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52 朝食

久しぶりに机に向かい、腰を落ち着けて魔法陣の構築練習ができた。

やっぱり、こういう時間は大事だ。しみじみ思う。


机に向かって、術式を組み上げて、手のひらの上に小さく展開して崩して、また組む。

詠唱では魔術の行使速度に限界があるが、魔法陣の発動は訓練すれば詠唱より早く起動出来る。


詠唱のいいところは自由に魔術構成を変えられるので柔軟な運用が可能な点だ。

だがどうしても口にする分だけ時間はかかる。言い間違いもあるしな。


「ねぇ、今のやつ、ちょっとそれっぽかったよ」


背後からリナの声がした。

いつの間にか、リビングの椅子に足を投げ出して、こちらを眺めていたらしい。


「それっぽい、ってなんだよ」


「ほら、こう……魔術師って感じ? かっこつけてる感じ」


「かっこつけてるってのはこうだ!」


立ち上がると、自分の背後に魔法陣を複数同時に展開する

決めポーズをしながら決め台詞を口にする

「見るがいい、我が魔導の深淵を、至高の魔術を!」


「かっこいい!」


リナは満面の笑顔だ。



俺は軽く息を吐いて、魔法陣を散らした。

火花も音も出ない。完全に収束して、静かに消える。


「明日はまたダンジョンだし、今日はこの辺にしておこう」


「えー。もうちょい、なんか派手なの見たい」


「派手なのはまたダンジョンでな」

 とにかく、明日は無理しない感じで行こう。紅蓮回廊は初だし、

 調査中の琥珀迷宮みたいに何が起きるか分からない」


「はーい」



夜。

灯りを落として、ベッドに座る。


寝る前に、机の上に置いていた空の魔石を手に取った。

最近見る、幻聴みたいな幻覚みたいなあの青い少女。


何だったんだ。


怖いかと言われると、怖くない。

むしろ……悪い気分じゃない。あの草原の空気は、妙に落ち着く。



「……もう一回だけ」


独り言が漏れた。


また魔力欠乏まで追い込む。倒れてもいいように、ベッドの上でやる。


魔石を両手で包む。


体内の魔力の流れを感じ取る。

胸の奥から、腕へ、指先へ。そして魔石へ。


最初はゆっくり。

水を小川に流すみたいに、細く、細く。


魔石が、わずかに温かくなる。

魔力が通るときの、あの芯が通る感じ。


そこから徐々に流れを強くする。

強度を上げ、流量を上げる。


この訓練には効果がある。

魔力欠乏の直前まで追い込むことで、回復後の最大魔力量が伸びると言われている。

一度に流せる魔力量も増えるし、残量の感覚も掴みやすい。戦闘時の管理が楽になる。



(だけど欠乏直前のこれ、ほんと嫌いなんだよな)


視界がふわふわして、手足の境界が曖昧になっていく。

自分の体なのに、ちょっと遠い。

呼吸が浅くなる。心拍が妙にうるさい。


「……く、ら……」


声にしようとしたが、うまく音にならない。

喉が、世界から切り離されたみたいだ。


そして見えた。


昨日、夢で見た少女。

ベッドの端に立っているようにも、部屋の空気に溶けているようにも見える。現実かどうか、判別できない。


声を出そうとしても出ない。

少女が手を伸ばしてくる。


その指先が触れた瞬間




草原の中にいた。


まただ。

また、あの広い草原。地平線。高い空。


(……本当に何なんだ、これ)


口を動かしたつもりなのに、声は出ない。


少女アオイが、にこっと笑った。


(ゆうと あそぼ)


声じゃない。頭の奥に直接、やわらかく触れてくる。

なのに、不思議と嫌じゃない。むしろ、懐かしい。


(遊ぶって言われてもな……この辺、何もないぞ)


俺が周囲を見回すと、アオイはこちらを見つめてくる。


(おいかけっこ)



(分かったよ。ほら、捕まえに行くぞ)


わざと大げさに手を伸ばして追いかけると、アオイは楽しそうに逃げた。



しばらく追いかけっこをしているうちに、アオイも慣れてきたのか、タッチしたら交代のルールになった。

俺がタッチして、アオイが追う番になると、彼女は真剣な顔で追いかけてくる。


(まてー)


(うわ、意外と速い)


油断していると、背中をぽん、と押される。


その瞬間、胸の奥に小さな花が咲いたみたいに、くすぐったい笑いが湧いた。

笑い声は口から出ない。代わりに、頭の中に弾む。


(……楽しんでくれてるなら、まあいいか)


何もない草原で走って、タッチして、逃げて。


一通り遊ぶと、アオイは満足したのか、俺の前で止まった。

胸に両手を当てて、少しだけお辞儀をする。


(ありがとね)


右手を出してくる。

握手、だろうか。


俺はそっと、その小さな手を握った。


温かい。


確かな温度が、掌に伝わる。


(ありがとう)


その言葉が、胸の奥にすっと沈んだ。




目が覚めた。


天井。自分の部屋。ベッドの感触。

夢から戻るときの、あの急な落差。


「……夢にしては生々しいというか」


右手を見る。

さっきまで誰かと握手していたみたいに掌が、微妙に温かい気がする。


答えは出ない。


窓の外を見ると、空が少し明るくなってきていた。

どうやら、思ったより時間が経っていたらしい。


「……朝飯でも作るか」


台所に立つ。

眠気が抜けきっていない頭で、買っておいたパンを取り出す。


そのとき、背後で扉が開く音。


「おはよ……お腹すいたー」


匂いを嗅ぎつけたのか、リナがふらふらと起きてきた。

髪が跳ねていて、目が半分しか開いてない。


「犬かお前は」


「我を誰と心得る。究極の魔術師、リナ・エルドリックであるぞ」

ポーズを決めて言う。


昨日の俺のおふざけが気に入ったようだ。


「はいはい、分かりましたよ。今お作りいたしますのでお待ちください」

話を合わせておく


リナは、俺の手元をじっと見た。


「パン?」


「パン」


「それに乗せるやつもある?」


「昨日のうちに切っておいた。肉と、野菜と、チーズ」


「いえい」


お気に召したようだ


俺はパンを切って、具材を並べる。

簡易サンドだ。焼く時間ももったいない。今日はIII級ダンジョンに行く。


「今日は紅蓮回廊だ。無理はしないぞ」


「はーい」


リナは、まだ眠そうにしながらも、鼻だけはやけに利いている。


「いい匂い」


「食ったら出発準備だ」


さらにのせてリナへ差し出すと、すぐにパンにかぶりついた。


「うまっ! ユウト天才!」


「それは言い過ぎ」



今日は初めてのダンジョンだ。

そして2人だけでの探索も初めてだ。

無理はしない。


まずは朝飯だ。頬張りながら、気持ちを作り上げていく。


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