53 紅蓮回廊
歩きやすく、管理された回廊を進む。
石畳は平坦で、壁のランタンも一定間隔。足場に神経を割かなくていいぶん、地図の記載もかなり楽だ。
……楽、なんだけど。
「……いないな」
「いないね」
俺とリナの声が、やけに大きく聞こえる。
足音と、紙を擦る音と、呼吸だけ。魔獣の気配がほとんどない。
分岐ごとにチョークで印をつけ、地図板に線を引く。
曲がり角の壁の模様までメモっているのに、遭遇ゼロだ。
しばらく歩いたところで、前から冒険者の一団が来た。四人組。
全員が汚れた外套で、背中に大きな袋。探索終了の様子だ。
すれ違いざま、リナがじっと見てしまったのが伝わったのか、先頭の男が苦笑する。
「……おい、嬢ちゃん。今日は上層は、空っぽだぞ」
「空っぽ?」
「3組くらい入ってる。狩られ尽くしてる」
さらっと言って、男たちは去っていった。
「そう言うこともあるのか」
さらに少し進むと、また別の2〜3人のグループとすれ違う。
こっちは軽装だが、背負った荷物はしっかりと詰まっていそうだ。
「坊主、何を狙ってる?」
不意に声をかけられる。
「焔舌トカゲです」
「なら急げ。下で一回見たが、逃げ足が速い。上には残ってねぇぞ。じゃあな」
それだけ言うと、彼らは俺たちとすれ違い小走りで去っていった。
みんな優しいな。
「……これ、ひょっとして」
リナが、嫌そうな顔で言う。
「討伐済みで、魔獣いないってこと?」
「そうだな、早いところ下へ行こう」
人が多いダンジョンはこう言うこともあるのか
依頼内容が頭の中で反復される。
焔舌トカゲ、まるまる一匹。生死問わず。
部位回収じゃない。丸ごとだ。つまり現物がないと話にならない。
だが下で見かけたと言う情報はあるのだ。
本当は途中で出会う魔獣の素材も欲しかったところだが仕方ない。
琥珀迷宮は人が少なくて、その分、魔獣が多かった。
だから俺の中で勝手に「ダンジョン=入ったら戦闘」になっていた。
でもここは紅蓮回廊。儲けやすい分、人が多くてその分だけ魔獣が間引きされる。
上層が空になる日だって普通にある。
考えても仕方ない。今やるべきは一つ。
「……迷わないようにだけ気をつけて急ごう」
「了解!」
しばらくして、明確な階段を見つけた。
石造りの立派な下り階段。ここから先は、ランタンの間隔が目に見えて広くなる。
階段を降りた瞬間、空気が変わった。
石畳が途切れ、荒れた地面。湿った岩肌。落ちている小石も大きい。
「……ダンジョンっぽくなって来たねぇ」
リナが小声で言う。俺も同感だった。
数分進んだところで、壁で何かが動いた。
でっかいムカデ。
天井と壁の境目に張りつき、こちらを見ている。
「うわ……」
「……止まれ」
俺は片手を上げ、リナを制止する。
名前、何だっけ。琥珀迷宮で見たやつと似てるけど、模様が違う
わからないなら、なおさら慎重に。
「リナ、正面に立たずに。頭と顎、まず確認。飛びかかって絡みつくタイプかもしれない」
「……うん。気持ち悪いけど、うん」
リナは不満そうに眉をひそめながらも、ちゃんと左右に散った。
ムカデが、落ちる。
落下というより、しなるように滑り落ちてきた。
「来る!」
俺は短く詠唱して、牽制の氷刃を一枚だけ放つ。
刃が節の隙間に刺さり、ムカデが一瞬、体を跳ねた。
それを見たリナが一気に踏み込み、隙間を狙って突く。
だが、ムカデは体をくねらせてかわし、尾で薙いだ。
「うわっ!」
リナが身をひねって避ける。
避けたのに、風圧だけで髪が舞う。やっぱりでかい。
「こいつ、力ある!」
「無理に斬るな! 動きを止める!」
俺は壁面に小さな魔法陣を二つ、左右に展開して氷の刃を打ち込む。
ムカデの体の節と節の間に、刃が刺さる。
ギギギ、と嫌な音。
ムカデの動きが鈍った、その瞬間。
「今!」
リナが首元にある口の付け根を一閃。
黒い体液が散り、ムカデは痙攣しながら動かなくなった。
「……倒した」
俺は息を整えながら、死体を見下ろす。
素材として価値があるかもしれないが、丸ごと背負って帰るわけにはいかない。
「……とりあえず、牙っぽいのと硬い殻、あと毒袋っぽいのがあれば」
「わかんないけど、取れるだけ取る?」
「そうだな」
ナイフで解体しながら、心の中で反省が積もる。
(素材知識、やっぱ必要だ……)
それからも、しばらく捜索した。
だが、魔獣そのものが少ない。焦りがじわじわ増していく。
「……これ、本当にいるの?」
「うーん、見かけたとは言ってたけど、足も速いと言ってたような」
言いながら、自分の声が少し硬い。
その時
「ユウト。あれじゃない?」
リナが指をさした。
回廊の先、柱の影。
赤黒い鱗の、細長い影が、壁に張りつくようにしている。
舌が、ちらりと見えた。
先が赤く光っている。まるで炭火みたいに。
「……焔舌トカゲ。っぽいな」
「っぽいって、確信ないの?」
「特徴は合ってる。舌の先が熱を持ってる。鱗の色もよし、行くぞ!」
声を落とし、俺たちは距離を詰めた。
初見だ。油断はできない。しかもまるまる一匹の依頼。
ぐちゃぐちゃにしたら台無しだ。
トカゲが、こちらに気づく。
舌が伸びる。鞭みたいに、空気を切ってくる。
「速っ……!」
俺は即座に障壁を一枚。
舌が障壁に当たり、じゅっと嫌な音がした。多分熱い。かなり熱い。
「舌、触るな! 当たったら火傷どころじゃない!」
「おっけーい!」
リナが横から回り込む。
トカゲは身体を壁から剥がし、地面に降りた。脚が太い。見た目よりずっと力がありそうだ。
俺は水をぶちまける。
「ウォーター」単純な術だが、相手が熱を武器にするなら有効だ。
水がかかった瞬間、湯気が立ち上る。
視界が揺らぐ。
狙い通り。
トカゲの動きが一瞬鈍ったところへ、リナが脚の付け根を斬りつける。
だが
「硬っ!」
刃が深く入らない。鱗が想像以上に硬い。
トカゲが反撃。舌の鞭が、横薙ぎに来る。
俺は障壁をもう一枚。
一撃で砕かれた。熱だけじゃない。衝撃もえげつない。
「くっ……!」
「ユウト!」
リナが叫ぶ。
大丈夫、と言いかけて、舌がもう一度来た。
今度は避ける。
すれ違いざま、熱風が頬を撫でて、ヒリッとした。
「リナ、首狙え! 舌を封じる!」
「了解!」
俺はもう一度、水をかけて温度を下げる。
そして、短い詠唱「フロスト」
狙いは舌の根元。湿った状態なら凍結するか?
舌は凍りつかなかったが、動きが鈍ったようだ。
「今!」
リナが踏み込む。
首筋へ、鋭い突き。
体液が勢いよく噴き出す
暴れまくったが、次第に弱っていった。
最後にはトカゲが、がくりと崩れ落ちた。
「……よし。依頼達成だな」
「やったぁ!」
リナが喜びかけて、はっとする。
「……でも、運ぶのこれ?」
「そうだな。運ぶんだな。まるごと一匹」
「えぇ……」
不満そうな声を出しながらも、リナは結局、トカゲを担ぎ上げた。
俺が持つつもりだったが、地図の確認もあるし今回はおまかせしよう。
帰り道は早かった。分岐の数はそれなりにあったが
地図を取りながら進んだおかげで迷わない。
日没までの時間を気にしながら、地上へ。
そのまま街へ戻り、慌ただしくギルドへ駆け込む。
受付にトカゲをドン、と置くと、カトリーナが目を丸くした。
「……焔舌トカゲ、ですね。確認します」
慣れた手つきで、鱗の状態と舌の特徴、個体の損傷を見ていく。
最後に頷いた。
「依頼達成です。お疲れ様でした。報酬は金貨3枚になります」
依頼達成の言葉を聞き安堵の息が出た。
「なお、依頼品は依頼者にそのまま回りますので、個体からの追加買取はありません」
「ですよね……」
依頼品は依頼品。
素材としての価値は最初から報酬に含まれている。
続いて、ムカデの部位を出す。
俺が選んだ売れそうな部位だ。
カトリーナは少し困った顔で、部位を並べた。
「ええと……これは……」
「あ、だめですか?」
「いえ、買取はできます。ただ……価値のある部分が少ないですね」
ズバッと言われた。
「……ですよね。知識なくて」
「この系統は、毒嚢・節の芯材・顎の基部が高くて……殻は量が必要です。
持ち帰れるなら、丸ごと持ち帰った方がいいかもしれません」
結局、買取は銀貨2枚。
ゼロじゃないだけマシだが、正直、悲しい。
「……これ、勉強が必要だな」
「はい。素材の価値と解体手順は、覚えると収入が全然変わります」
俺は受付に身を乗り出す。
「ギルドで、解体講習とかって受けられますか?」
カトリーナは申し訳なさそうに眉を下げた。
「本来なら担当がいるのですが……今は琥珀迷宮の調査に人員が取られていまして。
初心者向け講習も、しばらく予定はありません」
「そっか……」
俺は頭を掻いた。
(素材の見極め、解体の基礎、魔獣の生息域……全部、情報戦だな。
琥珀迷宮でマルツェンに教わったの、あれがいかに有難かったか……)
この街で生き残って、強くなって、稼いでいくなら強いだけじゃ足りない。
知識。段取り。情報。
それがないと、今日みたいに空振りする。
どうしたものか




