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62 白冠

歩いていると、空気が変わってきた。


湿り気が抜けて、乾いた冷たさが増す。

肌がひりつく。針で撫でられてるみたいに。



カイが、足を止めた。


顎を上げて、天井と壁を見回す。

それから、短く言う。


「来たな。白冠グリフォンだ」


名前だけで、喉の奥が冷える。


「……白冠」


リナが小さく呟いた。珍しく、声が軽くない。


カイは俺らに振り返りもせず続ける。


「口開けて驚く前に、下がれ。……リディア」


「了解」


リディアの声が静かに落ちる。



カイがそう言ってから、少し間があった。


通路の先に気配がある。

姿はまだ見えないが、圧倒的な存在感がある。


そして


通路の先が、不自然に広がっていた。


ここまで岩が迫っていたはずなのに、今は広間みたいに空間がある。

天井も高い。飛べる。走れる。暴れられる。


(……誰が、こんな風に?)


俺が答えに辿りつく前に、影が動いた。


白いものが、暗闇の中で一瞬だけ光る。


次の瞬間、巨体が、広間の奥に姿を現した。


白冠グリフォン。


頭頂に、白い冠羽。

濡れてもいないのに、艶があって、薄く光って見える。


前脚は猛禽のそれだ。鉤爪が、岩を掴むための形をしている。

後脚は獣。筋肉の塊で、踏み込めば岩ごと砕きそうだ。


翼は、折りたたんでいても幅がある。

羽の一枚一枚が、刃物みたいに見える。


体高は3mはある。

顔が、俺の胸より上だ。目線が高すぎて、首が痛くなる。


グリフォンの輪郭が、ゆらめいて見えた。

熱気じゃない。膜みたいな揺らぎがある。近づくほど歪む。


(……結界?)


俺がそう思った瞬間、リディアが前に出た。


杖を軽く振って、俺とリナの前に壁を作る。透明な障壁。


「二人とも、ここから出ないで」


声は冷静なのに、いつもより硬い。


「白冠グリフォンは羽を撃ってくるわ。一枚一枚が岩を砕く威力。当たれば終わり

 さらに近づいたら前脚の鉤爪。尻尾から爆裂の魔術が飛んでくる。……見えない時がある」


言い切ったリディアの目が、俺とリナを刺す。


「分かった?」


「……はい」


「うん」


リナの返事が、短い。真面目だ。




カイが、間合いへ飛び込んだ。


速い。

さっきの走りがまだ余裕だった、と理解する速度。


走りながらカイが、何もない空間を切り裂いた。


刃が空を切った音。


次の瞬間、遅れてその空間が爆発した。


轟音。

空気が歪んで、砂と小石が舞い上がる。


(今の、当たってたら……)


俺の背筋が凍る前に、リディアが言った。


「ほらね。魔術の発生が見えないでしょ」


その見えない魔術を切っている説明が欲しいところだ。




グリフォンが吠えた。


鼓膜が震える。

天井と壁が、ぐらりと揺れた。岩粉が落ちる。


同時に


グリフォンの周囲に、羽根みたいなものが出現した。


一本、二本じゃない。

三十……いや、それ以上ある。白い刃が宙に浮いて、向きが揃う。


(来る)


「伏せて!」


リディアの声に、俺とリナは反射で身を低くした。


次の瞬間、羽が射出された。


空を裂く音。

白い線が、カイとヴァルドへ突っ込む。


カイは迎撃した。切り落とす。切り落とす。切り落とす。

それでも数が多い。息をする暇がない。


ヴェルドは必要最低限の動きで避けながら、前へ進む。

避けるのに、無駄がない。袖が揺れた程度だ。


だけど。


外れた羽が岩に激突した瞬間。


轟音。

岩場が抉れ、砕け、粉塵が爆ぜる。


羽一本で、石が崩れる。

連続で当たれば、足場なんて消える。


俺の視界の端で、一枚の羽が跳ねた。


障壁のすぐ外、俺の顔の高さを白い刃が掠める。


「っ……!」


音もなく、壁が削れた。

その削れた破片が、後からぱらぱら落ちる。




カイが振り抜いた。


刃がグリフォンの胴へ届くと思った瞬間。


ゆらめいていた輪郭が、はっきり膜になった。


障壁が発生した。

だがカイの刃がぶつかり、蜘蛛の巣みたいにひびが走る。


カイはそれを砕くも勢いが殺されている。


「くそっ」


勢いが殺される。

本体に、届かない。


斬撃が止められるのが、ここからでも分かった。


ヴェルドが間合いへ入った。


「失礼」


丁寧な声と同時に、グリフォンの前脚が振り下ろされる。


鉤爪。

それは刃じゃない。斧だ。岩を掴むための腕が、殺しに来ている。


ヴェルドが受け止めた。


剣で。

……受け止めたが、衝撃が伝わり足元の岩場が崩れた。


ガラガラ、と音を立てて亀裂が走る。

ヴェルドの足が沈み、体勢が一瞬揺れた。


(あれを受けて、崩れない方がおかしいだろ……!)


その隙に、カイが滑り込む。


刃が閃いて前脚の一本が、落ちた。


痛みを受けてかグリフォンが暴れ出し、叫び出す。


桁外れの殺意を剥き出しにしている。


大きく吠えて、また天井と壁が揺れる。




目の前の空間が、歪んで見えた。


ゆらめきが広がる。


「離れて!」


リディアが叫ぶ。


間に合わない。


目の前にある歪んだ空間が爆発した。


衝撃。


俺は背中を壁にぶつけた。

視界が白い。耳が鳴る。



カイとヴェルドも巻き込まれたはずなのに、二人とも立っていた。


カイは口元を拭って、赤いものを指で払った。

ヴェルドの袖が裂けている。腕に浅い線が走って、血が滲んでいた。




カイが笑う。


「面倒くせぇ」


ヴェルドは息を整えて、低く答えた。


「次が来ますよ」



グリフォンは、さらに羽を増やした。


白い刃が群れになる。

撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。


尾が振れるたびに、どこかが爆ぜる。

岩が抉れ、地面が裂け、粉塵が舞う。


俺は障壁の中で、Aランク魔獣というものを見せつけられていた。


リナが、障壁越しに唾を飲んだ。


「……あれ、殺しに来てる。マジで」


「……うん」



その時。


グリフォンの足元に、魔法陣が展開された。


床に光が走る。

円が閉じた瞬間、鎖が出現した。


一本、二本じゃない。

地面から伸びた鎖が四肢へ絡み、翼の根元を引きずり下ろす。


グリフォンが一瞬、動きを止めた。


鎖が食い込む。

羽の動きが、ぴたりと止まる。


リディアが、短く言った。


「今っ」


カイが低く吠える。


「ヴェルド!」


ヴェルドが、踏み込んだ。


音が消える。

見えたのは、白い冠羽が揺れたことだけ。


次の瞬間、首が落ちた。


重い音。

血が噴き、熱が走り、そして白冠グリフォンから放たれていた圧が消えた。


周囲が、急に静かになった。



(……終わった、のか)


俺の喉が、今さら震えた。

呼吸をしてなかったことに気づいて、酸素を吸い込む。



ヴェルドが、こちらへ振り向く。


血の付いた刃を下ろし、丁寧な声で言った。


「ユウトさん、リナさん。素材回収をお願いします」

「冠羽。鉤爪。眼膜。……手袋を。羽は鋭い」


俺はその声で、現実に引き戻された。


「は、はい!」


リナも頷く。


「うん! ……やる!」


リディアが障壁を薄めながら、短く補足する。


「爪、まだ切れるから気をつけて」


「了解です」


俺は荷物から手袋を引っ張り出して、震える指で嵌めた。


グリフォンの死体は、まだ温かい。

血の匂いが濃い。鉄みたいな匂い。


冠羽は、白いのに薄く透けていて、触れると膜のような反発がある。

高級素材、って言葉が頭に浮かぶ。納得しかない。


鉤爪は、曲がった刃物だ。

持ち上げるだけで指先に重さが来る。これで掴まれたら人間は砕かれて終わりだ。


眼膜は、薄いフィルムみたいに剥がれる。

光を反射して、妙に綺麗だ。


素材を袋に詰めながら、考えずにいられなかった。


(あのレベルの魔獣に、どうやって戦うんだ……)



もし、こんなのがラツィオの街に解き放たれたら。


胸の奥が冷える。



そして、もっと嫌な考えが来る。


(この後も、このクラスと……連戦?)


目の前の戦いだけで、世界が壊れかけたのに。


これが冒険者ランクAの戦い。

俺は、今ようやく現実を見た。


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