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95 精霊化

嵐核ドレイクの咆哮が、村の空気を裂いた。

乾いた雷鳴みたいな音が腹の底に落ちてくる。


俺はルヴァンの横に駆け寄りながら叫ぶ。


「ルヴァンさん! ここでは、ああいう魔獣もよく出るんですか!?」


「んなわけあるか! あんなの初めて見た!」

吐き捨てるように返して、ルヴァンは牙を剥いた。


「なるほど……そうなのか……」


「出た、巻き込まれ体質」

リナが、緊張を誤魔化すみたいに茶化す。


「やめろ。なんだか、そろそろ本当のような気がしてくるから」


冗談のやり取りの直後、嵐核ドレイクが首を振った。

胸の奥にある核が青白く脈打つ。皮下を走った光が翼の裏の白い筋に吸い込まれる。



激しい破裂音と共に空が裂けた。電撃が枝を伝い、木柵に落ちる。

乾いた木が一瞬で焦げ、火が広がった。


「火ぃっ!」

獣人の誰かが叫ぶ。


弓矢が何本も飛ぶ。矢は確かに当たった。

けれど、鱗で弾かれて、乾いた音を立てて地面へ落ちる。


嵐核ドレイクが苛立ったように尾を振り回した。

次の瞬間


ドンッ!!


一軒の家が、壁ごと押し潰されるみたいに崩れた。

破片が飛び、粉塵が舞って、悲鳴が遅れてくる。


俺は一度だけ、喉の奥を鳴らす。

紅蓮回廊で、カイがあれと向き合っていた光景が、脳裏に刺さる。


「リナ……行けるか?」


リナは笑わない。珍しく、息を整えるみたいに短く言う。


「緊張するね」

声が軽くない。俺も、同じだ。


ルヴァンが睨みつけてくる。


「おい、お前ら……戦う気か?」


「一応、一宿一飯の恩はあります」

俺は言い切る。自分の声が少し高い。

「倒したことはないので、無理ならその時はごめんなさい」


心臓が高鳴ってる。怖い。

それでも怖さより、身体の奥が熱い。胸が妙に浮つく。


横を向くと、リナと目が合った。

リナは不敵に笑っている。


「おい、何笑ってんだよ」


「ゆうとこそ、ニヤついてるよ」


……図星だ。

Aランクの戦いを間近で見た。吸収して、鍛えて、ここまで来た。

答え合わせをしたい。そう思ってしまっている。


「行こうか」

リナが軽い口調で言い放つ。


「ああ」


俺は息を吸い、領域を展開する。

まずは薄く広く。限界まで広げて、嵐核ドレイクの位置と動きを捕まえる。


近づくほど、空気が乾いていく。髪が逆立つ。布が肌から浮く。

腰の金具に小さな火花が走った。


嵐核ドレイクは濃紺〜鉛色の体色をしている。鱗の縁だけが雲の輪郭みたいに白く光る。

胸の奥に心臓みたいな核があって、興奮すると青白い脈動が皮下に走る。

翼は大きく黒っぽい。その裏側に白い筋、導電のラインみたいなものが通っている。


リナが走り出した。

嵐核ドレイクが敵としてリナを捉えたのが、領域越しに分かる。


俺も腰のナイフを抜いて走る。


嵐核ドレイクが雷撃を吐く。

空気が割れる。地面が光る。


けれど、雷が落ちた場所に、もうリナはいない。

残像だけが遅れて消える。


「はやっ……」

俺が呟いた瞬間、リナの刃が嵐核ドレイクの側面に走った。


金属通しが打ち合った様な甲高い音が鳴る。

硬い。

鱗に弾かれた。火花が散っただけで、刃が滑る。


リナはすぐに距離を変える。

次の斬撃。次の踏み込み。

それでも、鱗が受け流す。


俺も間合いに入る。

領域内の魔力濃度を上げる。


空気が冷える。頬が痛い。

吐く息が白くなる。


氷の刃を複数展開して打ち込む。

連続でぶつかって、砕けて、霧になる。

砕ける音だけが増える。


嵐核ドレイクは微動だにしない。


「……通らない」


腹部ならと思って踏み込む。

ナイフで腹の下に切り込む。


ギィ……ッ


刃が止まる。通らない。

俺は反射で間合いの外へ跳ぶ。


意気揚々と来たのに、全然通じない。

さっきまでの自信が恥ずかしい。


それでも、俺は理解する。

戦える様になっている。殺されるだけじゃないそこまでには来た。

だけど決定打が無い。


槍を持った獣人たちが飛びかかる。

槍先が鱗に当たって跳ねる。音だけが虚しい。


そのうちの一人が、嵐核ドレイクの尾の一撃を受けた。

体が宙に浮いて、地面に叩きつけられるのが見えた。


撤退、という二文字が頭をよぎる。


俺はルヴァンに叫ぶ。


「ルヴァンさん! 皆さんで、あいつを討伐できますか!?」


ルヴァンは一瞬も迷わない。


「無理だ。見た限りじゃな」

歯を食いしばったまま吐く。

「隣の村まで逃げる判断をした方がいいかもしれん。生きてさえいりゃ、どうにでもなる」


獣人たちでも厳しい。

じゃあ、俺たちで?


俺はリナへ声を投げる。


「リナ、あいつ倒せると思うか?」


「どうかな。鱗がかたいよね」

リナは息を整えながら、嵐核ドレイクの首の高さを見上げる。

「目とか口、狙いたいけど……ちょっと位置が高すぎる」


そこでリナが、肩の上のドラに目をやる。


「あとユウト、ドラが何か言ってるの」

リナの声が少しだけ急く。

「この間の、魔力合わせるやつ。やってもらってもいい?」


ドラがこちらを睨みつけ、唸っている。

喉の奥で雷が鳴ってるみたいな低い音だ。


「……分かった、やってみる」


領域を保ったまま、俺はリナの背中に手を当てる。

魔力を合わせるんじゃない。

リナの魔力に、俺の魔力を溶け込ませる。


意識を寄せる。

境界を滑らかにする。


(坊主、魔力をよこせ。あいつをなんとかしてやる)


頭の中に声が落ちてきた。

ドラだ。間違いない。


「……お前、喋れるのか」

俺が思わず声に出す。


リナが目を見開く。


「ドラ喋れるの!? すごい!」

リナは驚いている。でも、驚いてる場合じゃない。


嵐核ドレイクが吠えた。

周囲に雷が走る。地面が爆ぜる。


二人ほど、その場に倒れた。動かない。


(もっとだ)

ドラの声が急になる。


「分かった……!」

俺は歯を食いしばって、魔力を注ぎ込む。


同調。

その後に、魔力を流し込む。


フィルシアの言葉だけが、頭の中で残っている。


(まだだ、もっとよこせ)


リナと同調した俺の領域が震える。所々で帯電しているようで。

パチッと放電している音が聞こえる


(よし、いいだろう)

ドラの声が、短く決まった。


(リナ、体を借りるぞ)


次の瞬間、ドラの姿が半透明になり、リナの中に溶け込んだ。


リナの背に、半透明な翼が生える。

リナ自身の輪郭もわずかに透ける。

体の周囲に、放電するみたいな光の筋がまとわりつく。


「……っ」

リナは息を飲むだけで、声は出ない。


軽く一歩踏み出した、と思ったら、姿が消えた。

目の端に残る残像を追いかける。


嵐核ドレイクの首元に、一筋の線が走った。

細い光。刃の軌跡だけが残っている。


遅れて、首が落ちた。


重い音が地面に響く。

落ちても、首はしばらく顎を動かしていた。喉が痙攣している。


「……なんだ、それ……」


俺の喉から、乾いた声が漏れた。


半透明の翼を残したまま、リナが戻ってくる。

リナの目は焦点が合っていない。


(リナに無理をさせた。しばらく休ませてやれ)

ドラの声が、今度は落ち着いている。


ドラがリナの体から抜ける。

抜けた瞬間、リナの膝が折れた。


「リナ!」

俺は慌てて抱きとめる。

腕の中の体温が、やけに軽い。


ルヴァンが固まっている。

口が開いたまま、目だけが動いてる。


「ルヴァンさん、ベッド借りますね!」

俺が叫ぶと、


「あ……ああ……!」

やっと声が戻った。


ルヴァンは、そのまま踵を返した。

傷ついた獣人たちの方へ走っていく。


俺はリナを抱え直す。

ドラは地面すれすれを漂い、俺の顔を一度だけ見た。

アカネは、何も言わずにふわりと寄り添ってきた。



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