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74 腐臭



「……どこかに住んでるのかな」


リナがぽつりと言った。


教会の白い壁を背にして歩いていると、王都の人の流れがやけに速く見える。


「さあな」


俺は短く返してから、ため息を飲み込んだ。


確かに、継続的に盗んでいるなら、どこかには拠点がある可能性は高い。

ただ探すには情報が少なすぎる。


ヒストリックトレースで見えた像はぼんやりしていた。

近くで顔を見れば気づく、そう思って教会内を歩いたのに、引っかかる顔は見つからなかった。


以前、同じように捜索したクロイツを思い出す。

町外れに潜ることもできるし、街中で「薬売り」みたいな顔をして部屋を借りることもできる。

王都にある住居の数を考えたら探すのは不可能に近い。


「……せめて名前が分かればな」


「名前」


リナが復唱した。


「うん。名前があれば、探しやすい」


そう言いながら、俺は頭の中で別の筋道を探していた。


盗まれたのは、教会のS5ランクの魔石。

盗むにしても、その目的が何かを考える。


一つは、「盗んだ事で関係者にダメージを与える」ことが目的。

もう一つは、「盗んだ魔石を利用する」ことが目的。


前者なら、教会か、その関係者を意図的に陥れる筋だ。敵対する何かがいる。

ただ、ダメージを与えるだけなら、あそこまで高価なものに手を出す必要があるのか、俺には分からない。



後者なら、魔石である必要がある。

つまり、魔石を使うか、売るか、所有すること自体に価値があるか。


(……教会を狙う理由ってなんだ)


教会を運営しているのはカサリウス教団。1500年ほどの歴史があると言う説もある

国教で、弱者救済の要でもある。孤児院などのセーフティネットも受け持っている。

回復魔術を学べるのは教団の内部が中心で、怪我をしたら教会に頼るのが普通。


敵を作りやすいのかどうかは分からない。

組織である以上は、恨まれることもあるのかもしれない。

ただ、狙うにしては手口が荒い気がする。



魔石自体を利用するために盗むとする。

S5が必要になるのは「国レベル」だと司教は言った。

それを盗むリスクを負う理由が、どこかにある。


だが思考は一つのアイディアに囚われている。


紅蓮回廊と琥珀迷宮の以上、そしてダンジョンでAランク魔獣をけしかけてきた謎の男。

あれを思い出すと、全部そこに繋げたくなる。


大規模結界や戦争などで使うのなら、大きな組織が相手なのだろうか。

敵対する国家。あるいは教団に敵対する組織。

情報が足りない。


「……飯でも食うか」


「賛成!」


リナの返事だけがやたら元気だった。




今日は冒険者ギルドに併設された食堂に入る。


王都のギルドは、ラツィオのギルドほど騒がしくはない。

それでも食堂の空気は少し緩い。皿の音、笑い声が聞こえてくる。


適当に腹にたまるものを頼んで、二口目を食べたところで声をかけられた。


「どうした、若いの」


顔を上げると、ダグだった。

バルネス商会の護衛で見た、Cランクの冒険者。


ダグは俺の眉間を指で指した。


「眉間に皺が寄ってるぞ」


「……そんな顔してました?」


「してる。何か悩み事か?」


リナが横で頷く。


「してるしてる」



俺は箸を置く。話せないこともあるので慎重に言葉を選ぶ。


「とある依頼があって人を探してます。ここ最近でラツィオまで荷運びした人物です。

 何度か往復してるはずです。情報が少なくて困ってるんです」


ダグの眉が上がった。


「ん? それなら……こないだやったぞ」


「……え?」


「箱に入った荷物を往復した。この間、バルネス商会で護衛したのは、その帰り道だな」


心臓が跳ねる。


「どのくらいの箱ですか?」


ダグは両手を広げて、ざっくりと大きさを示す。


「中身は知らんが、これくらいの木箱だ」


……入る。S5サイズが何個か入るサイズだ。


喉が鳴った。ごくり、と音がした気がする。


「誰から誰に受け渡ししたんですか?」


ダグが口の端だけで笑った。

「さぁてね。誰だったかな」


(こいつ……)

情報の対価を求めているようだ。がっつきすぎたか。


リナが俺の横で「うわ」と顔をしかめる。


仕方ない。俺は財布を出して、金貨一枚をテーブルの上に置いた。

見せるだけじゃない。置く。


ダグが目を細めた。


「……いいね」


ダグは椅子に深く座り直して、話し始めた。


「最初はギルドの依頼だった。ちょうど二ヶ月ほど前かな。足を怪我しちまってな

 ダンジョンにも入れねぇし、困って依頼探してたら、ラツィオまでの荷運びが金貨三枚で出てた」


「金貨三枚……」


「往復で六日かかっちまうから普通は行かないが、馬車に座ってりゃいい

 宿代と飯代でほとんど吹き飛ぶが、怪我が治るまでの生活費がタダだと思えば悪くねぇ」


生きているだけでも金は減る。

しばらく前に体験済みだ。


ダグは肩をすくめる。


「最初の一回目はギルド経由だった。でも次からは、直接依頼をよこしてきた。

 だから、完治するまでは何度かやったな」


「直接……」


「渡した相手は知らん。物は渡したが、名前も聞いてないしな。

 ただ仕事をよこしてきた奴の名前なら覚えてる」


ダグが言った。


「ハルトってやつだ」


その名前が、空気に落ちた。


「……ハルト」


「そいつも冒険者だ。そのうち顔を見せるんじゃねぇか?」


ダグは金貨を指で弾いてから、俺の前から持ち上げた。


「そいじゃ、ありがとよ」


そう言って、酒を頼みに立ち上がった。

金貨は、もう戻ってこない。


リナが俺の顔を覗き込む。


「少し先に進んだかな」


「そうだな」


名前が出たのは大きい。



食事を終えた俺たちは、すぐ受付へ向かった。


「すみません。冒険者のハルトさん、来ていますか?」


受付嬢は淡々と首を振る。


「ここ最近は見かけませんね」


「最後に来たのはいつ頃ですか?」


「申し訳ありません。お伝えすることはできません」


「……分かりました」


(そりゃそうか)


「行こ」


リナが小声で促す。


「うん」



ここまでの調査内容を持って、教会へ戻る。


教会の執務室には、シグリッド司教とリーネ、それからエミルが揃っていた。

空気が重い。待っていた、というより、待つしかない顔。


エミルがこちらに気づいて言う。


「あ、ユウトさん」

「一応調べてみたんですが……S5ランクの魔石の相場などに大きな変化はないですね

 流通量も、通常とそれほど変わりません。今の所売却などはされてないかもしれません」


「……そうですか」


シグリッド司教も言う。


「私の方でも、業者の出入りのリストを調べた」

「特に変わりはなさそうだ」


「分かりました」


俺は呼吸を一つ置いて、事実を並べる。


「こちらでもいくつか調べました

 王都の外に運び出した可能性を見て、聞き込みをしました」


エミルが頷く。


「はい」


「ラツィオに持ち出した可能性を考えて、その方向から怪しい足取りを探しています。

 それで今は、ハルトという人間を探しています」


その瞬間だった。


シグリッド司教の眉が、ぴくりと動いた。

そしてリーネが、息を吸い込む音。


「えっ」


声になりきらない声を出して、リーネはその場で崩れた。


「リーネさん!」


エミルが駆け寄る。

俺とリナも反射的に動いた。


「おい、リナ。椅子どかせ」


「うん!」


リーネを横に寝かせる。呼吸はある。意識は落ちている。


シグリッド司教が低い声で言った。


「寝台へ運ぼう」



小部屋の寝台に寝かせ、布をかける。


リーネの顔は青いままだ。

エミルが額に触れて、静かに言う。


「冷たい……」


俺は立ち尽くしそうになるのを堪えた。


思考が先に走りそうになった。

だから、止める。


「……司教」


俺が呼ぶと、シグリッド司教は頷いた。


「ハルトというのは、リーネの恋人だ」


言葉が重い。


「冒険者をやっている。結婚も間近だと、彼女は言っていた」


リナが目を見開いた。


「……恋人?」


「……そうだ」


シグリッド司教は目を伏せ、言葉を続ける。


「リーネは熱心で、真面目で……いい子だ。私は、信じたい。

 だが、責任者として、信じるだけで済ませることもできない」


「……はい」


俺はそれしか言えなかった。



シグリッド司教が立ち上がる。


「ハルトの家へ行って確認しよう」


エミルが口を開く。


「司教様、私も同行します」


「頼む」


リナが拳を握る。


「……行く」


俺も頷く。


シグリッド司教は部屋を出る前に、扉の外側から鍵をかけた。


カチャリ。


思わず俺は聞いた。


「それは……?」


シグリッド司教は振り返らずに答えた。


「念のためだ。信じてはいないわけではない。

 だが、万が一……後ろめたいことがあるなら、逃げる可能性もある」


重い空気が、さらに沈む。


(逃げる可能性……)

なんと言うか手慣れている。こう言うことはよくあるのだろうか。


シグリッド司教の案内で、ハルトの家へ向かう。



教会からは結構距離があった。

王都の道は広いが、人の波がある。進むほど、呼吸が落ち着かない。


三階建ての集合住居の前で、シグリッド司教が止まった。


「この三階だ」


「……分かりました」


俺は階段を上がり、扉の前に立つ。


相手が冒険者なら、ドア越しでも警戒される


だからまずは、普通に。


コン、コン。


「……ハルトさん。いますか」


返事がない。


もう一度、少しだけ強く。


コン、コン。


……反応はない。


リナが小声で言う。


「いない?」


「分からない。……でも、静かすぎる」


エミルが息を飲む音がした。




「……ハルトさん。いますか」


返事はない。


もう一度。


コン、コン。


沈黙。


「出かけてるのかな」


リナが小声で言った。


「分からない。……でも、嫌な予感がする」


俺は身をかがめて、鍵穴に顔を寄せた。

その瞬間、鼻を刺す匂いが漏れてきた。


(……腐臭)


胃の奥がきゅっと縮む。


「……匂う」


リナも気づいたのか、顔をしかめる。



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