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83 瞑想



フィルシアの家というより作業場みたいな部屋で、俺は椅子に座った。


背筋を伸ばす。肩の力を抜く。

教わった通りに瞼を閉じて、呼吸を整える。


「まず、さっき伝えた通りにやってみて……いい?」


フィルシアの声は淡々としていた。

優しいわけじゃない。でも、怒っているわけでもない。温度が一定だ。


俺は頷いて、瞑想に入る。


体内の魔力を循環させる。

胸から腹、腹から背中、背中から腕、腕から指先へ。戻してまた巡らせる。


(……ここまでは、できる)


次に、魔力を感知する。

自分の中を循環する魔力の流れをより細かく。


(これも、できる)


問題は、その先だった。


広げる。


魔力の一部を展開する。

糸みたいに細く伸ばす。空気に触れさせる。


俺はやってみせる。

指先から、ひょろりと見えない糸を引き出す感覚。魔力が外へ流れる感覚。


「……できた」


言った瞬間、フィルシアが目を細めた。


「違うわ」


即答だった。


俺は思わず目を開けた。


「え? 今、出しました」


「出したのは糸ね。領域じゃないわ」


「領域って……」


口に出してみても、言葉の形が掴めない。

フィルシアは俺の困り顔を見て、小さく息を吐いた。


「自分の体の外側を、自分のものにするの

 外へ伸ばすんじゃないわ。自分の範囲を広げるの」


「……」


分かるようで、分からない。


俺は魔術の扱いなら慣れてきた。

魔法陣を展開して、術式を組んで、魔力を流して、現象が発生する。


魔力の操作も慣れてきた。

魔法陣の展開には魔力を操作固定という作業だ。


だがこの魔力を広げるというのが掴めない。

広げるとは一体どういうことなんだろう。


「もう一回、やって」


フィルシアの声が促す。


俺はもう一度、目を閉じた。

体内の魔力を巡らせる。濃くする。外へ出す。


……やっぱり、糸しか出せない。


「……違うわ」


冷たい声が響く。


俺は内心でだけ謝った。


「……ちなみに、お手本を見せてもらってもいいですか?」


フィルシアは少しだけ黙って、俺を見た。

面倒そうにも見える。けど、表情が薄いから断言はできない。


「……こうよ」


短く言った、その直後。


空気が変わった。


何かが、体にまとわりつく。

布じゃない。水でもない。

でも、肌のすぐ外側に薄い膜ができたみたいな感覚が走る。


(……え)


目を開けると、フィルシアはいつもと同じ姿勢で座っている。

特別な動きはない。


フィルシアが言った。


「まず、これができないと話にならないわ」


「……はい」


言うしかない。


俺は感覚を研ぎ澄ます。

胸、腹、背、皮膚の外側――。


(わからん……)


感覚の外側が見つからない。

触れようとしても、手を伸ばす場所がない。


フィルシアは立ち上がって、棚に手を伸ばした。


……いや、取ったというより。


俺の視界の端に、ほわほわと光る何かが浮かんだ。

小さく、淡く、丸い光。揺れている。


赤く、ほんのり薄暗く、夕焼けにも近いような色だ。


フィルシアが指先を軽く弾く。


光が俺の周りをふわっと回り、近づいてきた。

渡されたと言うのが一番近い。


「これ、持って」


「……持つ?」


俺が両手を出すと、光が手のひらの上に浮かんだ。

触れた感触はないのに、ほんのり温かい。


次の瞬間、光はすっと逃げて、俺の肩のあたりへ移動した。

意志があるみたいに、距離を取る。

肩にある光に手で触れようとするとまた逃げていく。


「……逃げるんですけど」


「追わないで。近づくのを待って」


しばらく待っているとふわふわと顔の周りを漂う。


俺は黙って頷く。


フィルシアは扉の方へ歩きながら言った。


「宿はあるんでしょう。帰って、出来るようになるまでやりなさい」


宿題を出された。


俺は深く頭を下げた。


「……ありがとうございました」


「戸は閉めていってね」


それだけ言って、フィルシアは奥へ消えた。



仮宿に戻る。


俺はすぐ床に座り、また瞑想に入った。

魔力を巡らせる。感知する。広げる。


……できない。


さっき預かった光は、俺の視界の端でふわふわ揺れている。

捕まえようとすると離れる。

無視すると、少し近づく。


(なにこれ……)


そのなにが分からないから、進まない。


集中していてどれくらい続けていたか、分からない。



そうしていると扉が開いて、リナが戻ってきた。


「ただいま……」


声が死んでる。


髪が少し乱れていて、肩が落ちている。

いつもの勢いがない。


「……おかえり、大丈夫か?」


リナは床に座り込んで、息を吐いた。


「ノクス、強い……」


「まじか」


俺の口から、乾いた声が出た。

リナは最近、明らかに切れ味が増している。熔骨オーガもあっさりだった。


そのリナが、ここまで言う。


「……世界は広いな」


俺がぼそっと言うと、リナは肩を揺らして笑った。


「いまさら?」


「いまさらだよ」


リナが俺の方を見る。


「ユウトは、何してんの?」


「……そうだな」



俺は簡単に説明した。

魔力を広げるように言われたが全く出来なかったことと、

そして、これ。


俺は視線だけで光を示した。


「これを渡された。……持ってって」


リナが瞬きする。


「……何を?」


会話が、すれ違った。


「……ほわほわ光ってるやつ。俺の肩の横」


リナは、俺の肩の横を見た。

しばらく見て、首を傾げる。


「……何も見えない」


「……やっぱりか」


リナは真面目な顔になって、手を伸ばす。

俺の肩の横の何もない場所を、そっと撫でるみたいに。


「……なんか、変な感じはする

 空気が、ちょっとだけ暖かいような」


リナは続けて言った。


「森でも、何も見えてない。ユウトが変なとこ見てたのは分かったけど」


光が、俺の指先からすっと逃げた。

机の上、影の端へ移動して、またふわふわ揺れる。


リナはその動きを追わない。


(見えてないんだ)


当たり前のことを、もう一回突きつけられた気がした。


リナが言った。


「それってさ、精霊……なの?」


「……そうなのかもしれない」


リナは頷いた。


「うん」




夕方ごろに、食事が支給された。


豆と野菜中心。

でも、味はちゃんとうまい。


食べ終わると、俺はまた瞑想。

リナは床に転がって、しばらく動かなかった。


それでも、そのまま寝落ちるほどヤワじゃない。

しばらくすると起き上がって、黙って素振りを始めた。


だが俺は、俺で進まない。


広げられない。


気づけば、同じことを繰り返したまま三日が過ぎていた。


(……進展なし)


俺は目を閉じて、また魔力を巡らせた。



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