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9 夢

 

 この世界に来て、まだあんまり時間が経っていない頃の話だ。


(転生者ってさ、だいたい無双するじゃん?)


 そんな、なまぬるい期待を抱いていた時期が、俺にもありました。


 セラに連れられて、一番近い街のラツィオ街に行ったときだ。

 「一番近い」とは言っても、ローヴェン村から山をひとつ越えて、そこから馬車で丸一日。


 ようやく辿り着いたラツィオは、「街」というよりもう「都市」に近かった。

 石造りの家が、通りの両側にずらりと並んでいる。

 木と泥の家がほとんどのローヴェン村からすると、それだけで別世界だ。


 魔道具の店もあった。

 ショーウィンドウ(的なもの)には、魔法や魔石を利用した生活用品が並んでいる。

 水を自動で汲み上げるポンプ。

 一定時間だけ光るランプ。

 冷気を保つ箱。

 掃除用の小型の風魔道具まである。


(え、思ったより文明レベル高くない?)

 食べ物もそうだ。

 露天では肉の串焼きや焼き菓子、煮込み料理。

 店に入れば、パンとスープだけじゃなく、肉料理や煮込み、甘いデザートまで揃っている。


(何か生活で困ってるポイント、ある……?)

 最初は、胸を躍らせていた。

 「転生前の知識で、足りてない部分を補えばいい。

 困りごとを解決すれば、お金も信用も手に入る」


 そう思っていた。

 けど、歩いて見る限り、致命的に不便そうなところが、あまりない。


 そりゃあ、上下水道が完璧ってわけでもないし、道路も舗装されているわけじゃない。

 でも、「生活が回らないレベルの困りごと」は、魔道具と人力と工夫で、だいたい何とかしてしまっている。


(……あれ? 俺、何をどうすればいいんだこれ)

 何かをどうにかしようと頭をひねってみる。

(ネジ……ネジを量産できれば、色々作れるはず。

 でもネジって、どうやって作るんだっけ?)

 前世でネジ工場に勤めていたわけじゃない。

 「ネジが便利」ということは知っていても、「ネジの作り方」は知らない。


(水蒸気をどうにかすると、蒸気機関になるんだよな。

 水を温めて、ピストンが上下して……あれ? その先どうするんだっけ?)


 教科書で図を眺めた程度の知識では、実物は作れない。

 高温に耐えられる材料も、精密な加工も、全部どこからどう手を付けていいか分からない。


(電気なら……ギリギリ作り方は分かる。

 銅線を巻いて、磁石を動かして――コイル? コイルって、この世界で作れる?)


 電気を作ったとして、その電気を使って何をする?

 電球も、モーターも、コンセントもない世界で。

 立ち止まって考えるたびに、頭の中の「アイデア」が、ひとつずつ霧みたいに消えていった。

(……異世界無双、終了のお知らせ)


 本気でそう思った。


 セラと一緒に歩きながら、街のあちこちを見て回ったけれど、

 「ここにこれがあれば世界が変わる!」みたいな発想は、一つも出てこなかった。

 俺は別に、発明家でも技術者でもない。


 大きな目標も無く、なんとなく就職してなんとなく生活してきた量産型おっさんにすぎない。

(転生者にありがちな、現代知識チートってやつ……あれ、俺にはないんだな)

 その現実を、ラツィオの石畳の上で静かに理解したのだった。


(じゃあ、固有スキルとかは?)

 異世界もののテンプレを、つい期待してしまう。

 ステータス画面とか、チートスキルとか、そういうやつ。


(転生者にありがちな固有スキル、俺にもあるんだろうか)

 その答えはこのときの俺には、まだ分からない。

 けれど、後になって分かる。


 ある。


 ある日、急に発現したのだ。

 転生前で一番長く取り組んでいたことは、リサイクルショップで働いていたこと。

 十年近く、中古品を買取して、並べて、売って、また買い取ってその繰り返しだった。

 それが影響したのかどうかは分からない。

 けれど、手に入れたスキルは、

履歴視ヒストリック・トレース

 ……だった。


 誰かが使ったもの、いわゆる「中古品」を手に取ると、

 そのアイテムが使われていた状況や、持ち主がぼんやりと見えるという、謎スキル。


 ステータス画面もなければ、最初から説明書が出てくるわけでもない。

 しばらくは、自分でスキルの条件や制限を考察するしかなかった。

 ただ一つ、すぐに分かったことがある。


(……微妙すぎて、使い道がわからない)

 

 炎が出るわけでもない。

 身体能力が上がるわけでもない。

 商売にも、戦闘にも、すぐ役立つ気はしない。


(転生前に、もっと何かしておけばよかったな……)


 何かひとつ、極めたものがあれば。

 もっと役に立つスキルが、手に入っていたのかもしれないなんて、ないものねだりをする。

 そうして、無力感に包まれたところで


 目が覚める。

 見上げれば、いつもの木の天井。

 ローヴェンの森の外れに建つ、小さな家の、自分の部屋。


(……ああ、またこのパターンか)

 ラツィオの石畳。

 胸の中でしぼんでいった「無双」の夢。


 《履歴視》という、よく分からないスキルを知ったあとの虚しさ。

 そういうものが全部セットになった、たまに見る悲しい夢。

 現実に戻ってきたのに、胸の奥だけは、まだ少し重かった。

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