67 作り直し
以前通った裏路地を進む。
大通りの喧騒が遠のいて、足音だけがよく響く。
一歩一歩進む度に足取りが重くなってくる。
(……気まずい)
借り物の剣を壊してしまったからだ。
リナが横で、俺の袖を軽く引く。
「……顔、こわいよ」
「しょうがないだろ」
目当ての工房は、裏路地の奥にある。
煤の匂いと、金属の匂い。
俺は一度息を吸って、扉を押す。
扉を押すと、ぎい、と鳴って開いた。
中は薄暗い。
カウンターには誰もいない。
「……誰もいない?」
リナが小声で言う。
「こんにちはー!」
俺は奥に通る様に一回言った。
しばらくして、奥から足音がした。
遅れて先日の職人が出てくる。
無精髭。厚い腕。煤で黒ずんだ手。
目だけが鋭い。刃物みたいに鋭い。
「……どうした」
低い声で問いかけてくる。
リナが一歩だけ俺の後ろに下がった。
分かる。怖い。
俺は頭を下げた。
「すみません。借りた剣……切られてしまって」
正直に言った。
言い訳の余地がない。
職人の視線が、俺の顔から手元へ落ちる。
そしてまた顔へ戻る。
睨みつけられてるように見える。
いや、たぶん睨んでる。
「……切られたものはあるか」
「あります」
俺は持ってきた布包みを解いて、断面が綺麗に切られた刀身と柄を差し出した。
職人が受け取る。
指先で、断面をなぞる。
じっと、見ている。
一言もない。
その沈黙が一番怖い。
リナが、俺の袖をきゅっと掴んだ。
職人は、切り口を繁々と眺めて、低く言った。
「……よく生きてたな」
俺は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「いやー……切られたんですけど。無事に、生きてました」
言いながら、自分でもおかしいと思う。
切られて無事ってなんだよ。
職人は何も笑わない。
ただ、鼻で一度息を吐いた。
「……ちょっと待ってろ」
それだけ言って、剣を持って奥へ引っ込んだ。
待っている間、工房の匂いがやけに濃く感じた。
鉄。油。煤。木。
リナが小声で言う。
「怒られる?」
「たぶん怒ってる。声出してないだけで」
「こわ……」
「俺もこわい」
それだけ正直に言ったら、リナが少しだけ目を丸くして、でもすぐに口を尖らせた。
「……当たり前だし」
うん。そうだ。
しばらくして、職人が戻ってきた。
手には剣。
俺が壊したものとは別の剣だ。
鞘は地味。飾りもほとんどない。
職人はそれを、俺へ差し出した。
「新しいのができるまで、もうしばらくかかる。……これを持っていけ」
「……え?」
予想外すぎて声が出た。
「いや、でも……」
職人の目が細くなる。
「前のは、なまくらだった。構わん」
なまくらと言ってもよく切れましたけど。
職人は言葉を続ける。
「ただしこいつを壊したら、流石に弁償してもらうぞ」
背中がぴん、と伸びた。
「はい……!」
職人が、ほんの少しだけ口角を動かした気がした。
気のせいかもしれない。
俺は両手で剣を受け取った。
「ありがとうございます」
刀身を少し抜く。
光を吸うみたいな鉄。
真っ直ぐで、癖がない。刃の線が綺麗すぎて息を呑む。
その瞬間、俺の胸に冷たいものが刺さった。
剣に見惚れた瞬間に、先日の切られた感覚がよみがえる。
音もなく切られた剣。腕が落ちる感触。
握った手が、わずかに震えた。
俺は鞘に戻す。
気を取り直して、恐る恐る聞いた。
「ちなみに……いつ頃できそうですか」
職人は少しだけ視線を上げて、短く言った。
「あれを断ち切る相手と戦うんだからな。作り直しだ」
職人は続けた。
「完成したら、あの坊主に伝えておく」
「……はい」
完成が先延ばしになったらしい。
仕方ない。文句を言える立場じゃない。
工房を出る。
裏路地の空気が、工房より冷たく感じた。
リナが俺の顔を覗き込む。
「……なんか、元気ない」
「元気出る要素あるか?」
「ない」
即答するな。
俺は剣の重さを確かめて、息を吐いた。
「ダンジョンは入れない。そもそも剣も……あんまり振りたくない」
リナが腕を組んで、少し考える顔をした。
「じゃあさ、今日は走ろ。体動かすだけ」
「……まぁ、気晴らしにはなるか」
「うん。で、帰ったらごはん」
リナの言い方が、妙に優しかった。
「……そうするか」
裏路地を抜けながら、俺は一度だけ振り返った。
少し日が昇り始めて、狭い裏路地にも光が差し込み始めていた。




