表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/108

84 領域


そういえば俺が魔術を初めて使えるようになるまでだって、こんな感じだった。


感覚がわからない。

見えないものを、見えるようにしろって言われても困る。

それでも毎日、ただ繰り返して。


(あの時、二年くらいかかったんだよな……)


思い出して胃が重くなる。

今回はそんなに長居する予定はない。そもそも長居できる立場でもない。


気合を入れて瞑想を続けるが結果は変わらない。


どうしたもんか。


変化があるとすれば、ひらひら漂うあの光と少し仲良くなったことくらいだ。


最近は手を差し出すと、たまに手のひらに乗ってくる。

乗ったままじっとして、明滅がゆっくりになる。眠ってるみたいに。


(……かわいいかもしれない)



それから進展もなく三日目の朝

扉を叩く音がした。


「ユウト。来い」


ノクスの声だった。


外に出ると、ノクスは腕を組んで俺を見下ろしていた。

いつも通り表情は薄いが、目だけはやたら鋭い。


「行き詰まってる顔だな」


「……そう見えます?」


「見える」

即答。

「気晴らしだ。この付近を案内してやる」


「え、今から?」


「今だ。来い」


問答無用だった。

俺は荷物の紐を締め直して、ついていく。



吊り橋の下を抜け、樹上の家々の影を離れると、森がまた濃くなる。

上を見上げても、空はほとんど見えない。

枝葉が重なって、昼だというのに薄闇が続いている。


歩くうちに、ひやりとした空気が増えてきた。

足元の土も、少し湿っている。


ノクスが立ち止まった。


「ここは泉だ」


そこには、水が湧き出る小さな泉があった。

音が静かで、逆に落ち着かないくらいだ。


「……きれいですね」


「昔からある」


「由緒とか、あるんですか?」


「昔からある」


説明が増えない。

ここは昔からある泉だ。


泉の周りで、俺の視界にだけ、光がいくつも浮かんでいる。

水面の上を漂い、葉の影をすり抜けて、ゆらゆらと揺れる。


ノクスが顎で向こうを示す。


「あれが俺の家だ」


泉の近く、木の根元を避けるように小さな家があった。

派手さはない。だけど手入れが行き届いている。


「昔から住んでるんですか?」


「そうだ」


家の裏へ回ると、畑があった。

豆、葉物、根菜っぽいものが並んでいる。土が黒い。


「その裏に畑。野菜を作ってる

 ……あそこで蜂を飼ってる。はちみつができる」


指の先に、木箱が見えた。蜂箱だ。

確かに蜂が出入りしている。


甘い匂いがふわっと流れてきて、腹が鳴りそうになった。


「後で用意しよう」


会話がそこで終わるのが、逆にノクスらしい。



しばらく歩いて、俺は堪えきれずに聞いた。


「驚くほど……何もないですね」


「あるだろ」

ノクスは平然と言う。

「泉。家。畑。蜂」


「そういう意味じゃなくて……」

俺は苦笑しながら続けた。

「この辺り、何人くらい住んでるんですか?」


「この辺りは十人ほどだ」


「……十人?」


「他のやつは皆、好きな場所に住んでる」


「そんなに少ないんですか」


「そうだ」


淡々と断言されると、疑う気も失せる。


「じゃあ……俺たち、偶然ノクスさんのところに辿り着いたんですね」


俺がそう言うと、ノクスは足を止めた。

目だけが、少しだけ鋭くなる。


「それは違う」


短く否定。


「ここに来るには導きが要る。ふさわしくないやつは、ここまで来ることはない」


俺は息を飲んだ。


導き。


俺たちが森で何度も通り抜けた、あの感覚。

空気が変わる。魔力の質が変わる。


(あれが……導き?)



「一つ一つの……境界の向こう、結構広くて何時間も歩くみたいなところもありました」


「広いのもある。それぞれが好きなように領域を作っている」

ノクスはそれだけ言った。


「領域」


いくつも通り抜けた、精霊たちの領域

自分の範囲を広げる。自分の体の外側を自分のものにする。


俺は深く頭を下げた。


「……ノクスさん、ありがとうございます。戻って試してみます」


ノクスは歩き出しながら、肩越しに言った。


「気になったものは、なんでも試せ」


「はい」


返事は自然に真面目になった。


仮宿に戻ると、俺はすぐ床に座った。

呼吸を整えて、目を閉じる。


体内の魔力を巡らせる。濃くする。

そして外側。


境界を通った時の感覚を思い出す。

空気が一枚、厚くなる感じ。

肌の外に、別の層ができる感じ。


自分とそれ以外の空間を知覚する。

そこが今自分が作っている境界だ。


これを広げようとしてもうまくいかない。


まず、自分の手が届く範囲を自分自身と決める。

その空間内に魔力を満たしていく。


出来上がった空間内にふわふわと光が入ってくる。

その光が入ってくると、目で見なくてもどこにいるのかが知覚できる


俺は目を開けて、掌の光を見る。

光は何も知らない顔で、ゆっくり明滅している。


「……よし」


独り言が漏れた。


二年かかった頃の俺より、今の俺は多分、少しだけ早い。

そう信じたい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ