表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/108

63 煤死神

白冠グリフォンの圧が消えて、広間が急にただの岩場に戻った。


冠羽と鉤爪、眼膜。

指示された素材を袋へ収め終えたところで、カイが顎をしゃくる。


「五階層の残りも、ぐるっと回る。変なの残ってねぇか見るぞ」


「了解」


リディアが短く返す。

ヴェルドは何も言わない。視線だけで周囲を切っていた。


俺とリナは荷を抱え直して、ついていく。



グリフォンを倒した広間を起点に、通路を一周。

分岐、足場、崩れかけの岩、目につく箇所を潰していく。


リディアが、壁の煤を指で軽くなぞった。


「痕跡は続いているわね。……そこの足元注意して。穴が空いてる」


「了解」


カイが、つま先で岩を蹴る。乾いた音。

ヴェルドは角に立って、背後を見ている。静かすぎて逆に怖い。


一周回った結果、Aランク魔獣はいなかった。


「降りるぞ」


カイの一言で、俺たちは六階層へ向かった。




階段を下りた瞬間、空気が少し重くなる。

熱も濃い。石の匂いが強い。


すぐに魔獣が出た。


四足の牙獣。

次に、骨の鎧を纏った小型の群れ。

どれも俺らだけだったら、気を抜いたら噛み殺される類。


でも蒼牙隊は違った。


カイが前へ出て、短い声。


「いくぞ」


リディアが杖を振り、薄い煙の様に見える。粉塵の膜みたいなものを一瞬だけ作る。

視界の縁が白む。その隙に


ヴェルドが一歩。

剣が一閃。音が遅れて届く。


魔獣が倒れる。

油断していると、戦闘が終わってる。


カイが俺らを指差す。


「回収。今のうちにやれ」


「はい」


俺とリナで解体する。

ヴェルドが解体場所を教えてくれる

皮、牙、骨、腱。切り分ける。


リナは黙って手を動かしてる。

いつもなら戦えてない現状にぶつぶつ言いそうなものだが、

今日はそれがない。



しばらく進んで、岩の割れ目からそれが出てきた。


「……轟穿カニ」


口に出した瞬間、胃がきゅっと縮む。


琥珀迷宮で、俺の剣を折ったやつ。

金属みたいな外骨格。剣筋が通らない。あの時は、工夫と連携でやっとだった。


(どう倒すんだ……見て覚えろ)


俺が息を呑んでいる横を、ヴェルドが自然体で歩いていく。


「失礼」


それだけ言って、足元へすっと刃を入れた。


関節部分を狙ってはいるが、まともにいったら弾かれ記憶が生々しい。


……落ちた。


「は?」


リナの声が漏れた。俺も同じ顔してる。


ヴェルドはそのまま、二度、三度。

脚を切り、姿勢を崩した本体へ、最後に一閃。


轟穿カニの胴が、真っ二つになって転がった。


(そんな、バカな……)


あれだけ苦労した魔獣が、あっさり。

Bランクより上は人間辞めてるって言ってたけど

自分たちが苦労したものをあんなにあっさり倒すとは


力の差が、胸の奥に深く落ちた。





カイが死体を見下ろして、にやっと笑った。


「カニ食うか」


「え」


俺とリナが同時に声を出した。


「火、出せるか」


「……出せます」


俺は荷袋から魔法陣を描いた板を出す。

古代語を短く噛む。


「フレイム」


小さな炎が灯った。


ただ、胴が縦に真っ二つだ。鍋代わりにはならない。


「爪、割ってくれ」カイが言うとヴェルドが動いた。


ヴェルドが鉤爪を持ち上げる。

力任せじゃなく、半分に切った。


その爪を鍋にする。


蟹味噌と身を一緒に入れる。

じわっと水分が出てきて、すぐにぐつぐつし始めた。


香ばしい匂いが広がる。

臭みは少ない。念のため香草を少し。


最後に、荷物に入れていた塩をぱらっとかける。


リナが皿も待たずに箸代わりの枝でつついた。


「うまっ」


「熱いから気をつけて」


リディアが淡々と言う。


俺も一口。


(……うまいな、これ)


若干大味。だけど、悪くない。

というか、カニって普通にうまい。


カイが満足そうに鼻で笑った。


「まぁまぁだな」




食いながら、俺は聞いてみた。


「普通、Aランク指定って……そんなに出るものなんですか?」


カイが、少し考えてから答える。


「そんなに出ねぇ。見かけるのは、だいたい十二階層より下が多い」


リディアが補足する。


「今までの記録では10階層より上の階層で目撃事例はなかったと思うわ」


「だから俺たちの探索時は、荷運び用に別のパーティを雇う。12階層まで潜るのも案外時間がかかるからな。

 俺らが倒した素材を往復で運ばせる」

カイが続けた。



じゃあ、もう一つ。


「なんで俺たちを荷物持ちに選んだんです?」


カイが笑って、俺の肩を小突いた。軽いのに痛い。


「こないだ選抜やっただろ。もう少し手ぇ挙げる奴がいると思ったんだがなぁ」


リナがあの時を思い出しながら言う。


「みんな、びびってたんじゃない?」


「びびる様なやつはいらねぇ」


カイが即答した。


「ビビってると言うよりは、みんな面倒くさそうな感じで見てましたけどね」

マルツェンやセドリックの反応を思い出す。


「そう見られているのは分かってる。大体その印象はカイが悪いな」

「そうね」

ヴェルドが言うと、リディアもそれに続く。

「ああ、なんだそりゃ」

カイは特に気にしてなさそうだ。


それから、俺とリナを順番に見て言う。


「まぁそれに、お前らはなかなかいい素材だ。

 上のランクの戦いを、見せといた方がいいと思ったからな」


リナが一瞬、目を丸くした。


「ふーん」


リナは口を尖らせたまま、でも少しだけ嬉しそうだった。



休憩が終わる。


「行くぞ」


カイが立ち上がる。

俺とリナも荷を背負い直した。


七階層へ降りる通路に入ったあたりで空気が変わった。


肌が、ひりつく。

さっきの白冠グリフォンとも違う。冷たいのに、熱い回廊。


足元の煤が、渦を巻く。

火の粉が逆流して、上へ舞い上がる。


息を吸うと、喉が冷たい。


(……明らかに、違う)


俺が周りを見回した、その瞬間。


カイの声が落ちた。


「煤死神が出るぞ」


背中がぞくっとした。


「空間に線が走ったら絶対に避けろ! 魔術が来たら避けろ!」


端的すぎて、逆に怖い。


リディアが即座に続けた。


「二人は私の右に」


「了解……!」




何かが、目の端に引っかかった。


黒い外套の輪郭だけ。

中身が煙みたいに揺れて、形が安定しない。


正面を見ようとした瞬間に見えなくなる。



そして、光源の縁でだけ。


鎌の刃が、一瞬白く浮いた。


次の瞬間。


空間に、薄い線が走った。


「っ!」


俺は転がるように避けた。

間に合ったのかどうか、分からない。


音がない。


何が起きたのか分からないのに


一拍遅れて、俺の背後にあった岩が、ずるりと滑り落ちた。

切断面が、紙みたいに平らだ。粉も出ない。


(……切った? 岩を?)


心臓が、喉まで上がってきた。




ゆらゆら揺れる輪郭が、俺の視界の端に戻る。


「これが……」


俺が呟くより先に、近くのリナが反射で斬った。


「っだぁ!」


剣はすっと通り抜けた。


「え?」


リナの声が震えた。悔しさじゃない。驚きと怖さだ。


リディアが叫ぶ。


「通らない! 無理に斬らないで!」


その瞬間、地面に魔法陣が展開された。


赤い光が走る。

俺は反射で飛び退いた。


直後、激しい光と轟音。


雷。


閃光が視界を焼く。

衝撃が胸を殴って、息が抜ける。


落雷地点の岩が、赤く光っている。

割れて、溶けて、煙が噴き上がる。焦げた匂いと、金属みたいな臭い。


(出鱈目すぎる……!)


その光に気を取られた一瞬で、煤死神を見失った。



「ユウト!」


リディアの声で我に返る。


カイとヴェルドが動いている。

二人の立ち回りを追うと、そこに煤死神がいるのが分かる。


見えてるんじゃない。

二人が向いてる方向で、ようやく輪郭が浮く。


周囲に突然、氷の柱が生えた。


地面が盛り上がり、凍る音がして、ごうっと立ち上がる。

次の瞬間、別の場所で炎の柱が噴いた。


熱風が走る。

岩が鳴く。振動が足元まで来る。


(これ全部、死神の魔術……?)


氷の柱に、薄い線が入った。


「っ!」


一拍遅れて、柱がすとんと落ちた。

切断面が滑らかすぎて、現実感がない。


カイが、低い声で吐き捨てる。


「鬱陶しい……!」


カイの刃が振るわれる。

刃先が薄く光って見えた。


ヴェルドも同じだ。

剣が空を裂くたび、煤の輪郭が一瞬だけ形になる。


リナの剣は通り抜けたのに、二人の攻撃は通っている。

煤が削れて、黒い布が裂けるように揺れる。


でも煤死神は、簡単には沈まない。


周辺視界から消えて背後へ回る。

鎌が白く浮いた瞬間、また線が走る。


「黒!」


リディアが叫んだ。


2人が一斉に下がる。



直後、さっき立っていた場所の壁が、縦に切れて崩れた。

粉塵が遅れて噴く。熱いのに、息が冷たい。


同じ空間にいるだけで死の気配が強い。心臓が痛い。


リディアが杖を叩いて、強い灯りを作った。

白い光が、煤を炙り出す。


「輪郭出た! 刺せ!」


カイが踏み込み、煤死神の位置を崩すように体当たりに近い動きで切り込む。

追撃しそうになるのを、ぎりぎりで止める。


「止めた!」


その瞬間。


ヴェルドの声が、冷たく響く。


「頂きます」


白い光の縁で、鎌が白く浮く。

それを斬るみたいに、ヴェルドの刃が走った。


空間が、鳴いた気がした。


煤死神の輪郭が、ぶわっと膨らんで

黒い煙が、床へ落ちた。


同時に、圧が消える。

冷たさが抜けて、熱い回廊が戻ってくる。


(……終わった?)


カイが、肩で息をした。


リディアが短く言う。


「止まらない。残りを確認して進む」


ヴェルドは刃を下ろし、淡々と回収を指示した。


「煤死核。鎌縁片。黒煙布。袋を」


「……はい」

俺はレベルの違う戦闘を見たせいか手が震えている。

震えを止めようと強く拳を握りしめた。


リナも、唇を噛んで頷く。


「うん」


(これがAランクの戦い……)


息が、まだ震えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ