89 同調2
同調か……新しい技術を知った。
同調できたら、アカネに魔力を送る。フィルシアは言った。
同調して茜に魔力を送るとどうなるのか、その先は聞いていないが早く試してみたい。
宿に戻ってすぐ試す。
……だが分からん。
毎回新しいことを教えてくれるのはありがたいが
そのとっかかりがいつも分からない。
まず、アカネの魔力を感じ取ろうとする。
茜色の光が、淡く点滅している。俺の周りをふわふわ漂って、たまに肩に止まる。
領域を薄く纏って、目を閉じる。
領域の中にアカネが入ってくると、そこに温度みたいなものが生まれる。柔らかくて、あったかい。
確かに言われてみれば、エルデンに来るまで越えてきた領域の魔力は、肌触りがそれぞれ違っていた。
湿った空間、乾いた空間、甘い匂いのする空間。
あれも全部、同じ森なのに別の質感があった。
今まで、あんまり考えたことがなかった。
でも、今まで会った人の魔力も、きっと違うんだろう。
(……で、この違いを一致させるんだよな)
一致させるには、俺自身の魔力を変化させないといけない。
そこは分かる。
だが質を変化させるのが分からない。
魔力を展開して、操作しようとしてみる。
強く、弱く。速く、遅く。
そういう調整はできる。
でも、質を変えるやり方が分からない。
フィルシアの同調を受けた時の感覚は覚えている。
領域が一つになって、世界が二重に見えるような……あの圧倒的な感覚。
ただ、あれを自分でやれと言われても、手がかりがない。
椅子から降りて、ベッドに転がった。
「はぁ〜……分からん」
天井の木目を見つめる。
アカネが視界の端でふわりと光った。
(怒ってるのか……? いや、そんな感じじゃないか)
その時
「たっだいまーっ」
扉が開いて、リナが入ってきた。声がやけに元気だ。
「お、帰ったか」
「うん。ちょっとだけ、ノクスを怯ませられたからねぇ」
「……それはすごいな」
俺が素直に言うと、リナは鼻を鳴らす。
「へへへ〜」
……うらやましい。
こっちは同調ひとつで床に転がってるっていうのに。
リナが荷物を下ろして、俺の顔を覗き込む。
「で? ユウトは? 進んだ?」
「全然。とっかかりも見えない」
「んー。そっかぁ」
リナはあっさり受け止めて、ベッドの端に腰掛ける。
そして、俺の肩のあたりの何もない空間を、指でつんつんする。
「……ここに精霊がいるんだよね」
「分かるのか?」
「見えないけどね。なんか、いる感じはする」
リナは少しだけ眉を寄せた。真剣な顔だ。
「ちなみにその精霊は、アカネと言う名前になった」
「アカネ?」
「ああ。名前、付けた」
「へぇ。かわいいじゃん」
リナは笑った。
その笑い方が、少しだけいつもより柔らかい。
俺はまた目を閉じる。
(……リナの魔力って、透明感のある白、みたいな感じだな)
領域越しに、リナの存在が白い膜みたいに感じられる瞬間がある。
確信はない。けど、そういう印象がある。
アカネは暖かい。柔らかい。
フィルシアはアカネに近いのに、もっと強くて眩しい。
(意識すると、違いが分かる)
じゃあ、俺自身はどうなんだ?
自分の魔力を感じようとする。
でも、分からない。
(……自分のことって、意外と気づきづらいよな)
自分が分からなければ、どう変えるかなんて分からない。
「何考えてんの?」
リナが聞いてくる。
「俺の魔力が、どんな質なのか分からなくて困ってる」
「ふーん……自分の事って、よく分かんないよね」
アカネが、俺の指先に近づいて、またふわりと離れた。
「ねー、明日さ。ノクスんとこ行く?」
リナが言う。
「そうだな……相談してみるか」
「おっけー」
リナは、あっけらかんと笑った。
翌日。
ノクスのところへ向かう。
畑の匂いと、蜜の甘さが風に混じっている。ここだけ、森の湿り気が薄い気がした。
ノクスは蜂箱の前で手を止め、こちらを見た。
「……どうした」
「雑談、いいですか」
「構わん」
俺は少し迷ってから聞く。
「ノクスさんたちは……この森から出ることはないんですか?」
ノクスは、しばらく蜂箱を見てから答えた。
「そうだな。時々、旅に出る者もいる。だが……結局、戻ってくることが多い」
「ノクスさんも外に出たんですか?」
「出た」
即答だった。
「様々な経験を積んだ。楽しいことも多かった」
一拍おいて、ノクスの声が少し低くなる。
「だが、我々とは命の長さが違う。友となった者も、先に死んでいく。
それが何度も続くうちに……自然と離れた」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「……そうなんですね」
うまい言葉が出てこない。
ノクスは目を細める。
「生きていると自然と記憶は薄れる。二百年も前のことになると、亡き友の名前も顔も、よく思い出せない」
俺は、言葉を失った。
(……二百年)
想像がつかない。
それでも、ノクスの顔に嘘はない。
沈黙が少し流れて、ノクスが話を切り替える。
「そんなことより。進展しているのか」
「……いやぁ。魔力の同調で引っ掛かってまして」
「同調か」
ノクスは少しだけ眉を動かす。
「俺も得意じゃないが」
そう言った直後ノクスの周囲の空気が、ふっと変わった。
さっきまで乾いていたのに、急に湿った。
次の瞬間、湿り気が消えて、空気が軽くなる。
魔力の肌触りが、明確に変わっていく。
俺は思わず口を開けた。
「……得意じゃないって、何なんですか」
ノクスは、肩をすくめるだけだ。
「この程度のことは誰でもできる」
そんな馬鹿なとは思うが、口にはしない。
「コツってありますか?」
俺が聞くと、ノクスは一度、畑の方へ視線をやった。
「魔力の強弱も、変質の一部だ。自分の魔力が、どう流れているかを感じろ。
それから……周りの魔力をよく見ろ」
「見ろ、ですか」
「見えるだろ。お前には」
俺は頷くしかなかった。俺には見えるものがある。
ノクスは続ける。
「最後は、イメージだ。その空間に溶け込む。
……変えようとするな。混ざれ」
溶け込む。混ぜる。
俺の中で、何かが少しだけ噛み合った気がした。
「……ありがとうございます」
ノクスは、いつもの無表情に戻る。
「試してみろ」
「ダメなら、また来い」
「はい」
宿へ戻る道すがら、アカネが肩の上でふわりと光った。
いつもより近い。
部屋に戻り、俺は床に座った。
領域を、薄く纏う。
アカネが、その境界の内側に入ってくる。
(変える、じゃなくて……混ざる)
自分の魔力の流れを探る。
分からない。けど、強弱ならできる。
息を吸って、魔力を濃くする。
息を吐いて、少し薄くする。
アカネの点滅が、ゆっくりだ。
俺も、それに合わせて、魔力の揺れをゆっくりにする。
魔力の揺れを合わせると、今度は質感のズレが目立つ。
自分の魔力が、冷たい線みたいに感じられた。
今まで気づかなかった、俺の内側の流れ。
この魔力の循環の中に、質の違う魔力がある。
ここに混ざるように、溶け込むように。
フィルシアが同調してきたことを思い出す。
同一の存在になる
俺がアカネでアカネが俺。
息が漏れた。
アカネが、ふわっと近づいた。
指先の前で、明滅が一度だけ強くなる。
俺はもう一度、深く息を吸った。
明らかに変化がある。魔力の性質が変わっている。
同一の存在になるように、溶け込むように。
だがまだ精度が甘い。
よりアカネの魔力に近づけるように集中していく。
早速フィルシアに見せに行く。
同調の方向性はこれであっていると思う。
フィルシアの家の扉をノックする。
しばらくすると開く。いつも通りだ。
「何か進展でもあったかしら?」
「はい。ちょっとできたような気がするので、確認してもらってもいいですか?」
「見せて」
フィルシアは椅子に座ると足を組んで見守ってくれている。
それを見て息を吸う。薄く魔力を展開していく。
今いる部屋くらいの広さに展開すると、今度は領域内の魔力を高めていく。
魔力を発散させることのないように循環させる。
領域の中にいつも通りアカネがいる。
ふわふわと茜色に光を灯している。
柔らかい魔力に自分の魔力を変化させるのではない。
アカネのこの柔らかい魔力に、溶け込むように、一体化するイメージを作る。
領域の内部の気温が少し上がる
完璧ではないが割と近いところまで魔力が溶け込んでいる。
領域を解除して息を吐く。まだ慣れてないので疲れる。
「どうでしょうか?」
「うーん、悔しいくらいの成長速度だね」
「本当ですか?ありがとうございます」
「魔力の循環の筋がいい。よほど師匠が良かったのだろう」
今までにない角度から褒められて、思わず笑顔がこぼれてしまう。
「ここまで上手く魔力の扱いを教えられるような人間はいないと思ってたけど
世の中にはまだまだすごい人間がいるものだね」
「師匠は人間じゃなくてエルフなんです。小さい頃から色々教えてもらいました」
エルフという言葉を聞いて、反応が一拍遅れた。
「……エルフ……その名前はなんと言う」
心なしかフィルシアの目つきが鋭くなる。
なんだろう、空気が重い。
「あの……」
「その者の名はなんと言う」
もう一度、同じ言葉を繰り返す。
言葉は同じでも、口調はすでに追及に近い。
「……師匠の名は、セラフィナ・ルクレールと言います」
フィルシアが大きく息を吸い込む。
何かを考えている様子を見せると、しばらくしてから一言つぶやく。
「そう」
表情には何も現れない。
何を考えているのか分からない。
「あなたに教えるものはもう何も無い。明日の朝にはここを出て行きなさい」
突然告げられた別れの言葉に、次の言葉を出すことが出来なかった。




