


「……こういう襲撃は、よくあることなんでしょうか」


ザグラは、少しだけ目を伏せた。


「これまでも、数年に一度はあった。その都度、撃退してきた」


言葉を選ぶように、間を置く。


「だが、ここ数年で頻度も規模も増えている。

 今年に入ってからは、さらに増えた。村人全員が、ピリピリしている」


隣で黙っていたルヴァンが、歯を噛みしめる。


「上の連中に掛け合ってはいるが、応援の人員は来ない」

ザグラの声は淡々としている。

「上から見れば、小さな村に割く者ではない、ということなのだろう」


「……くそっ」


ルヴァンが吐き捨てた。

拳が震えている。


俺は、言葉選びながら尋ねた。


「……なぜ、急に襲撃の頻度が上がったんでしょうか」


ルヴァンが弾かれたように反応した。


「あいつらがっ……!」


感情が先に出る。声が擦れる。


「村長の子どもが、以前の襲撃でさらわれた!向こうの村まで助けに行った!

 でも、見つけた時にはもう、惨殺されてた!許せねぇのは、こっちも一緒だ!」


ルヴァンが熱くなるが、何を言いたいのか伝わらない


ザグラが、ルヴァンの声を受け取るように口を開いた。


「私の息子が1年ほど前に攫われた。助けに行ったが、もう殺されていた。

 その場にいた連中は全員殺した。それからだ。襲撃の頻度が上がった」


静かな声だ。


「段々とお互いへの憎しみは加速している」


俺は、ただ頷くことしかできなかった。


「そうですか……」


ルヴァンが突然、俺の胸ぐらを掴んだ。


「お前は、どっちの味方だ」


目が赤い。

泣きたいのを堪えている目だ。


俺が答える前に、ザグラの声が鋭く割り込む。


「やめろ!」


家の空気が震えた気がした。


「村の恩人に対して、何をしている」


ルヴァンの手が止まり、次の瞬間、力が抜けた。

掴んだ指が離れる。


「……済まなかった」


言った途端、ルヴァンの目から涙が溢れた。

歯を食いしばっているのに、涙だけが止まらない。


「……村長の気持ちを考えると、殺された者の気持ちを考えると」

声が切れる。


ザグラは長く息を吐き、言った。


「もういい。ルヴァン、下がれ」


ルヴァンは泣きながら、何も言わずに外へ出ていった。


部屋に残った静けさが、扉の閉まる音がやけに響く。


ザグラは俺に向き直る。


「失礼した。話は変わるが嵐核ドレイクは解体を済ませてある。

 持っていってくれ。不要なものがあれば、こちらで引き取らせてもらうと助かる」


それから、少しだけ声を落とす。


「お前たちは村の恩人だ。好きなだけいて構わない。だが、見ての通り、この村は面倒ごとが多い。

 早めに立ち去った方がいいだろう」


「……分かりました」


俺は頭を下げて、家を出た。



状況は、思ったよりずっと複雑だ。


憎しみがねじれて、絡まって、ほどけない。

話の一端を聞いただけで、胸の奥が重くなる。



「……解体、済んだって言ってたな」

気分を切り替えるように無理やり口にする。


広場へ行くと、嵐核ドレイクは見事に切り分けられていた。

巨体なのに、骨も鱗も整理されている。

作業していた獣人たちが、俺に気づいて声を上げる。


「見事だったな、客人!」

「助かったよ!」


昨日一緒に槍を持っていた連中だろう。

顔に疲れはあるのに、声は明るくしようとしている。


そこへ、イグニが駆け寄ってきた。

尻尾をぶんぶん振っている。


「おにーちゃんすごいね!」

「どうやってやったの? お話聞かせて!」


元気いっぱいだ。

それを見た子どもたちが、遠巻きから近寄ってくる。


「俺のほうが強いぞ!」

「今度教えてくださいっ!」


無邪気な声。

その無邪気さが、さっきまでの重さを少しだけ削ってくれる。


だが、作業していた獣人が手を叩いた。


「ほら、お前ら! どこかへ行け!」

「客人は忙しいんだ!」


子どもたちが渋々散っていく。

イグニも名残惜しそうに手を振って走っていった。


作業者の獣人が、俺の方へ向き直る。


「で、客人。解体は済ませておいたぞ」

「好きなのを持ってけ」


「……じゃあ、これを」


俺は胸の奥の核。魔石を手に取る。

重い。冷たい。

どれほど上等かは分からない。ただ、今まで触ったことのない密度だ。


「他は、村の皆さんでどうぞ。俺たちは旅の途中なので」

素材が大きすぎて持っていくのが大変だ。


獣人が目を丸くした。


「それだけでいいのか?じゃあこれも持ってけ」


鱗を数枚、押し付けてくる。

一枚一枚が大きい。硬さはあるがしなやかさも感じる。

見た目に反して軽い。


「……ありがとうございます」

受け取ったが、正直運ぶのは大変だ。

それでも、好意は受け取っておく。


俺は礼を言って、ルヴァンの家へ戻った。



家に入ると、リナはまだ眠っていた。


ベッドの横に腰掛ける。

そっと、額に触れる。


「……熱はない、か」


その瞬間


「いだっ!」


鋭い痛み。

指に歯が食い込んだ。


ドラだ。小さな顎で、しっかり噛みついている。


「……何だよ、お前」


このままじゃ話が通じない。

俺は深く息を吐いて、リナに同調をかける。


すると、頭の奥に声が落ちてきた。


(寝てる相棒に手を出すとはな。許さんぞ)


「額の熱を見ただけだって……」

思わず言い返すが、ドラは欠伸混じりだ。


(助けてやったのに、文句が減らんな)


「……助けたのは、感謝してる」


(魔力を使った。魔力をよこせ。噛みつくのに具現化したからな)


「自分勝手すぎませんかねぇ……」


文句を言いながらも、俺は魔力を注ぎ込む。

ドラの輪郭が少しだけはっきりする。目が冴える。


(それはそうと無事に壊したようだな)


「ペンダント型の魔石が、嵐核ドレイクと繋がってました。さっき、壊してきました」


(そうか。ならいい)


「……あれは何だったんですか?」


訊いた瞬間、ドラが言葉を止めた。

空気が一瞬、ひやりとする。


その次に、そよ風が頬を撫でた。

ほんの一瞬。

気のせいかもしれない。だが、窓はも入り口も閉まっている。


ドラの声が、少し暗くなる。


(これほどの使い手がいるとはな)


「……使い手?」


(坊主、よく聞け。相当な使い手の人間が来ている

 敵か味方かは、まだ分からん)


「何が問題なんですか。今、村は落ち着いて」


(関係ない)


ドラが言い切った。


(さっき、違和感を感じたな?

 あの時、誰かが領域を展開した)


「……俺は、あんまり違和感なかったです」


(そうだ。それが問題だ。極力バレないように、村に流れる魔力に溶け込むように張った。

 その発想があるやつでそれだけのことが出来るのは相当だ)


ドラの声は淡々としている。

淡々としているのに、急かす圧がある。


(あの張り方は、中を探る張り方だ)


「……何のために?」


バレないように潜入して、何かの目的を達しようとしている。


(だが問題も一つある。領域の中に不自然なものがある。お前だ)


緊張感が走る。


(お前はたまたま同調して領域を広げていた。それは明らかな違和感だ)


「……」


(リナのことは任せておけ。その魔石があれば何とかなるだろう)


「……ドラ」


(お前は村から離れて、外から一度そいつの存在を確認しろ)


俺は一度、リナを見た。

眠っている。変わらない。


(相手に捕捉されないためにはお前自身も領域の範囲を拡大するんだ。

 相手の領域を侵食することで相手はお前の領域内のことが把握できなくなる。

 すぐには捕捉されないだろう。時間は稼げる)


「……分かりました。リナのこと、頼みます」


(任せておけ。お前は悪意を感じたらそのまま逃げろ)


同調を解く。

ドラの声が遠ざかる。


俺は歯を食いしばって立ち上がった。




領域を広げる。


相手の領域は薄い。村の流れに溶け込むように張っているなら、なおさら薄い。

俺は自分の領域の強度を上げ、広げる。

侵食するように、押し広げる。


家から出る。


目の前には獣人たちの日常があった。

畑をいじる者。井戸に向かう者。遊ぶ子どもたち。


もし、敵対する存在が本当にいるなら。

この村はどうなる。


俺ひとりが逃げて、終わりなのか。

それで、いいのか。


「……」


答えは出ない。

だから、やることを一つに絞る。


村の外へ出る。

まず、相手の姿を確認することが必要だ。


村の裏側へ回る。

抜け道のような場所へ向かった。


その瞬間、視界が揺れた。


「……っ」


展開していた領域が、かき消えた。

無理やり剥ぎ取られたように。


次の瞬間、濃密な魔力の圧が、俺を包み込む。

呼吸が重くなる。皮膚がきしむ。


「……これはっ……」


相手の領域だ。

こっちは相手を捕捉できていない。

なのに、向こうは俺を捕まえている。


逃げても、無駄か。


俺は踵を返した。

広場へ向かう。どこからきても分かるように




広場に戻ると、獣人たちがざわついていた。


「何だ、この圧は……」

「魔獣か?」

「違う……」

「家に入れっ!」


誰も原因が分からない。

分からないまま、怖がってざわついている。


その中をひとりの人間が、悠然と歩いていた。

自然と周囲からの視線が集まった。


「……」


その男は、見覚えがある。


飄々としている。

昔、白衣姿がやけに記憶に残った。

だが今、目の前の男は冒険者らしい装備に身を包んでいる。

それでも、歩き方と目つきで分かる。


男が、こちらに気づいた。


薄い笑みを浮かべる。


「やぁ」

声が軽い。軽すぎる。


「君は誰だい?私の邪魔をしてくれたのは君のようだね」

 是非とも、話を聞かせてくれないか?」


相手は、俺のことを覚えていないだろう。

けれど俺の中では、あの顔がまだ焼き付いている。


数年前、バルネス商会で指輪を盗み出した男。


クロイツだ


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