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70 薄明回廊


翌朝。


宿の朝食を軽く腹に入れてから、俺とリナは王都ノルビアの冒険者ギルドへ向かった。

今日は薄明回廊に入る。昨日、受付で場所も規約も聞いた。あとは入坑届を出して、指定区域の中で動くだけだ。


初めてのダンジョンだ。まずは迷わないことが最優先


ギルドに入ると、朝のわりに人がいる。

ラツィオより静かだが、空気が張っている。机の上の地図や書類が多い。


受付へ行くと、昨日の受付嬢がこちらに気づいた。


「おはようございます。ユウトさん、リナさん。今日は入坑届ですね?」


「はい。薄明回廊に入ります」


「承知しました。冒険者証をお預かりします」


俺は冒険者証を出す。

受付嬢は確認しながら、紙を二枚差し出した。


「こちらに、入坑予定の階層と予定時刻、同行者の記入をお願いします」

「帰還時は、必ず帰還報告をお願いします」


「分かりました」


リナは俺の横で、頷きながらも落ち着かない様子だ。


「ねぇ、早く行こ」


「書いてからな」


「はーい」


俺が記入している間に、もう一つ聞いておきたいことがあった。


「すみません。素材について質問いいですか」


受付嬢が顔を上げる。


「はい。範囲内でお答えします」


「記憶核って素材を探していて……どの魔獣から取れるか、分かりますか?」


受付嬢は少しだけ間を置いて、机の横の記録帳を指でめくった。

すぐに該当箇所を見つけたらしい。


「記憶核は、回収報告があるのはBランク指定のマスクサーヴァントです」


「マスクサーヴァント……」


聞き慣れない名前に、リナが首を傾げる。


「それなに?」


受付嬢は、断定しすぎない説明だけを選ぶように言った。


「仮面のようなものを付けた、人型の魔物として報告されています」



受付嬢が釘を刺す。


「遭遇した場合は、無理に追わず退避してください。周囲の状況次第では危険です」


「わかりました」



受付嬢が冒険者証を返し、最後に確認する。


「では、入坑届受理しました。帰還報告を忘れずに。お気をつけて」


「ありがとうございます」



ギルドを出て、城壁の方へ向かう。



城壁を抜ける門を出ると、すぐ近くにダンジョンの入口があった。


「近っ」


思わず声が出た。


城壁の外とはいえ、こんなに近くていいのか。

便利なのは間違いない。だからこそ、怖さもある。


入口には管理の詰所があり、見張りが立っている。

俺は入坑届の控えと冒険者証を見せた。


「問題ない。入れ」


見張りが短く言って、通してくれる。


中に入ると石畳。

ランタンが一定間隔で設置されている。壁の彫りも整っていて、足場も悪くない。


(……管理が行き届いてる)


紅蓮回廊も入口付近は整っていた。

ただ、ラツィオの紅蓮回廊は上層が狩られ尽くして、魔獣が少なかった。


(ここも同じ感じかもしれないな)



俺は紙束と炭筆を出して、分岐ごとに印を付けながら進む。


右、左、直進。

通路幅。段差。階段位置。ランタン間隔。目印になりそうな彫り。


地図を作るつもりで歩く。

初日はまず情報収集を進める。



しばらく歩いて、リナがぼそっと言った。


「……いないねー」


「上層は人が多いと、そうなるのかもな」


「つまんない」


「そうだな。おっ」



階段を見つけた。下層へ向かう石段だ。


結局、一階層は何もなかった。

俺は地図に階段の位置を書き足して、二階層へ降りる。


二階層も、石畳とランタンで管理されている。

ただ、一階層より空気が少し湿っている。



通路の先で、気配がある。


影が動いている。狼。


「来た」


リナが前に出る。


狼は薄い霧みたいなモヤを身にまとっていた。輪郭が少しぼやける。

昨日、受付が言っていた特徴と一致する。


「灰幕狼……っぽいな」


狼は唸って、距離を詰めてくる。敵意は剥き出しだ。



リナが、すっと踏み込んだ。


音が小さい。

首が落ちた。


「……終わり」


リナが短く言って、狼の死体を見下ろす。


(早い……)


俺は我に返って、解体に入った。

霧毛皮、冷腺、腱。名前は聞いた。どれがどれかは、正直まだ自信がない。


「とりあえず皮を剥いで。あと、冷えた感じのする器官……それっぽいのを取って」


「うん」


リナは淡々と頷いて、周囲の警戒に戻った。



さらに進むと、今度は低い位置で影が動いた。


「……トカゲ?」


「お、あれかも」


リナが小声で言う。


遠目に見ると、輪郭が二重に見える。

目の錯覚みたいに、わずかに遅れて影が重なる。


「鏡鱗トカゲ……だな」


理屈は分からないがそう見える。


近づいた瞬間、鏡鱗トカゲが突進してきた。狭い通路で速い。


リナが、またすっと斬った。


首が落ちた。




俺は鱗を剥がすのに手間取りながら、思わず口にした。


「なあ、リナ……なんか、ちょっと切れ味が良すぎない?」


リナが肩をすくめる。


「カイの真似」


「……真似って、できるのか?」


「できるよ」


天才すぎて嫌になる。ダンジョンで1日一緒に居ただけだ。

確かに大人しく見ていたと思ったが、じっくり観察していたのか。


「でもまだ完璧じゃないし」


「俺から見たらほぼ完璧だよ」


俺が言うと、リナは一瞬だけ照れた顔をして、すぐにいつもの顔に戻った。


「……コツ、知りたい?」


「知りたい。頼む」


こういうのは素直が一番だ。


リナは腕を組んで、真面目に考える顔をした。

そして、真顔で言う。


「うーん……なんかねー。びゅってして、ずばーんって感じ」


「そうか……ありがとう」

なんの参考にもならなかった。



リナは笑った。


「ユウトだって魔術が強くなったんじゃないの?」


不意打ちだった。


「いやー……そんなことないと思うけどな。あの時のこと、現実感ないし。

 どうなってるのか、よく分かんない」


リナの笑顔が少しだけ動く。


「……そうなんだ」


「うん」


俺は歩きながら、指先に魔力を集めて伸ばしてみる。

細い糸を多数出して操作する。

波のようにゆらゆらと。


相手まで送り込むところまでは、出来る。でもそこからどうする?


魔力を届かせるだけじゃ意味がない。


相手の体内から氷の樹を発生させる。


急に意味がわからない。


リナはカイの動きを見て盗めたというのに。




その後もしばらく歩いたが、魔獣は見つからなかった。


「……そろそろ帰るか」


俺が言うと、リナが頷く。


「うん。今日は二匹だけだね」


「地図作りが主目的だったしな」


分岐の印を辿って戻る。


これがあれば明日はもっと深くまでいける。




ギルドに戻って、帰還報告を済ませる。


そのまま素材の買取に回した。


霧毛皮と、取れた器官。鏡鱗片。舌骨っぽい骨。

査定は淡々と進む。


俺がつい零した。


「……あんまり魔獣、いないんですね」


対応してくれた職員が、少しだけ困った顔をする。


「最近、上層は狩られやすいんです。ラツィオのダンジョンが立ち入り禁止になってますよね

 その影響で、ラツィオにいた冒険者の方がこちらへ来て冒険者の数が増えています」


「なるほど」

俺たちも似たようなものかもしれない。


少し申し訳ない気分になる。


「……ありがとうございます」




夜になりエミルと食事をする。昨日とは別のレストランだ。


今日もコース料理で、実に凝っている。

皿が出るたびに味が変わる。見た目からして芸術品だ。


エミルは最初、いつも通りの顔で食べていた。


途中で、ふっと声を落とした。


「……すみません。こちらの仕事が少し長引くかもしれません」


「何かありましたか?」


俺が聞くと、エミルはナイフを置いて、言葉を選ぶように話す。


「教会との取引が、やたらと長引いてまして、出入りをかなり厳しく見られているんです

 これまで今まで、こんなことはなかったんですが」


エミルは苦笑いした。

でも、目の奥に疲れがある。


「商人仲間の間では、盗難でもあったのではないか、という噂まで出始めています」


「物騒な話ですね」


俺がそう言うと、エミルはゆっくり頷いた。


「それくらいには、今回の事態は珍しいのです」


「早く終わるといいですね」


俺が言うと、エミルは少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


料理に夢中だったリナが入ってくる。

「じゃあ、うちらはダンジョンで記憶核探してくる」


「お願いします。無理はしないでくださいね」


「うん。無理しない」


リナが素直に返す。


俺も頷いた。


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