73 捜索
教会の地下保管庫から出て、俺とリナは静かな回廊へ戻った。
石の床は冷たく、足音がやけに響く。
さっきまで聞いていた話が重すぎて、足取りまで重くなる。
シグリッド司教は俺たちに一つだけ言った。
「見たい場所があるなら、これを渡そう。鍵のついた扉の先に行きたければ声をかけてくれ」
小さな木札を渡してきた。
蝋で印が押されている。教会の許可があるという札らしい。
エミルは「商会側の記録を見てきます」と言って、先に出て行った。
だから今、俺とリナだけだ。
教会内をぶらつきながら、人の顔を確認していく。
修道士、侍者、掃除をしている者、物を運んでいる者。
礼拝堂の出入り口では、祈りに来た人もいる。
ヒストリックトレースで見えた像は、ぼんやりしてた
それでも、直に見れば同じ顔だって引っかかると思った。
だから目を凝らして、すれ違うたびに視線を走らせる。
でも、ピンとくる顔はいない。
礼拝の場は邪魔にならないように端を歩き、修道院の出入り口付近でも人の流れを見た。
結局、見られる範囲は一通り見た。
「……困ったな」
思わず声が漏れる。
リナが横で、口を尖らせた。
「いないんだね」
「そうなんだよな、それに盗んだやつが教会関係者だとしても、今も堂々と歩いてるとは限らない」
そう思うと、余計に手詰まり感が増した。
リナがぼそっと言った。
「魔石ってさ」
「ん?」
「大きいの、二十個だよね。……持ってくの、大変だよね」
それは、確かにそうだ。
他の木箱を見た感じでは、人の頭くらいはある塊だ。重さもあるはず。
「一回じゃ無理だろうな」
(魔力の塊……か
ラツィオでギルド長が言っていた。
高魔力体を内部に放置すると、ダンジョンは育ちやすいと。
あの説明を思い出すと、思考がそちらに引っ張られる
紅蓮回廊と琥珀迷宮は、魔力濃度が高まり、昇格している。
どこから魔力源を集めたのか。
だが、保管庫で見えた男の像は、紅蓮回廊で見た旅の男とは……違って見えた
像はぼんやりだった。だから断言はできない。
それでも、似ているとは感じなかった。
これだけの規模なら同じ人間が全部やってるとは限らない
「……門番に聞いてみるか」
俺が言うと、リナがすぐ頷いた。
「いいね。外のことは、外の人が知ってるかも」
教会を出て、俺たちが王都へ入ってきた門へ向かう。
門の周辺は人の流れが多い。
荷車、旅人、兵の巡回、毎日多くの人間が行き交っている。
俺たちは少し離れた場所から門番の交代を待った。
交代した直後なら、話を聞ける余地がある。
交代して持ち場を離れたタイミングを見て近づく。
「すみません。少し聞きたいことがあるんですが」
門番は、面倒そうに眉を動かした。
「なんだ」
「ここ最近で……怪しい人間とか、目立つ出入りはありませんでしたか?」
門番が鼻で笑う。
「うーん。例えばお前らだな」
「……え」
「なんの用だ」
俺は魔石の件は伏せて、別の言い方に切り替えた。
「友達の大切にしていた石が盗まれてしまって、探してまして」
「このくらいの……二十センチくらいの大きさです」
俺は両手で丸を作って見せる。
門番は半目になった。
「漬物用の石かい?」
「違います」
即答すると、リナが横で吹き出しそうになって、口を押さえた。
門番は肩をすくめる。
「何にせよ、分からんな」
「出入りは記録してるが、事件があった時ならともかく」
門番は顎で人の流れを示した。
「あそこを見てみな。平時なら全部の荷物まで確認するわけじゃない」
「一日何人出入りすると思ってるんだ」
「……帳簿を見せてもらうことはできますか?」
俺が聞くと、門番は即座に首を振った。
「無理だ」
「それに門はここだけじゃないぞ。出入りは他でもできる」
「……そうですか」
「残念だが、これ以上は協力できない。漬物石なら新しく買うんだな」
これ以上話を聞くことは無理そうだ。
「分かりました。ありがとうございました」
俺が頭を下げると、門番は「おう」とだけ返した。
門を離れながら、リナが小声で言う。
「漬物用って」
「笑うな。あれが普通の反応だ」
「でもちょっと面白い」
「……ちょっとな」
次は冒険者ギルドだ。
門の帳簿が無理なら、輸送の仕事がないかを確認する。
盗難品を正規のルートで発注するとは思えないが、
調べられるところは全て調べておこう。
例えばラツィオ行きの護衛依頼が頻繁に出ていたなら、流れが分かるかもしれない。
受付へ行く。昨日と同じ受付嬢がいる。
「こんにちは。少しお伺いしたいんですが」
「最近まで、ラツィオ行きの護衛依頼ってありませんでした?」
受付嬢は丁寧に答えた。
「あー……今はありませんね。
少し前までは、確かに出ていました」
「そうなんですね。残念です」
「ちなみに、その依頼って頻繁に出ていたんですか?」
「……頻繁、というほどではないです」
必要なことだけ答えてくれる。逆に質問もなくドライだ。
俺はもう一つだけ聞いた。
「依頼主って、同じ人ですか?」
受付嬢は表情を変えずに言う。
「申し訳ありません。依頼主の情報は、お伝えできません」
「ですよね。分かりました。ありがとうございます」
受付を離れて、思わず心の中で頷いた。
(そりゃそうか)
それでも、移動の痕跡が完全に消えるわけじゃない。
ラツィオ向けの馬車を探す。
門の近くには馬車宿と荷の積み替え場がある。
俺は忙しそうな御者の一人に声をかけた。
「すみません。ちょっと変わった友人を持ってまして、探してるんですが」
「ここ最近、ラツィオと王都を何度も往復してる人って、見たことありますか?」
御者は顎に手をやって、少し考えた。
「ああ……いるな。ラツィオに着いたら馬車を休ませて、翌日にまた出発するんだが乗り込んできてたな」
「……その人、何か荷物を持ってませんでしたか?」
御者は即答で笑った。
「荷物なんて全員持ってるだろ」
「……それもそうですね」
馬車に乗るだけで三日。
水も食い物も着替えも要る。荷が大きいのは当たり前だ。
「顔は、どんな感じでした?」
御者は眉を上げた。
「顔? 顔なんて……普通だよ」
「分かりました。ありがとうございます」
俺はそれ以上聞かなかった。
あまり細かく聞くと不審がられる。
その場を離れる。
リナが俺の袖を引いた。
「今の話の人、気になるね」
「……確かに。それにその人物を特定するのが難しいな」
俺が言うと、リナがむっとする。
「見つけたいのに」
「見つけたいけど、今の情報だけだと探しようが弱い」
リナが少し黙ってから言う。
「じゃあ、次はどうする?」
俺は一度立ち止まって、息を吸った。
「一度、報告してから向こうの進捗を聞くくらいかな。
それによっては明日以降の動き方が変わるかもしれない」
「うん」
教会へ戻り、司教の執務室の前で案内役に木札を見せる。
しばらくして通されると、シグリッド司教がこちらを見た。
「どうだった」
俺は、見たことだけを順番に話した。
「教会内で顔の確認をしましたが、保管庫で見えた像に似た顔は見つかりませんでした
馬車の御者から、王都とラツィオを短い間隔で往復する客がいると聞きました」
シグリッド司教は黙って聞いて、短く頷いた。
「分かった」
「こちらも業者の記録を洗っている。エミルの方の情報も待とう」
「お願いします」
隣でリーネが控えていた。顔色はまだ悪い。
それでも、俺たちの報告に小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
声が震えている。
俺は返事を急がず、落ち着いて言った。
「なるべく早く見つかるように努力します」」
リナもリーネを気遣うように言う。
「急ぐからちょっと待っててね」
執務室を出ると、回廊の冷たい空気が肺に入った。
ただ、焦っても成果は出ない。
だから俺は、次に繋げるために歩くしかなかった。




