71 記憶核
翌朝。
俺とリナは宿を出て、王都ノルビアの冒険者ギルドへ向かった。
今日は薄明回廊に潜る。
昨日の探索で上層部の魔獣が少ないのは分かった。
お目当ての素材の記憶核を狙うなら、もう少し下を見る必要がある。
ギルドに入ると、受付前に見覚えのある姿があった。
革鎧、剣、短い立ち姿。
商会の護衛で一緒だった男だ。
「……ダグさん」
振り向いた男が、短く頷いた。
「よう。ユウトとリナか」
「おはようございます」
リナが手を挙げる。
「ダグ! おはよ!」
「おう」
俺は受付へ向かいながら、つい聞いた。
「ダグさんって、王都で普段やってるんですか?」
「基本は王都周りで動いてる。護衛は仕事が合えば受ける」
受付で入坑届を出す。
担当の受付嬢が、手早く紙を確認して言った。
「薄明回廊、入坑届受理しました。帰還報告も忘れずにお願いします」
「分かりました」
そこで、ダグが口を開いた。
「お前ら、今から行くのか?」
「はい。行きます」
「なら、一緒に行くか?初めてなら道もわからないだろ」
「それは助かります。マッピングに時間がかかって」
リナが即決する。
「行く行く!」
ダグは顎で外を指した。
「そうか、じゃあ一緒に行くか」
ここはダンジョンが近くていい
少し進むと、薄明回廊の入口が見えた。
入口の詰所で手続きを済ませ、薄明回廊に入る。
ダグが言った。
「昨日はどこまで行った?」
「二層です。地図もそこまでしか」
「なら、同じ道で下へ行こう。分岐は俺も覚えてる」
俺は頷いて、メモ帳を握り直した。
進行は順調だった。
昨日到達した辺りまで、ほぼ迷わず到達する。
途中で魔獣が二体出た。
一体目は灰幕狼。霧をまとって距離感が狂う。
リナが一歩で詰めて首を落とした。
二体目は鏡鱗トカゲ。輪郭が二重に揺れる。
これもリナが、同じようにすっと仕留めた。
俺は剣の柄に手を置いたまま、抜かなかった。
とにかくリナが先行して切り伏せていく。
リナが振り向いて言う。
「ね、昨日の続き行けるね」
「落ち着け、探索が目的ってわけじゃないんだろ」
ダグが淡々と告げる。
二層を抜け、三層へ。
さらに四層へ
途中で別の冒険者とすれ違った。二人組、三人組。
王都だけあって人が多い。背負っている袋も大きい。
「調子はどうだ」
「悪くはないな」
軽い挨拶が交わる。顔馴染みのようで敵意はない。
四層に入って少し進んだところで、俺はダグに言った。
「マスクサーヴァントを探してて……記憶核が欲しいんです」
ダグが一度だけ俺を見た。
「記憶核ねぇ、そうそう探してるやつは見ないな」
「はい。鍛冶の指定で」
「そうか、マスクサーヴァントなら、この辺で見たことがある。……もう少し行くか」
リナが口を挟む。
「今日、マスクサーヴァント倒す?」
「見つけられたらな」
ダグの返事は短かった。
捜索を続ける。
空気が、少し冷たい。
ランタンの灯りが揺れて見える場所がある。
ダグが小さく言った。
「……そろそろ出るはずだ。この辺りで、何度か遭遇してる」
次の階層へと進む足を止めて、、探索場所を広げて探す。
発見した。
通路の奥、ランタンの輪の外側。
立っているのは人型の姿。布の服の様なものを着ている。
顔には仮面。
その仮面は目も口も、穴が開いていない。
普通の人間が着けたら、前は見えないはず。
それなのに、こっちを向いている。
リナが小声で言った。
「……なにあれ」
ダグが前に出る。
「あれがマスクサーヴァントだ」
俺は頷く。
(受付の話だと、Bランク指定)
初見なので攻撃パターンは不明。慎重に。
俺は昨日聞いた情報を思い出して、口を出す。
「……記憶核、胸の辺りにあるって聞きました。壊さない方がいいですよね」
ダグが短く返す。
「首か足を落とせ。胴を裂くな」
リナが一歩前に出た。
「……昨日のやつ、試していい?」
俺は反射で聞き返す。
「カイの真似?」
「うん」
「分かった、初めて見る相手だ。気をつけろよ」
「ん」
マスクサーヴァントが動いた。
音がしない。
滑るみたいに距離が詰まる。
人間らしい外見をしている分、異様な動きに嫌悪感が湧く。
次の瞬間、手に細い刃が見えた。
振りが小さい。なのに速い。
リズムを整えるかの様に小さく振っている
俺は剣を抜かず、身体操作で半歩下がって障壁の準備だけする。
ダグが低く言った。
「来るぞ」
声と同時にリナが消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
踏み込みが速すぎて、目が追いつかない。
リナの剣が、マスクサーヴァントの足元を斬った。
体勢が崩れる。
そこに、もう一撃。
首が落ちた。
音が、遅れてきた。
刃が骨を断つ乾いた音。仮面が床を滑る音。
(……危なげない、って言うのはこういうことか)
ダグが一瞬だけ目を細めた。
「……お前ら本当にCランク、か?」
俺が答えるより先に、リナが胸を張る。
「Cだよ!」
「Cの動きじゃねえな」
ダグの声が、少しだけかすれた。驚きを隠せてない。
俺は近づいて、短剣で胸元を開いた。
心臓のあたりを探る。
(……これか)
骨の奥、赤黒い肉の中に、硬い感触。
小さな核。
石みたいで、でも石より冷たい。濡れたガラスみたいに滑る。
俺は慎重に引き抜いた。
掌に乗る、淡い灰色の塊。
光を受けると、薄く筋が走っているように見える。
「これが……記憶核」
リナが覗き込む。
「ちっちゃ」
俺は布で包んで、ポーチの奥へしまった。
ダグが通路の先を見て言った。
「この下からは、B指定が混じる。数も増える」
リナの目が、また光る。
「……行きたい」
「だろうな」
俺は首を振った。
「今日はこの階層で、討伐を進めよう」
リナが頬を膨らませる。
「えー」
「目的のものは回収済みなんだから、いいだろ」
リナはむすっとしながらも、最後に小さく頷いた。
「……明日ね」
しばらくはこの階層で魔獣を何体か倒す。
とにかくリナが戦いたい様で、俺もダグも出る幕がない。
素材回収はダグの知識も借りてスムーズだ。
帰り道もダグのおかげで順調だった。
入口の詰所で帰還報告を済ませ、ギルドへ。
換金窓口で素材を出す。
灰幕狼の素材。鏡鱗トカゲの素材。
マスクサーヴァントは記憶核以外の部位だけ渡す。
職員が査定して、言った。
「こちら、合計で金貨21枚になります」
「ありがとうございます」
俺は続けて、布包みの中身を見せた。
「記憶核は売らないんですが、分配の計算のために……買取額だけ教えてもらえますか」
職員は頷いた。
「買取なら金貨3枚です」
「3……分かりました」
(これなら計算が綺麗だ)
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宿へ戻ってから、リナと机の上で分配する。
「今日の換金が金貨21枚。記憶核が金貨3枚相当」
「合計は24枚。3等分で、8枚ずつだ」
ダグに金貨8枚を渡す
「今日はありがとうございました。目的達成できました」
「いやー、こちらこそ。ほとんど歩いてただけで儲かったぜ」
「それじゃまたな」
と、ダグとはそこで別れた。
夜。
エミルがまた食事に誘ってきた。
今日も、店の外観からして高級感がすごい。
「……その辺の食堂でいいんですけどね」
俺が言うと、エミルは落ち着いた笑みを崩さない。
「恩返しです。それにユウトさんは、森の魔女様に連なる方ですから」
セラに連なるものと言われると、受け入れざるを得ない。
俺はため息をついて言った。
「……そうは言っても、もらいすぎですよ」
エミルが、にこりと笑う。
「そうですか……では、少しだけ返してもらってもいいですか?」
急にこう言われると緊張感が出る。
「教会での取引が進まないと、昨日お話ししましたね。
あれから担当の方と話をしました。……盗難があったそうです」
「教会がそう言ったんですか?」
「はい。だから出入りが厳しくなっています」
リナが顔をしかめる。
「盗まれたの?」
「詳細はまだ教えてもらえませんでした。調査中ということです」
エミルは言葉を区切って、こちらを見る。
「そこでユウトさんに、以前のスキルをお願いしたくて」
「……ヒストリックトレース、ですか」
俺が言うと、エミルは頷いた。
「はい。明日、教会側が盗難があった場所を見せてくれることになりました
内容は分からないのですが、かなり困ってそうでしたので」
俺は正直に言うしかなかった。
「俺のスキルは見えたり、見えなかったりです。
不安定で、役に立つかどうか分かりませんよ?」
エミルは引かない。
「それでも構いません。見えなければ次の手を考えます」
断る理由を一つずつ潰していく。勝てそうもない。
やるだけやってみるか。
俺はフォークを置いて、頷いた。
「……分かりました。明日、同行します」
エミルが、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、助かります」




