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61 紅蓮回廊

朝の冷えた空気を胸いっぱいに吸って、冒険者ギルドの扉を押し開けた。


昨日までの喧騒とは別の、張りつめた騒がしさがある。

出発準備の声、革紐を締める音、金具の鳴る音。


受付カウンターの前に見覚えのある面々がいた。


Bランクパーティのグレイリング

その横に、マルツェンさんとそのメンバー。セドリックが率いる白の梟団もいる。

さらに知らない顔のパーティが二つ。合わせて、結構な人数だ。


荷物の量が違う。縄、杭、袋、灯り、予備の水。

長期間の調査の装備だ。


俺が目を向けたのを察したのか、マルツェンさんが近づいてきた。

口の端だけ上げて、でも目は真面目だ。


「よう、ユウト。おはよう。俺たちは琥珀迷宮に行く予定だ」


「……おはようございます」


「面倒な連中に目ぇ付けられたな」


言い方が直球すぎる。


俺は苦笑いするしかない。

横でリナが、腕を組んでむすっとした。


「荷物持ちだけとかは、まだ納得してないけど」


「気持ちは分かるがな」


マルツェンさんは肩をすくめ、それから俺の顔を見た。


「お前たちは強い。……が、さらにぶっ飛んだやつも多い。

 上に行くなら勉強になるだろう。相当きついはずだ」


冗談じゃない声だった。

俺は背筋を正して頷いた。


「はい。ありがとうございます」


リナも、少しだけ真面目な声で返す。


「……うん」



「御愁傷様」


横から、乾いた声が飛んできた。セドリックだ。

慰めてるのか、笑ってるのか分からない顔。


「セドリックさんも、琥珀迷宮へ?」


「俺は今回はそっちだ。人数が要るからな」


セドリックは、グレイリングと周囲のパーティを目で示す。


「今日は新しい地図の確認と危険箇所の洗い出し。あと、異常がないかの確認だ」


「異常……」


「この間みたいな崩落は勘弁だしな」


セドリックは、先日の崩落を思い出したのか苦笑する。


「蒼牙隊が先に入って、強いのは大体片付けたって報告が上がってる。

 だからって安全って意味じゃない。発生してることもあるだろうしな」



出発の合図がかかったらしい。

琥珀迷宮組が、まとまって動き出す。


ガロが大盾を背負い直しながら、こちらを一瞥した。

声は出さない。ただ、目だけで「生きろ」と言ってるみたいだった。


彼らはそのまま、ギルドの外へ消えていった。



それから少しして、別の空気が入ってきた。


「ふぁ〜……」


でかいあくびの声。

カイが、寝癖のままみたいな顔で入ってきた。


その後ろに、ヴェルドとリディア。

二人はシュッとしてる。朝から完成されてる感じが腹立つ。


カイは俺らを見るなり、手をひらひら振った。


「んじゃ行くか。お前らの仕事は荷物持ちだ。遅れんなよ」


「はい」


「うん」


返事はした。したけど


(琥珀の方、二十人くらいいたぞ……? こっちは五人?)


口には出せないが、若干の不安感はある。

相当な実力者なのは間違いないが。




ギルドの外に出た瞬間。


カイが笑って言った。


「いくぞ」


そして、走り出した。


(え)


速い。

走り出したじゃない。最初から全開の短距離だ。


「うそだろ……っ」


俺も走る。

身体操作を全開。脚に魔力を流して、無理やり出力を上げる。


胸が、すぐ苦しくなる。

空気が足りない。息を吸っても足りていない。


横を見る余裕ができた時もっと嫌なものが見えた。


全員、余裕がある。


ヴェルドは呼吸が乱れてない。

リディアも、後衛のくせに足が軽い。歩幅が崩れない。


(……当然だがカイとヴェルドの本気って、まだ上にあるんだな)


その時、カイが少し後ろに下がってきた。

俺の横に並び、ニヤッとする。


「遅いぞ、ほら。後ろから押してやる」


「い、いや」


反論の余地もなく背中に手を当ててきた。

次の瞬間、本当に押してきた。


「っ、やば……!」


景色が流れる。速度が上がる。

脚が追いつかないが、気合いで脚を動かし続ける。


余裕もなく、足がもつれる。

転ぶと思った瞬間、首の後ろを掴まれた。


がっ、と引き起こされる感覚。

転ばないように、支えられてる。


「おっと」


カイの声が軽い。


だが心肺機能が限界を迎えて、意識が遠のいた。


「ほら、着いたぞ」


言われて顔を上げると、ダンジョンの入口が目の前にあった。




入口前で足を止めた瞬間、膝が笑った。

手先が痺れてる。力が入らない。


横目で見ると、リナも少し苦しそうにしていた。

息は上がってる。けど、目は笑ってる。


「はぁ、はぁ……やば……」



リディアも、さすがに少し息を吐いていた。

でも、崩れてない。余裕は残ってる。


そのリディアが、小瓶を差し出してきた。


「これ飲んで。少し休んでね」


「……女神」


思わず漏れた。

リディアが眉を上げる。


「今のは褒め言葉でいい?」


「はい……ありがとうございます……」


受け取って飲む。

冷たくて、少し甘い。喉が生き返る。


リナが俺の腕を、ツンツンしてくる。


「大丈夫?」


「大丈夫……じゃない」


「へばってんじゃん」


「お前も顔赤いぞ」


「……別に。これくらい平気だし」


強がりが、ちゃんとリナだ。


俺は深呼吸して、手先の感覚を取り戻そうとした。

でも、待たせるわけにはいかない。


「すみませんでした。……行けます」


リディアが小さく頷く。


「うん。ダンジョンの中は、もう少しゆっくりだから安心してね」


その直後。


カイが言った。


「ついてこい」


そしてまた走り出した。


「嘘だろ!」


声が裏返った。

リナが笑う。


「いこいこー!」


笑ってる場合じゃない!



ダンジョン内。

確かにさっきよりはペースが落ちてる。


……落ちてるだけだ。速い。


ギリギリついていける。

でも、気を抜くと置いていかれる。


二階層を越えると、岩場が増えた。

段差、狭い足場、滑る石。連続する障害。


(これ、アスレチックをずっとやってるみたいなもんだ……)


集中力が削られる。

一瞬でも足の置き方を間違えたら終わる。


なのに、リナはすごい楽しそうだった。


「ここ! 跳ぶ!」


(声出す余裕あるのかよ……)




途中、魔獣が何度か出た。


カイが、すれ違いざまに切り払う。

ヴァルドは、静かに一閃。音が遅れて届く。



俺は反射で目が素材を探した。

習慣だ。素材は金だ。


「素材」


口にしかけた瞬間、カイが振り返りもせず言った。


「ほっとけ。今は進む」


言葉に反論できる余地がない。

俺は黙って荷物を抱え直した。



道を覚えているのか、迷いがない。

分岐に迷う気配もない。最短距離で降りていく。


気づけば、五階層。


(早すぎる……)


ここが嵐核ドレイクが出たと報告されたあたり。

空気が、少し重い気がした。


カイは歩きながら、周りを見ている。

壁、床、天井。何を見ているのか、俺には分からない。


「一回休憩するか」


限界を迎えていたこともあり、

カイの言葉に、心の底からホッとした。


「助かります……」



リディアが地面をさっと整えて座れる場所を作り、短く言う。


「ほら。水飲んで。息整えて」



カイが、壁の一部を指で示した。


「昨日の報告地点はこの辺だな。……焦げ跡があって、後は岩場が削れている」


俺は目を凝らす。確かに、黒い筋と、えぐれた跡がある。

自然には見えない。


「嵐核ドレイクが出たって話は、嘘じゃねぇってことだ」


言い切ったあと、カイは周囲を見回す。


「今は姿が見えねぇが、どこかに隠れてるのか?」


そこで、俺とリナを指さした。


「Aランク級が突然出る可能性がある。お前らは近づくな。

見えたら止まれ。勝手に走るな。いいな」


「はい」


「……うん」


リナが黙って聞いている。珍しい。

さっきまで走りに喜んでた顔が、少し固い。


カイは続けた。


「この先、紅蓮回廊の下層部で確認されてる魔物は

熔骨王オーガ。白冠グリフォン。煤死神。あと、紅蓮の魔剣士」


知らない名前が混じって、喉が鳴った。


カイは、俺らの顔を見て、説明を削ったまま要点だけ言う。


「煤死神だけは姿が見えにくい。急に背後に出ることがある。

くれぐれも注意しろ」


リディアがすぐ重ねる。


「列を崩さないで。離れたらフォローできない」



休憩ということもあり、気になることを聞いてみることにした。

昨日のヴェルドとの戦いであそこまで通用しなかった理由。

何が足りないのか。


俺はカイを見て、腹の底の緊張ごと口に出した。


「……昨日の戦いで。俺の何がダメでしたか」


カイが、少しだけ目を細めた。

嫌な顔じゃない。考える顔だ。


「そうだな」


カイは立ち上がって、俺の前に立つ。


「じゃあ俺に、氷の魔術を一発打ち込んでみろ」


「……え」


リナが小さく息を呑む。


俺は一瞬迷った。

ここ、ダンジョンの中だ。遊びじゃない。


でも、カイの目は真剣だ。


「遠慮すんな。出せる全力で来い」


「……分かりました」


俺は古代語の短い詠唱を、息の中に織り込む。


氷が、空気から形を取る。

一本の氷槍。短く、速い。


「フロスト」


打ち込んだ。


当たった。

氷が砕けて、白い粉が舞う。


……カイは、微動だにしない。


表情すら、変わってない。


「……分かるか?」


カイが言う。声が低い。


「下のランクには通用するかもしれねぇ。

 だが、このレベル帯にはその程度じゃ意味がない」


俺の喉が詰まった。


カイは続ける。


「せめて、一発食らったら致命傷って威力があれば、他はフェイントに使える」


痛い。

言われるたびに、胸の奥が痛い。


カイは視線をリナに向けた。


「リナの方は筋は悪くねぇ。

だが技の起こりが見え見えだ。……強度も足りねぇな」


リナが、黙ったまま奥歯を噛んだのが分かった。

悔しさが顔に出そうで、必死に押さえてる。


(技の起こり……俺には分からない)


(強度が足りない……? あの蹴りでも?)


疑問が渦巻くのに、口に出す勇気が出ない。

今の俺が言えば、言い訳にしか聞こえない。


リディアが、頃合いと見て口を開く。


「そろそろ行きましょう」



歩き出してからも、胸が重い。


(俺の魔術……無意味に等しかったのか)


悲しい。悔しい。

でも、それが現実だ。


強度の高い魔術が要る。

当たったら終わる威力が必要だ。


だがリナの蹴りを足りないという。


じゃあ俺は、何を作ればいい。

どうやって、そこに届く。


考え続ける。

歩き続ける。


足元の石の感触が、やけに冷たかった。



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