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66 帰還


ベッドの縁に手をついて、身体を起こした。


(……痛くない)


左腕もある。胸も腹も、裂けた感触がない。

なのに、頭だけが妙に空っぽで現実が一拍遅れて追いついてくる。


足を床につけようとした瞬間。


「……っ」


ベッドが動いた。

リナが目を覚ました。


寝起きの目で俺を見て、次の瞬間、顔が歪む。


「……っ、よかった……!」


声が震えた。

そして、泣き出した。


「え、ちょ、リナ」


「よかったぁ……!」


いきなり胸に飛び込んできて、腕にしがみつく。

爪が痛いくらい強い。


「ごめんごめん! 悪かった! ほんと悪かった!」


俺は背中を撫でるしかできない。

何をどう言えばいいのか分からなくて、謝る言葉だけが出る。


リナが、鼻をすすって、顔を上げた。


「……許さない」


「はい……」


「許さないからね」


「……うん」


次の瞬間、また抱きついてくる。


「ほんとごめんって」


「……許さない」


「いや許してくれ」


「やだ。もう少し」


「朝飯作るから離せ」


「やだ」


「……離せ」


「やだ!」


布団の中でしばらく押し問答をして、俺が根負けした。


「……五分だけな」


「十分」


そのままリナはしばらく離れることはなかった。




ようやく解放されて朝食を台所へ行く。


冷蔵庫を開けた瞬間、違和感を覚える。


(……少ない)


パンも、肉も、野菜も。思ったより残ってない。


「……なんでこんな減ってるんだっけ」


後ろから、リナの声。


「昨日食べたよ」


「え? 昨日はダンジョンに行ったろ」


リナが、目を伏せたまま言う。


「……丸一日、寝てたよ。ユウト」


「えっ」


言葉が変なところで切れた。


「……そうなの?」


「うん。起きなかった。ぜんぜん」


リナは唇を噛んで、少しだけ声を落とす。


「ギルドの人が来て、起きたら来いって」


丸一日。それは心配かけるわけだ。


俺はその場で軽くストレッチをしてみる。肩、腰、足首。

どこもだるくない。違和感もない。



「……分かった。食ったら行こう」


「うん」




残り物で簡単に朝食にした。


卵と、硬めのパンと、刻んだ野菜を煮た薄いスープ。



リナは黙って食べている。

口数が少ない。目の下が少し赤い。


「……足りるか?」


「……足りる」


返事はする。でも元気がない。



ギルドへ向かう道中、リナは俺の袖を掴んだままだった。

離す気がないらしい。


冒険者ギルドに入ると、受付が一瞬止まった。


「あ……!」


カトリーナが目を見開いて、すぐにカウンターから身を乗り出す。


「ユウトさん!……ご無事で……っ」


心配されすぎて、こっちの居場所がなくなる。


「すみません。生きてます」


「本当に……っ。少々お待ちください。ギルド長にお取次ぎします」


カトリーナは早口で言って、奥へ走った。


リナが小声で言う。


「めっちゃ心配されてる」


「そりゃそうだろ……」



すぐに案内されて、ギルド長室へ。


扉の向こうから、低い声。


「入れ」


入ると、ギルド長グスタフが机の向こうに立っていた。

目が真っ先に俺の顔を走る。


「体調は」


「大丈夫です。……たぶん」


「そうか」



グスタフが続ける。


「何があったか、覚えているか」


俺は息を吸って、覚えている範囲を言葉にした。


「カイさんが撤退の判断をしたところで……白冠グリフォンと、嵐核ドレイクと煤死神が現れました。

 それから、マルツェンさんが警戒していた男がいました」


グスタフが頷く。


「続けろ」


「その後、男に切られました。それからは夢を見ていたような。よく分かりません」


言い切ってから、喉が乾いた。


俺は、正直に聞いた。


「何が起きたんでしょうか」


グスタフは迷わず答えた。


「カイが言うには、高位の精霊を降ろして撃退したと言うことだ」 


「……精霊」


「その後は蒼牙隊が、お前を回収して連れ帰った。切られたのはリディアもヴェルドも確認している

 着ていた装備は切り裂かれて、血まみれだった。だがお前自身には傷ひとつなかった」


リナが、小さく息を呑んだ。

袖を握る手に、力が入る。


グスタフは言葉を落とす。


「男は捕縛したが。今も意識が戻ってない。

 何をしようとしたのか、なぜ魔獣をけしかけたのか現時点では不明だ」


(……不明、か)


グスタフはさらに続けた。


「紅蓮回廊は、現段階でも立ち入り禁止だ。等級が上がる可能性もある。調査が要る

 だがIV級ダンジョンの可能性があるならSランク冒険者が必要だが

 連中は、そうそう予定が空かない。だから当分は閉鎖のままだな」


次に、琥珀迷宮の方も。


「琥珀迷宮も二十人体制で調査を進めているが、魔獣に全体が拡張されている。時間はかかる」


ここまで言って、グスタフは息を吐いた。


「いずれにしても依頼は達成扱いだ。報酬は支払う。

 素材については、蒼牙隊が受け取りを辞退した。全てお前たちの取り分だ」


「……え?」


俺が思わず声を漏らすと、グスタフは眉をひそめた。


「撤退の判断を、リーダーが宣言したんだ。達成扱いとしていいだろう

 素材に関しては謝罪がわりだそうだ。守れなくて済まなかったと言っていた」


最後に、追加の事実だけを言った。


「氷漬けになった魔獣の素材は、氷のままで回収できなかったそうだ」


そして、締めるように。


「何はともあれ、生きていて何よりだ」


その一言で、胸の奥がやっと動いた。


「……ありがとうございます」


リナも、掠れた声で言った。


「……ありがとう、ございます」




受付に戻り、依頼報酬を受け取る。


カトリーナが袋を二つ出して、数を確認しながら渡してきた。


「依頼報酬、金貨50枚です」

「それから素材の換金分が金貨250枚。合計、金貨300枚になります」


「……はい」


受け取った瞬間、ずしっと重い。


(前回も200枚を超えてたから、感覚が麻痺してきてる……)


でも、金貨の重さはやっぱり現実だ。ニヤニヤしてしまう。


当面支払いに困ることはないなと考えていたら


別の記憶と思考が繋がった


「あっ!!」


でかい声が出た。


周りの視線が集まる。

リナがびくっとして俺を見る。



「なに!?」


「……借りた剣」


「え?」


「切られた。……借り物を破壊した」


リナが一瞬固まり、それから顔をしかめた。


「……あー……」


「謝りに行くべきだよな……」


「うん。行こ」




「そういえば装備って、どこにある?」


俺が聞くと、リナが即答した。


「家に置いてあるよ。血、いっぱいだったし」


「……ちょっと走って取りに行ってくる」


俺が身を翻そうとすると、袖が引かれた。


「だめ」


「なんで」


「一緒に行くから。歩く」


リナの目が、涙の名残みたいに赤い。

逆らえる気がしなかった。


「……分かった。歩く」


道すがら、リナが小さく言う。


「そういえばさ。あれって、できるの?」


「……何を」


「透明になったやつ」


俺は首を振る。


「いや……よくわからない。なんか夢見てるみたいだったし」


「ふーん……」


リナはそれ以上言わなかった。



家に戻って、装備一式を広げた。


革の肩当て。小手。

どれも、切れ口がすっぱりいってる。


「……どうやったら、こんな切れ方するんだよ」


俺の声が乾く。


革の装備も、布も、同じように断面が綺麗すぎる。

裂けたんじゃない。切られた。


真っ二つにされた剣の断面を見る

磨いたかのように光っている。何だこれ


リナが横から覗き込んで、眉を寄せた。


「やば。これ、気持ち悪い切れ方」


「気持ち悪い、って言うな……いや、分かるけど」



俺は切れた剣を見て、ため息を吐いた。





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