96 魔道具
リナを寝かせる。
見た目には傷ひとつない。ただ、深く眠っているだけに見える。
リナの肩のあたりで、ドラも丸まって寝ていた。
小さな体が、ゆっくり上下している。
「……」
胸の奥が、まだ落ち着かない。
俺は領域を薄く展開して、リナに同調をかける。
「……ドラ。聞こえるか」
同調が馴染んだ瞬間、ドラの片目が開いた。
あくびをひとつ。欠伸の音まで腹が立つほど呑気だ。
(おい。リナに何をした)
(……助けてやったのに随分と偉そうだな。
お前に、あいつを何とかできたのか?)
「……」
喉が詰まる。言い返せない。
俺は握り込んだ拳を広げると、悔しさを殺して頭を下げた。
「そうですね。……ありがとうございます。
それで、リナは大丈夫なんですか?」
(無理やり力を引き出したからな)
(しばらく眠る)
「……あれは、精霊化……というものですか?」
(そうだ。だがまだ受け入れる器が整ってないため身体への負担が大きい。
だが、あのままだとそのうち殺されていた。仕方ない)
「勝てませんでしたか……」
自分より強い者にはっきりと宣告される。
(お前からもらった魔力は、まだ残ってる
リナのことは見守っている)
ドラは半眼で、俺を見た。
(お前は行け。お前にも見えてたんだろう。線だ)
「見えてました。嵐核ドレイクから、魔力の線が伸びてた」
戦闘中だった事もあり、最後まで追いきれなかったが、本体から魔力の線が通っていた。
魔術の発動準備かと思ったが、確認する前に精霊化したリナに首を落とされた。
(見つけたら破壊しろ)
「……何を破壊するんだ」
口に出した俺の問いに、ドラは短く鼻を鳴らした。
(見れば分かる)
「分かりました。行ってきます。リナのこと、お願いします」
(任せておけ)
同調を解くと、ドラの声はすっと遠ざかった。
リナの寝息だけが残る。胸が少しだけ軽くなる。
村の広場へ向かうと、嵐核ドレイクの死体がまだ横たわっていた。
でかい。近くで見ると、なおさら現実感がある。
鱗の縁の白い光は消えている。
胸の奥の核も、もう脈を打つことはない。
だが魔力が完全に発散したわけではなく、うっすらと残っている。
ルヴァンが獣人たちと一緒に、解体を進めていた。
刃物が鱗の隙間を探って動くたび、硬い音がする。
「リナは大丈夫だったか?」
ルヴァンが顔だけこちらに向けて訊いてくる。
「大丈夫です。疲れて寝てるようです」
ドラのことは言わない。今は、言う理由がない。
「そうか……」
ルヴァンの肩が、少し落ちた。
「村を守ってくれてありがとう」
「いえ。あの魔獣は……以前、見かけたことがあったので
……戦ってみたかったんです」
「そ、そうか」
ルヴァンの目が一瞬だけ泳いだ。
「だが、あれを一刀両断できるなら……納得だな」
引いてる。
たぶん気のせいじゃない。でも、今はそれどころじゃない。
「あ、そうだ。ルヴァンさん」
俺は一息で言った。
「一緒に来てくれませんか?」
「構わんが、どうした」
「領域を展開していた時、嵐核ドレイクから魔力の流れが一筋、伸びていました」
「その先が村の中でした」
ルヴァンの眉が寄る。
「あの魔獣から……村へ?」
「そう見えました。線の先を確認したいです。
ルヴァンさんがいた方が、都合がいいと思って」
「……分かった。案内しろ」
線を辿る。
領域を薄く広く張り、魔力の流れだけを追う。
線は、広場から少し離れた一軒の家に刺さっていた。
見張りが立っている、簡易の牢だ。
「この中に入ってもいいですか?」
「入ってどうする気だ」
ルヴァンは警戒を隠さない。
「嵐核ドレイクから、ここへ繋がっていました。
中に何があるかは分かりません。ただ、繋がっているのは事実です」
ルヴァンは一瞬だけ目を細めた。
それから、低い声を落とす。
「……ここには昨日の連中を閉じ込めている」
ルヴァンが戸を開ける。
中には見張りが一人。木製の格子。
格子の向こうに、後ろ手に縛られた男が三人座っていた。
見張りがルヴァンを見る。
「ルヴァン。どうした」
「中を見せろ。客人だ」
ルヴァンが短く命じる。
見張りは渋い顔をしたが、黙って鍵を外した。
格子が開いた瞬間、真ん中の男が噛みつくように叫んだ。
「おい、昨日見た人間かテメェ。犬畜生どもと何やってやがる」
……口が悪いが昨日ほどの迫力はない。
俺は無視して、右端の男の前に立つ。
「……」
右端の男は、視線だけよこして、何も言わない。
領域の中で、首元が妙に濃い。
魔力が溜まっている感じがする。
俺は男の襟元に手を伸ばした。
「おい、てめぇ! 何してやがる!」
真ん中がまた吠える。
俺の指先が、冷たい金具に触れた。
ペンダント。赤い魔石が嵌っている。
「……これか」
鎖を掴んで、引きちぎる。
男の首がわずかに揺れる。右端は歯を食いしばったが、声は出さない。
ルヴァンが眉を跳ねる。
「何だそれは」
「これと、嵐核ドレイクが魔力で繋がっていました」
俺はペンダントを掲げる。
昨日と比べると線はかなり薄く消えかけている。
ルヴァンの目が険しくなる。
「あの魔獣と、これが……?」
「理由は分かりません」
「ただ、嵐核ドレイクを討伐したところで、魔力の線は薄くなっています」
真ん中の男が、急に勢いを失った。
「……は?うそだ……あれを何とかしたって言うのか?」
ルヴァンが冷たく言う。
「あれなら、この男の仲間が一刀で落とした」
「そんな……」
真ん中の男は、うなだれた。
俺は一歩だけ近づいて、言葉を選ぶ。
「……何で、こんなことをしたんですか?」
聞く。責めるためじゃない。確認のためだ。
真ん中の男の顔が歪む。
「何で? 何でだと……何でもクソもあるかよ!
こいつらが、親も友達も殺したんだ!絶対に許さない!」
何かを思い出したように、叫びながら暴れる。
けれど後ろ手に縛られ、柱にも結ばれているから、身体が揺れるだけだ。
ルヴァンが俺の肩を押した。
「一度、外へ出るぞ」
俺は頷く。
ここで言葉を重ねても、火に油だ。
外へ出ると、風が冷たかった。
さっきまでの牢の空気が、まだ喉の奥に残っている。
俺はルヴァンを見る。
「今の男が言ってました。……親と友達が殺されたって」
ルヴァンは息を吐く。怒りが抜けきっていない。
「今日みたいに連中が襲いかかってくることは時々ある。
その時に返り討ちにしたこともあるかもしれん」
そこまで言うと、ルヴァンの声が少しだけ低くなる。
「それに、過去の話を、歴史の話をするなら、そもそも百年ほど前に、
我らの土地は人間どもに奪われている。その時、我らの血は多く流れた
人間を許せないのは、我らとて同じだ」
拳を握りしめる音が聞こえた気がした。
ルヴァンの肩が、わずかに震えている。
「表向きの終戦以降も、国境沿いのこの村を何度も襲ってくる。
村長が止めなければ、こちらから攻め出て皆殺しにしているところだ」
熱くなっている。
ルヴァンは、はっとしたように口を閉じた。
「……おっと、すまん。こんな話をするべきではなかったな」
目を逸らさずに、俺を見る。
「お前たちには感謝している。
お前たちがいなかったら、村は壊滅していた」
「いえ……」
俺は手の中のペンダントを見る。
赤い魔石の中に、細かい刻印が見える。内側に、嫌な密度の魔力が残っている。
「……これ、壊していいですか?龍の精霊もそうしろと。」
俺はルヴァンに確認する。
ルヴァンは短く頷いた。
「精霊の導きであれば壊せ。今すぐだ」
「分かりました」
腰のナイフを抜く。
ナイフで魔石を叩き切る。
赤い光が一瞬だけ脈打ってぷつり、と消えた。
魔石の赤が鈍くなり、ただの石みたいに色を失う。
領域の中で、残っていた線の気配も、完全にほどけて消えた。
ルヴァンがそれを見下ろし、吐息を漏らす。
「……終わった、のか」
「少なくとも、嵐核ドレイクからの繋がりは消えました」
ルヴァンは短く頷いた。
その頷きが、ひどく疲れて見えた。




