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55 素材回収

草原の真ん中に立っていた。

見渡す限り、地平線。空はやけに広く、風だけが通り過ぎていく。


そして目の前に、少女がいた。


白いワンピースみたいな薄い布。裸足。

あの夢で会った子だ。……名前は。


少女がこちらを見上げて、首をかしげる。


(ゆうと)


声は耳ではなく、頭の中に直接落ちてくる。


(……)


俺は口を開く。けど、声が出ない。

でも、どういう理屈か、ここでは思ったことが伝わる感じがする。


少女は嬉しそうに、両手を広げた。


(ゆうと。あそぼう)


ここが何なのか分からないが……夢なら夢でいいか


どうせ逃げられないなら、真面目に付き合ってやる。

俺は、わざと大げさに腰を落として構えた。


(よし。かけっこだ。俺が鬼)


(おに?)


(そう、鬼。つかまえたら交代な)


アオイは、ふわっと笑った気配を返してくる。

それだけで、喜んでいるのが分かる。


(うん!)


次の瞬間、アオイが駆け出した。

小さい体なのに妙に速い。草を踏む音が軽い。


(意外と速い)


俺も全力で追う。

なのに、息が切れない。胸が苦しくならない。足も重くならない。


(……やっぱり現実じゃないな。これ)


追いつく。肩に触れる。


(ほれっ!)


(きゃっ)


アオイの笑いが、頭の中で弾ける。

今度は俺が逃げる番だ。


(ほら来い、アオイ!)


(まってー!)


追いかけっこを何度か繰り返して、飽きたら遊びを変えた。

アオイを両脇に抱えて、軽く持ち上げる。


(たかい!)


(高いか。もっと?)


(もっと!)


俺は少しだけ高く持ち上げる。

怖がる様子はない。むしろ、喜びの波みたいなものが、頭の奥に直接伝わってくる。


(分かりやすいな、お前)


今度は両手をつないで、ぐるぐる回る。


(わぁ……!)


目が回るはずなのに、俺もアオイも平気だ。

草原の風景だけが、円を描いて流れていく。


どれくらい遊んだだろう。

疲れはないのに、区切りの感覚だけが来る。


(……そろそろ、戻る)


そう念じると、アオイは一瞬だけ寂しそうな気配を出して、すぐ頷いた。


(わかった)


(また、きてね)


(ああ。……また来る)


(うん)


その返事が届いた瞬間、世界がふっと暗転して




「……っ」


息を吸った。

自分の呼吸音が聞こえる。

目を開けると、天井。うちの家の寝室だ。


両手が、妙にあたたかい。

繋いだ手の感触が、まだ残っているみたいだった。


「……なんなんだよ、本当に」


呟いてから、頭を軽く振る。

考えても答えは出ない。今は生活が先だ。


窓の外は、もう明るい。

ちょうど起きる時間だ。


昨日の残りの煮物を鍋に移して温め直し、卵を焼く。

焼けた匂いに釣られたのか、足音がぱたぱた近づいてきた。


「おふぁよ……」


リナが寝ぼけた顔で台所に現れる。髪が爆発している。


「おはよう。顔、すごいぞ」


「うるさい。お腹すいた……」


「ほら、先に手洗え。卵、熱いからな」


「はーい」


リナは素直に手を洗い、椅子にどすんと座る。

俺が皿を置くと、目を細めた。


「……いい匂い。しあわせー」


「そりゃよかったよ」


二人でさっと食べ終える。


「食べたら行くぞ。今日はマルツェンさんと約束してる」


「うん! 今日はいっぱい倒す!」


「今日は倒し方より素材の回収だぞ」


「おっけー!」



紅蓮回廊の入口前にある詰め所の前に着くと、もうマルツェンがいた。

相変わらず早い。腕を組んで、壁にもたれている。


「おはようございます。よろしくお願いします」


「おう。寝坊はしてねぇな」


マルツェンの腰には、見覚えのある剣。

この前、借りたやつだ。


(今日も俺の剣は借り物……壊したら俺の心が先に折れる)


俺は呼吸を整えてから、正直に希望を伝えた。


「今日は、できれば種類を見て回って……素材の高い部位を教えてください」


マルツェンは顎を掻く。


「分かった。だが、最初に言っとく」


「はい」


「上層は人が多い。お前らが昨日言ってた通り、狩り尽くされてることがある」


「……やっぱり、そういうものなんですか」


「タイミングにもよるが、下層や中層に行く連中も上層は通るからな」


「早い者勝ちだ。歩くぞ」


「はい!」


「うぇい!」



回廊の中に入る。綺麗な石畳、壁に続くランタン。琥珀迷宮とは別物みたいに整っている。


「……いないな」


「いませんね」


歩けど歩けど、魔獣の気配が薄い。

途中で二組のパーティとすれ違った。昨日も見た顔が混じっている。


(昨日も潜って、今日も潜ってるのか……)


マルツェンは、すれ違いざまに相手の顔を一人ずつ見ていた。

そして、少し進んでから不意に足を止める。


「……おい」


振り返り、さっきすれ違った方向を見る。


「今の、誰だ」


「え?」


「俺はこの街のギルドに長い。見覚えがねぇ顔がいた」



「俺も、初めて見たと思います」


「そうか。なら覚えとけ。あとで受付に名前を聞け。ギルドは人の出入りも危険だ」


「……はい」


リナが首を傾げる。


「人の顔、そんなに気にするの?」


「気にする。悪意のある余所者がいたら、危険だからな。」


マルツェンはそれ以上言わず、歩き出した。

俺も黙ってついていく。



「……下りだ」


階段を見つけ、降りる。

石畳が消え、地面が荒れてくる。


しばらく進むとようやく影が動く。


「出たぞ」


「ムカデ!」


赤錆びた金属みたいな節。熱を帯びたような鈍い艶。

マルツェンが短く言う。


「熱鉄ムカデ。殻に気を取られるな。高いのはここだ」

ここと言いながら自分の首付近を指さした。


「ここ?」


「頭の下、熱嚢。潰すと価値が落ちる。止めは首じゃない、節の繋ぎ目を狙え」


指示が具体的すぎて、俺の背筋が伸びる。

リナも珍しく真面目な顔だ。


「了解」


戦闘自体は短い。

リナが節の隙間を切り、俺が障壁で突進を流す。

倒れたところをマルツェンが足で押さえ、最後の一太刀。


「よし。剥ぐぞ、坊主」


「はい!」


マルツェンの手際は早い。

「ここを切る」「ここは捨てろ」「これは袋に入れろ」

全部、迷いがない。


俺は必死で覚える。


「次、行くぞ」


さらに下へ。

今度は魔獣が、ぽつぽつ出始めた。


黒い毛並みの獣が曲がり角から現れる。


「煤咬みハウンド。牙と喉の袋。牙は折るな」


鎧みたいな灰色の体躯の人型が、石を鳴らして近づく。


「灰鎧ソルジャー。関節の内側。胸は硬い、刺すな」


焔舌トカゲも出た。舌が赤い。


「焔舌トカゲは舌と毒袋。舌は切れ。袋は破くな」


倒すたびに、マルツェンの指示が飛んでくる。

でも、俺は思った。


(……これだ。これが欲しかった)


リナは戦闘自体は余裕でこなす。

素材の話になると、俺より素直に聞いている。


「ねえ、これ高い?」


「それは安い」


「え、こんなに見た目かっこいいのに!」


「見た目じゃ売れねぇ」


三層目まで降りた、壁のランタンはまだ続いている。


「……この辺、落ち着いてるな」


俺が言うと、マルツェンは頷いた。


「俺が潜ってきた限り、先日の崩落のときみたいな連戦はそれほど多くない」



しばらくして、マルツェンが足を止める。


「……稼ぎが、薄いな」


「今日の目的は勉強なので、俺は十分ですけど……」


「稼げなきゃ勉強とは言えないだろ」


確かに。


「下へ行く」


「……さらに?」


「ここから先は、ギルドの掲示で危険指定が上がる区画だ。Bランク指定が混じってくる」


リナの目が、きらっと光った。


「Bランクって……強いの?」


「前に戦ったインカーネイトや熔骨オーガなんかがBランク指定だ」



空気が変わる。


そして


「止まれ」


マルツェンの声が低くなる。


「赤煙マンティスだ」


少し遠く、壁際に赤い霞みが見えた。

甲殻の間から、赤い煙が漏れている。


「羽を開くと毒の煙が出る。それを吸うと動けなくなる。……首を落とせ。羽が開く前だ」


「リナ、いけるか」


「いける」


返事が短い。

次の瞬間、リナが消えたみたいに距離を詰める


ザン。


首が落ちた。

羽は開かない。


(……攻略法が分かっていて、それを実行できるやつがいる。知識が武器になる)


俺は冷や汗を拭う。

初見で、煙を浴びていたら終わっていた。


「……戻るぞ」


その後は探したが、目ぼしいものは出なかった。

日が傾く前に引き返す。マルツェンの計画通りだ。


ギルドに戻り、素材を換金所に回す。

今日は依頼を受けていないので依頼報酬はない。純粋に素材の売却だけだ。


受付で待っている間、リナが小声で言う。


「今日、楽しかった!」


「俺は今日、怖かった」


「えー? マンティス?」


「マンティス。いきなり毒が出るとか知らなかったらやばいだろ」


マルツェンが鼻で笑った。


「正しい。怖いって思える奴の方が生き残る」


しばらくして、換金の札が出る。


「合計、金貨6枚分だ」


マルツェンが淡々と告げる。

俺の中で、数字がカチリと噛み合った。


「約束通り、素材の3等分で、マルツェンさんが金貨2枚」


「おう」


「それと、講師料の金貨1枚。合わせて金貨3枚、受け取ってください」


俺が差し出すと、マルツェンは受け取った。


「残り金貨3枚を、俺とリナとパーティ資金で1枚ずつ」


「わーい!」


リナが素直に喜ぶ。

俺は、今日のことを振り返る。


マルツェンがいなければ、

・そもそも下へ行く手順が分からない

・素材の高い部位が分からない

・同じ獲物でも値段が変わる

今日の金貨六枚は無かった。


知識は、武器だ。


「マルツェンさん。明日も、お願いできますか」


俺が言うと、マルツェンは肩をすくめた。


「分かった。詰め所前、同じ時間だ」


「はい。よろしくお願いします」


そこで別れた。



家に戻って晩飯を作る。

今日は鶏肉の照り焼きと、香草のサラダ。

いい感じに仕上がった。


食べ終わると本日の復習をする

魔獣のどこを解体してどこが高くなるのか。

魔獣の特徴や、効率的な倒し方など

それぞれ思い出しながらイメージトレーニングをする。

気がつくとウトウトとして眠りについていた。







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