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92/108

92 名付け


歩き出した。

さっきの小さなドラゴンみたいな精霊が、まだ付いてくる。


付いてくるというより。


「……なぁ、リナ。肩に乗ってる」


リナの右肩のあたりに、あいつがちょこんと座っている。

茜色じゃない。さっきの領域の、淡い稲妻みたいな光をまとった小さな竜だ。


リナは肩をすくめるようにして、首だけこっちに向けた。


「うん。感じる。なんか……くすぐったい。見た目も可愛かったなぁ」


その評価が聞こえたのか、ドラゴンがリナの首筋にすりすりしている。

リナは目を細めた。


「……懐いてるな」


「うん。かわいい」


さりげなく俺の方に手を伸ばすと

肩の上で、バチッと小さな火花が散った。

リナがニヤニヤしている。


「静電気、まだ好きなのかよ……」


「好きっていうか、ドキドキするよね」


「しない」


しばらく進んでも、ドラゴンは降りる気配がない。

俺はそっと手を伸ばして、降ろそうとした。


……スッ。


小さな竜は、リナの肩を回り込んで反対側へ逃げた。

軽いのに、動きがやけに素早い。


「……リナ。もう一回、同調する」


「ん。いいよ」


リナの背中に手を当てる。

呼吸を整え、薄く領域を張る。

リナの魔力の透明な白に、俺の魔力を溶け込ませていく。


「……あ、来た来た」


リナの声が弾んだ。


「見える。さっきよりもよく見えてる」


「見えてるなら、頼む。ここに置くか、一緒に行くかの意思だけ聞いてくれ」


「うん」


リナが肩の小さな竜に顔を寄せる。


「ねぇ。いっしょに行く?」


小さな竜が、こくりと頷いた。

それから、猫みたいに喉を鳴らす。


「……ぐるる」


「……返事したな」


リナが嬉しそうに笑う。


「うん。行くって」


俺は両手で包み込むようにして、その小さな竜をそっと持ち上げた。

熱いわけじゃない。指先が少し、ぴりっとする。


「なら、名前をつけた方がいいって。フィルシアが、そう言ってた」


「名前かぁ……」


リナが真剣な顔になる。

そして、次の瞬間にはいつもの調子に戻った。


「じゃあ……ドラ。ドラゴンのドラ」


「……安易だな」


「いいじゃん、呼びやすいし」


俺の手の中で、ドラがくるりと丸くなる。

気に入ったのか、また小さく喉を鳴らした。


「ぐる」


その瞬間だった。

リナとドラの間に、細い光の線がすっと伸びた。糸みたいに、まっすぐ繋がる。


「……今、光った」


「え、なにそれ」


リナが自分の肩とドラを交互に見る。


俺は同調をほどいた。

普通なら、ここでリナは見えなくなる。


「……あれ?今、同調を解いたよね?まだ見えるけど」


リナが目を丸くした。


「見えてるのか」


「うん。ドラ、ちゃんといる」


光の線はもう見えない。


リナがドラに顔を寄せる。


「わーい。ドラ、よかったねぇ」


ドラは得意げに、胸を張るみたいな動きをした。


……もう、いいか。

俺はため息をついて、肩を落とした。


「行くぞ。道を外れたら困る」


「はーい」


リナはドラを肩に乗せたまま歩き出す。

ドラは楽しそうに、時々ぱちぱちと小さな火花を散らした。



次の領域に入った。


香りが変わる。草原みたいに爽やかな匂い。

ただ、相変わらず薄暗い。上の木々が光を遮っている。


緑だけが、妙に明るい。


遠くで、ふわふわと光が漂っているのが見える。

でもリナは、ドラ以外には反応しない。


「ユウト、何見てるの?」


「あっち。光がいる」


「どれ? ……分かんない。ドラしか見えない」


「……そっか」


一度、休憩を挟む。

ノクスにもらった乾燥豆とナッツを口に入れる。


「……素材の味だな」

文句を言うわけではないが、率直な感想が出てしまう。


「口の水分、ぜんぶ持ってかれるやつ」


「水飲め」


水筒を回す。

リナが飲んで、次に俺が飲む。


ドラにも豆を差し出してみた。

リナが指先で一粒、そっと近づける。


「ドラ、食べる?」


ドラは首をかしげるみたいに動いて、口をつけない。


「食べないねぇ」


「うん。食べない」


俺も触ろうと手を伸ばした。

……スッ。


また避けられた。


「避けられてるね」


リナがにやにやする。


「……何もしてない」


「どんまい」


納得いかないが、仕方ない。

食事を終えて、また歩き出す。



しばらく歩いて、草原の匂いが薄れた。

次の領域を期待していたのに、肌にまとわりつく感覚が来ない。


ん?


「……何も感じない」


俺が言うと、リナも眉を寄せた。


「ね、なんか……さっきまでと違う」


「うん。魔力が、無さそうに感じる」


進んでも、境界を越える感覚が来ない。

ただの森。普通の森の匂いと湿り気。


そのまま暗くなって、一日目の夜を迎えた。

小さな火を起こして、交代で見張りだけ決めて眠った。



二日目。

歩いていると、草木の種類が変わってきた。


見覚えのない葉。見覚えのない蔓。

地面の匂いも、少し乾いている。


嫌な予感が、胸の奥に沈む。

ラツィオからエルデンにたどり着いた日数を考えると

抜けるのがあまりにも早すぎる。


「……葉っぱ、薄くなってきた」


頭上の木々の重なりが減って、空が見え始める。

青い。太陽がちゃんとある。


「空だ」


リナが言う。


「うん。……見えるな」


進むと獣道が出た。

さらに歩くと、もっと大きい道に合流した。


踏み固められている。車輪の跡もある。

人が通る道だ。


「……道が出たな」


「やった。走れる」


「走るなって言いたいけど……急ごう。暗くなる前に」


俺たちは久しぶりに、道を走った。

魔力で体を支えながら、息が切れない程度に。


やがて森を抜ける。

畑が広がっていた。


植わっている作物が、見慣れない。

葉の形も、背の高さも違う。


その奥に、家が見えた。

数は多くない。小さな村だ。


「……どこだ、ここ」


「ラツィオじゃないねぇ」


「うん。違う」


どの村なのか、聞かないと分からない。

そう思ったとき、一軒の家の扉が開いた。


出てきたのは人じゃない。


全身が毛で覆われていて、顔つきも人間と違う。

頭には動物みたいな耳。肩の動きに合わせて、毛並みが揺れる。


俺の足が止まった。


「……獣人」


リナも固まっている。

ただ、怖がっているというより、驚いて目を見開いている。


獣人の男が、こちらを見て眉をひそめた。


「……おい。誰だ、お前ら」


声は低い。敵意は読めないが、警戒ははっきりしている。


俺は両手を見せて、ゆっくり前に出た。


「ユウト・アマギです。旅の途中で道に迷いました」


リナも一歩前に出る。


「リナ・エルドリック。……エルデンからきました」


肩のドラが、ぴりっと火花を散らした。


「バチッ」


「……」


獣人の男の視線が、リナの肩に向く。


リナが小さく胸を張る。


「ドラ。……うちの」


「うちの、って言うな」


俺が小声でツッコむ。


獣人の男は、俺たちを一度上から下まで見てから、短く言った。


「ここで立ち話すんな。……用があるなら、村長に聞け」


「……村長」


「奥だ。まっすぐ行け。変なことするなよ」


「分かりました。ありがとうございます」


俺が頭を下げると、獣人の男はふん、と鼻を鳴らして家の前に立ったまま動かない。


俺たちは、ゆっくり村の奥へ歩き出した。



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