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72 盗難


今日は教会だ。


俺はこの世界で教会にほとんど縁がなかった。だから、歩きながら妙に緊張してしまう。

王都の空気が堅いのもある。ここは中心だ。誰の視線も、どこか重い。


遠くからでもよく見えるほど高い建物が、教会だった。

近づくにつれて、壁の白さと尖塔の高さが増していく。


「……首、痛ぇ」


見上げたら本当に首が痛い。石造りの塊が空に突き刺さっているみたいだ。


リナが小声で言う。


「でっか……。すごいねぇ」


2人とも田舎者なのでキョロキョロしてしまう


エミルが先を歩いて、門の前で振り返った。


「司教の方には、私から話を通してあります。行きましょう」



中に入ると、空気が少し冷たかった。

香の匂いがする。甘いというより、澄んでいる匂いだ。


奥に、人の良さそうな男が立っていた。

その隣に、顔色の悪い女性がいる。目が落ちていて、手を握りしめている。


エミルが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「本日はよろしくお願いします」


男は軽く頷き、落ち着いた声で返した。


「よろしく頼む」


エミルがこちらを振り向き、紹介する。


「こちら、司教のシグリッド様です。そして、こちらは助祭見習いのリーネさんです」


俺は背筋を伸ばして頭を下げた。


「ユウトです。お世話になります」


「リナ!」


リナも手を挙げてから、慌てて頭を下げる。


シグリッド司教は俺たちの顔を順に見た。


「よろしく。シグリッドだ……エミルの紹介だから君たちを信用して話す。

 これは機密だ。教会の外へは一切漏らさないでほしい」


空気が一段重くなった。


「……分かりました」


俺が答えると、リナも小さく頷く。


隣の助祭見習いのリーネは、顔色がさらに悪くなった。目の端が濡れている。


シグリッド司教は、言葉を選ばずに切り出した。


「教会内で盗難が発生した。出入りの業者が関わっている可能性もある。

 ただいま調査を進めているが、今のところ犯人は特定できていない」


「盗難……」


シグリッド司教が眉を寄せる。

「この件はまだ表沙汰にしていない。だが、直に知られるだろう

 そして、このままでは誰かが重い処分を受ける」


その言葉に、リーネが息を呑んだ。肩が震える。


シグリッド司教は続ける。


「出入りの業者と品物を確認すれば何か分かると思っていた

 だが、私の目では決定打が見つからない」


エミルが軽く頭を下げる。


「私が不審に思って伺い、無理に話を聞いてしまいました。

 お付き合いがあり、信頼していただいている分……申し訳ありません」


「責めてはいない。手詰まりだった。むしろ助かっている」

シグリッド司教はそこで俺たちを見た。

「エミルから、君たちが優秀だと聞いている。手伝ってもらえるかな」


俺は喉の奥の乾きを飲み込んで答えた。


「お役に立てるかは分かりません。最善を尽くします」


「ありがとう」



俺は確認したいことを聞く。


「盗まれたのは……どこですか?」


シグリッド司教は頷いて、奥へ手を示した。


「案内しよう」


見張りの立っている扉がある。

鍵のかかった扉を開けると、地下へ続く階段があった。

空気がさらに冷え、音が吸われる。


下りきった先は、まっすぐな廊下。

左右に一定間隔で扉が並ぶ。


シグリッド司教は何個目かの扉の前で止まり、鍵を取り出した。


カチャリ。


外開きの扉が開く。

中に、鉄格子の扉がさらにあった。そこにも鍵。


(……二重鍵)


シグリッド司教が鍵を開ける。


カチャリ。


鉄格子が開いた。


俺は思わず言った。


「……随分と厳重ですね」


「保管庫だからね」


短い返事。

リーネは黙ったまま、唇を噛んでいる。


シグリッド司教が中へ入るよう促した。


「こちらだ」



部屋の中には木箱が山積みだった。

箱には印がある。番号だ。中身の系統ごとに並んでいるらしい。


シグリッド司教が言う。


「ここには魔石が保管されている」

「その中でも特に高額なものが……二十個、盗まれた」


「二十……」


リーネが小さく息を漏らす。今にも崩れそうだ。


シグリッド司教は、苦い顔をした。


「管理が杜撰だったと言われても仕方ない。だが、正直……誰かが盗むとは考えていなかった。

 地下への入り口の見張りも、最近つけたくらいだ」



シグリッド司教はリーネをちらりと見てから、淡々と言った。


「額が額でね。このままではリーネは責任を問われる。

 教会を破門の上で、その身を売り飛ばされるかもしれない」


リーネの顔が真っ青になった。指先が震えている。


覚悟を決めて聞く。

「……ちなみに、どのくらいの額なんですか」


シグリッド司教は即答した。


「S5ランクの魔石だ。都市全体の結界に使う。戦争で使われることもある。

 一般には出回らないが、相場としては一つ、金貨千枚ほどになる」


金貨千枚。二十個。

数字の大きさに現実味を失う。


思っていたよりはるかに大事だった。


俺は慎重に言葉を選ぶ。

「最善を尽くします」


隣でエミルが一歩近づき、声を落とした。

「……すみません。ここまで重大な話だとは、私も知りませんでした」


「重すぎますが、今はやるしかないです」

そう返してから、俺は木箱へ向き直った。



空の木箱に、そっと手を置く。


魔力を薄く流して、触れたものの残り香を探る。


「ヒストリックトレース」


視界が、ふっと滲んだ。


ぼんやりとした顔が浮かぶ。

驚いた表情。目が見開かれている。女性に見える。


(箱を開けた瞬間の顔……に見える。リーネだろうか)


次に、扉へ手を当てて試す。


「ヒストリックトレース」


今度は男の顔。落ち着いた目。

シグリッド司教に似ている。


他の木箱にも触れる。


「ヒストリックトレース」


男の顔が見えた。

見知らぬ顔だ。輪郭が硬い。表情が薄い。


さらに別の箱。


女性。さっきの女性と似た像。

それから、また見知らぬ男。



俺は一度、呼吸を整えた。

魔力の消耗は大きくないが、集中を切ると像が途切れる。



俺はシグリッド司教に向き直って質問する。


「普段の在庫管理で、ここに触るのは……リーネさんだけですか?」


シグリッド司教は頷いた。


「そうだ。日常の管理はリーネが一人でやっている」


(じゃあ、見知らぬ男は何だ)




シグリッド司教が、俺の手元を見て聞いた。


「……今、何を見ている?」


俺は言葉を崩さず、でも核心を避けた。


「特殊な魔術みたいなものでして物に触った人のイメージが、薄く見えることがあります」


シグリッド司教は目を細めた。


「ほう。私も昔は魔術を学んでいた。

 だが、それは相当に特殊だな。聞いたことがない」


「……自分でも、扱いきれてないです」


「機会があれば、教えてほしい」


「そのうち……機会があれば」


俺は曖昧に返した。あまり深掘りされたくない。



次に、俺はリーネの方へ向き直った。


「リーネさん。お話を聞かせてもらっていいですか」


リーネはびくっとして、すぐ首を振った。


「あの……私じゃないんです……!私は、新しい魔石が入荷したから箱に入れようとしただけで……

 それで……開けたら……空で……」


言葉が途切れて、目に涙が溜まる。


「どうしたら……私……」


俺は声を落として言った。


「責めるために聞くんじゃないです。

 無くなった時の事を順番に教えてください」


リーネは鼻をすすって、震える声で続けた。


「箱を開けたら、魔石がなくて……

 箱の中身を入れ替えて……年末くらいに……まとめて……」

 手前の箱に、仕入れた分を入れて……必要があれば、そこから取り出して……」


混乱しているようで、要領を得ない。

「手前の箱で出し入れして?」


「今回は……奥の箱が……空で……

 だから、気づくのが遅れて……」


リーネは顔を覆いそうになって、堪えた。


「いつ取られたのか……分からないんです……」


俺は頷いて、短く言った。


「普段は手前の箱だけで管理して、奥の木箱から盗まれたのですね」


リーネは堪えきれずに、泣き始める。



シグリッド司教が、低い声で補足する。


「この規模の魔石は、通常の売買に紛れない。用途は大規模結界か軍事用だ。

 すでにどこか別の街に運び出されているのかもしれない」



念のため、鍵にも触れてみる。


「ヒストリックトレース」


浮かぶのは、シグリッド司教らしい像。

管理する人が触っているのは自然だ。


(鍵からは、新しい手が見えない)


「それで何か見えたかな」

シグリッド司教が問いかける


「そうですね、司教とリーネさん、それと見知らぬ男が見えました」


「ふむ、ここに入るのは私かリーネくらいなんだがな。その男が犯人なのか?」


「今のところはなんとも言えません」


俺は一度、頭を整理してからシグリッド司教に言った。



「出入りしている業者の中で、最近急に来なくなったところがあれば……教えてください」


シグリッド司教は少し考えてから頷いた。


「業者の記録はある。調べよう」


「助かります。俺は……教会の中で、さっき見えた顔に心当たりがないか確認します」



エミルが真面目な声で言う。


「私は商会側の出入り記録も確認します

 教会の記録と照らせば、抜けが見えるかもしれません」


「お願いします」


シグリッド司教は静かに言った。

「よろしく頼む」


「分かりました」


俺は空の木箱を見た。


(痕跡はある)

(薄いけど、消えてない)


まずは、イメージで見えた顔を探す。



今できるのは、それだけだ。



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