77 報告
朝食を作っていると、背中の方で布が擦れる音がした。
振り返ると、リナが寝ぼけ眼のまま台所に立っている。
「……ん」
その視線が、俺の手元じゃなく指に吸い付いた。
「指輪、つけてる」
「え?」
「いつ買ったの?」
起き抜け一発目がそれかよ。鋭すぎる。
「よく気づいたな……」
リナは目を細めた。
「何か光ってる。あと、なんか違和感あるけど」
なんて説明したらいい。
そもそもアオイの話はしてない。してないというより、できてない。
俺は玉子を焼く手を止めないまま、諦めて正直に言った。
「……なんか、妖精か精霊みたいなのがくれたんだよな」
口に出してから、自分で思う。
(俺、今、何言ってんだ……)
リナは一拍置いて。
「そーなんだ」
あっさり信じた。
「信じるのかよ」
「だって、ユウトが嘘つくとき、普通に目が泳ぐじゃん」
え?そーなの?
知らなかった。
「……とにかく、飯。冷めるぞ」
「うん」
リナは椅子に座り、手を合わせた。
「いただきます!」
朝から冒険者ギルドへ向かった。
久しぶりだな、ここ。
王都ほど煌びやかじゃない。石も木も傷だらけで、雑多で、無骨でそれが落ち着く。
扉を開けると、いつもの匂いがした。
汗、革、油、食べ物と酒の匂いも。
受付に行くと、カトリーナが顔を上げた。
「あ……ユウトさん、リナさん。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
リナは片手を上げる。
「ひさしぶりー!」
「ギルド長っていますか?」
「はい。少々お待ちください」
カトリーナは奥へ下がると、しばらくして戻ってくる。
「どうぞ。ギルド長室へご案内します」
ギルド長室。
扉を開けると、グスタフ・アルブレヒトが机の向こうで腕を組んでいた。
いつもの顔。いつもの圧。
「……何か用か」
「王都に行ってきまして、ちょっと報告があります」
俺は息を整えた。
「教会で、S5ランクの魔石が盗難される事件が発覚しました
それと、その魔石がラツィオに運び込まれた可能性が高いです」
グスタフの眉がわずかに動く。
「……そんな情報は回ってきてねぇ。なぜ知ってる」
「ははは……なぜか巻き込まれまして」
リナが横で、じっと口を閉じている。珍しい。
俺は続けた。
「教会側の調査で、盗難に関与したとされる人物は特定されています。
そしてその人物が……別の冒険者に、ラツィオまで木箱の荷運びを依頼していました」
グスタフが顎に手を当てる。
「……その木箱と、S5の盗難品が同一だと?」
「残念ながら中身の確定まではできていません。」
俺は首を振った。
「ですが、盗難と荷運びの依頼の時期は一致しています」
グスタフは、しばらく黙ってから言った。
「荷運びの後に誰に渡してるかは聞いたか?」
「いえ、名前などの情報はわからないそうです」
「……分かった」
そして、目だけを上げる。
「教会はどう言ってた」
「まだ公にしたくない様子でした。
俺にも、口外は控えるよう言われています」
グスタフの声が低くなる。
「分かった。情報は助かる。他には口外しないように頼む」
「分かりました」
一息ついてから、俺はもう一つ聞いた。
「……ところで、精霊化について詳しい人っていますか?」
グスタフの口が歪む。
「ああ?そりゃお前の師匠に聞けばいいじゃねぇか」
「いやー……出てきたばかりなのに、頼るのもどうかなって」
「まぁ、それもそうか」
グスタフは鼻を鳴らして続けた。
「そうだな、精霊魔法の本家本元はエルデン深森盟約国だ。
行きゃ、何か分かるかもしれん」
「……なるほど。ありがとうございます」
エルデン深森盟約国。
東の深い森の中って知識だけはある。
あとは交易などはなく。国交もないそうだ。
全部、セラからの勉強での知識だが。
グスタフが付け加える様に言った。
「ただ、そもそも手前の森で迷って先には進めないって話だ。
もしも行くのであれば十分に気をつけるんだな」
「分かりました。ありがとうございます」
。
俺は頭を下げて、部屋を出た。
受付へ戻る途中、掲示板の前がいつもより人だかりになっていた。
紙が何枚も貼り出されている。
その中に、見覚えのある名前。
琥珀迷宮 立ち入り再開(III級昇格のため注意)
「……え、開いたの?」
思わず声が出た。
リナの目が輝く。
「行ってみようよ」
俺はカトリーナに確認する。
「琥珀迷宮、入れるんですか?」
「はい入れます。ただ、危険度はIII級扱いになっています。お気をつけください」
「……分かりました」
報告だけのつもりだったから、荷物は何も持ってきていない。
俺はリナを見る。
「一回、家に戻るぞ」
「いこいこー!」
勢いだけは一人前だ。
家に帰って装備を整え、素材袋と水、最低限の食料を詰めた。
「久しぶりだな……琥珀迷宮」
崩落事故以来。
俺は入口を見て、無意識に喉を鳴らした。
リナが肩を回す。
「下まで行こう」
「……欲張るな」
「だって、逆方向に行けばすぐ下でしょ?」
確かに、俺たちは以前、崩落後に“下から登って”いる。
地図も頭に残っている。
小走りで進む。
石壁は湿っていて、空気が冷たい。
なのに。
魔獣がいない。
足音と、遠くの人の声だけが響く。
床には新しい足跡。壁には切り跡。乾いた血の跡すらある。
「いないねぇ」
リナが首を傾げる。
「……いないな」
俺は周囲を見回す。
(これ、あれか。琥珀迷宮が閉鎖されてた反動で、今はみんなここに集中してる)
人気のあるダンジョンは人が多くて稼げない。
人気のないダンジョンは稼げないから人気がない。
結局、稼ぐってのは大変なんだ。
最初に轟穿カニに会った広場に着いた。
「……いない」
「いない」
ここまで、一体もいない。
(狩られ尽くしてる)
俺は息を吐いた。
「ひょっとして三階層あたりまで、こんなもんか?」
「じゃあもっと下!」
「……そうなるな」
さらに奥へ。
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五階層あたり。
ようやく、違う気配がした。
蒸気の匂い。熱の混じった鉄のような臭い。
暗がりから、巨体がにじり出る。
熔骨オーガ。
傷だらけの骨肌の隙間から、白い蒸気がふっと漏れる。
目が赤い。首を鳴らして、こちらを睨んだ。
「やったね!」
リナが、嬉しそうに言った。
嬉しそうすぎて怖い。
「ちょっと試し斬りしてくるね」
「待て、単独で」
言い終わる前に、リナは走っていた。
(……ここ最近、試してた剣技か)
俺は氷の魔術で体内を冷やして動きを鈍らせてから倒した。
リナは、今回どうする気だ。
リナが熔骨オーガの間合いに入る。
一瞬、視界からリナの輪郭が消えた。
(消えた、というより……見失った)
次の瞬間、リナは熔骨オーガの背後に立っていた。
熔骨オーガは反応しない。
反応しないまま膝が折れる。
ドン、と重い音。
巨体が倒れ込み、そのまま動かなくなった。
「……え?」
俺の口から、情けない声が出た。
リナが振り返って、肩をすくめる。
「ん? いまの?」
「……何した」
「普通に切っただけ」
「普通、ていうのを今度見直そうか」
リナは少しだけ、口の端を上げた。
でも、すぐ真顔に戻る。
「まだ、足りない」
その言い方が、前よりずっと低い。
俺は熔骨オーガに近づく。
「……素材、回収するか」
俺は手持ちのナイフを抜いた。
熔骨オーガの解体は、前回マルツェンに手順を叩き込まれている。
(蒸気の出る部位は高値だが切る角度を間違えると危ない。
骨材は割れやすい……)
思い出しながら作業を進める。
作業中、奥からもう一体、熔骨オーガが出てきた。
「もう一匹!」
リナが振り向く。
今度は消えた感覚がもっと短い。
熔骨オーガが咆える前に、脚が崩れた。
倒れ方だけが、さっきより派手だった。
「……」
俺は何も言えないまま、二体目の素材にもナイフを入れる。
(俺とリナの差が、開いたってレベルじゃない)
初見で苦労するのは、攻撃パターンも特徴も分からないからだ。
崩落事故もあって、当時は万全じゃなかった。
それでもこの短期間で、ここまで切れるようになるのか。
リナの特徴は、速くて重くて苛烈。
それでもBランクモンスターの堅さには悩まされていた。
だがカイの技を見て盗んでいる。
一方で、俺はどうだ。
俺の剣は魔術ありきだ。
けど、その肝心の魔術は上のランクには無意味と言われた。
リナが前に進んでいるのに対して、俺は足踏みばかりだ。
(……俺は、どうしたらいい)
素材袋を縛りながら、答えのない問いが喉の奥に残った。




