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50 紅蓮回廊

ギルドへ向かう道すがら、リナはやたらと機嫌がいい。

昨日の夜、晩飯を頬張りながら「次はダンジョンだね!」と何度も言っていたし、今朝も起き抜け一発目がそれだった。


……勢いだけは本当に一流だ。



ギルドに入ると、まず依頼板へ直行する。

Cランクになったことで、紙の色も内容も一段階重くなっていた。


隊商護衛(中距離) 夜営あり、複数戦闘の可能性。

中層ダンジョン攻略 特定魔獣 討伐・制圧。

拠点防衛 採掘村の防柵護衛(魔獣の夜襲が続発)。

特性持ち討伐 掘削者(モグラ系)を狙って坑道拡張を止める。


「……おお。急に素材回収だけじゃない仕事が多い」


「ほらほら、これ! 討伐・制圧! 楽しそう!」


「お前、言葉の響きで選ぶな」


「だって楽しそうじゃん」



俺は依頼の紙を一枚ずつ目で追っていく。

夢が広がると言いたいところだが、冷静に考えると問題は山ほどある。


(夜営……俺たち未成年枠だよな。夜間受託は基本ダメ)


そう思って受付の方を見た瞬間、視線が合った。


「ユウトさん、リナさん。おはようございます」


声をかけてきたのは受付のカトリーナだ。

いつも通りきっちりした身なりで、優しそうな目をしている。


「おはようございます。あの、Cランクの依頼を見てたんですけど……」


「はい。……ただ、先に一点お伝えしておきますね」


カトリーナは少し申し訳なさそうに言う。


「ただいま琥珀迷宮イエローダンジョンは、調査中のため入場停止になっています」


「え、琥珀迷宮……入れないんですか?」


リナが露骨に不満そうな顔になる。


「この前、大規模な崩落がありましたからね。再発の恐れがないか、内部構造がどう変わったか、確認が必要なんです。ギルドとしては、調査終了まで立ち入り禁止として入り口も封鎖しています。」


「……まあ、そうだよな」


俺も内心は同じだ。

初ダンジョンで崩落に巻き込まれて、3日帰れなかった身だ。


カトリーナは言葉を続けた。


「代わりに、もう一つの紅蓮回廊レッドダンジョンなら入場できます」


「紅蓮回廊……魔獣の構成とか、違うんですか?」


「はい。そもそも階級が違いますから」


当たり前のように言われる。



「上層部は管理されていますが、中層以降は溶けた岩がある層がありまして、

 足場が崩れやすい場所もあります。危険度は琥珀迷宮よりぐっと上がります

 鎧を着た個体や、外骨格が硬い個体が出やすいので、武器の消耗が早いです」


(武器の消耗……)


昨日、借り物の剣を受け取ったばかりの俺には嫌な単語だ。


横でリナがぴょこぴょこしている。


「行こ行こー! レッド行こー!」


「落ち着け。まず準備だ」


「準備ってなに? 剣と気合?」


「この間、消耗した消耗品とか」


「気合は?」


「気合もいる」


「じゃあ行けるじゃん!」


いや、そういう話じゃない。


カトリーナがクスッと笑った。


「Cランクになりましたし、入場自体は可能です。ただ、ユウトさんたちはまだ15歳ですので」


「あ、夜間の受託制限ですよね」


「はい。日帰り前提での運用になります。入場時間も、戻りの見込みも、きちんと申告してくださいね」


……やっぱりそうだ。

Cランクになったからって、何でも自由ではない。



ギルドを出ると、リナが頬を膨らませた。


「今日、行かないの?」


「今日は準備だけ。明日潜ろう」


「えー」


「そもそもこの剣、借り物だ。いきなりレッドで折ったら目も当てられない」


「ゆうと、急に慎重派になったね」


「初ダンジョンで3日行方不明になったんだぞ。慎重にもなる」


「……それは、まあ……うん」


リナもさすがに思い出したのか、一瞬だけ真面目な顔になった。

でも次の瞬間には、腹の虫が鳴ったらしく、元に戻る。


「じゃあさ、準備の前にご飯!」


「お前はいつもそれだな」


「冒険者は食べるのも仕事です!」


どこの教本に書いてあるんだそれ。




今日は魚が食いたかった。

肉が続くと、体が脂に負ける気がする。


店に入って焼き魚と、あら汁を頼む。

香ばしい焦げ目と、脂の甘さ。あら汁の出汁が胃に染みる。


「うま……」


「ね、魚もいいね。骨が面倒だけど」


「お前、骨までバリバリいきそうだな」


「いけるよ?」


「やめろ、喉に刺さる」


食後は甘いもの。

生クリームがたっぷりで、甘酸っぱい香りが鼻を抜ける。

砕いたナッツのカリッとした食感がいい。


「……これ、うまい」


「でしょ。ダンジョン帰りのご褒美にしたいね」


「そうだな」



家に帰る。

久しぶりに、魔石への魔力注入の訓練をやろうと思った。


「リナはどうする?」


「外で型。ちょっと動きたい」


「……元気だな」


「閉じ込められてた分、動く!」


庭に出ていくリナの背中を見送って、俺は家の中へ。

ふらついてもいいよう自室のベッドで行う。空になった魔石を数個手に取る。


握り込んで、魔力を流し込む。


最初は、いつも通り。

少しずつ、石の中に流れができる感覚。

濁っていた色が、じわりと明るくなっていく。


「……ふぅ」


自分でも分かる。ここからが危ない。

やりすぎると、視界が遠のく。体の輪郭が曖昧になる。


でも止めない。


石が発光を強める。

室内の影が薄くなり、机の縁が白く縁取られて見えた。


(……そうだ。これだ。セラの家で、これをやってた)


外から、リナの木剣の風切り音が聞こえる。

ブン、ブン、と、一定のリズム。

その音が、だんだんと遠くから響くような違和感へと変化していく。


その時。


「……っ」


首筋に、ふわりと風が触れた。

撫でられたような、くすぐったいような感触。


(なんだ……?)


どこかで感じたような。

背筋がぞわりとして、呼吸が浅くなる。


視線を上げる。


部屋の中に、見知らぬ少女が立っていた。


「……誰……?」


声が、かすれる。

いや、違う。声を出すのに、やけに時間がかかった。


少女は何も言わない。

ただ、まっすぐこちらを見てゆっくりと手を差し出した。


(幻覚……? 魔力欠乏で、こんなの見えるのか?)


初めての経験だ。

でも、妙に現実味がある。輪郭がぶれない。


「……リナ!」


呼ぼうとした。

けれど喉が動かない。音にならない。


少女の手が、そこにある。

誘われるように、俺も手を伸ばしてしまう。


指先が触れた瞬間


世界が、変わった。


「……っ!」


視界が白く弾け、床の感触が消えた。

次に足裏に戻ってきたのは、固い板じゃない。草だ。湿った土だ。


思わず魔石を握り直す。手の中で魔石同士が擦れる感触がある


「……なんだ、ここ」


さっきまで家の中にいたはずなのに。

今いるのは、どこまでも続く草原だった。


風が草を波打たせ、遠くの空はやけに高い。

太陽があるのかないのか分からない、明るいのに影が薄い場所。


現実感があるような無いような

魔力欠乏時の感覚もあり、そうでなくても現実感はない。


わからない。

でもひとつだけ確かなことがある。


俺の目の前に、さっきの少女が同じように立っている。


彼女は何も言わない。

ただ、こちらを見つめている。



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