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5 覚悟

「……おいガキ、そこで何をしている」


 頭の奥が真っ白になった。

 ゆっくりと首だけ振り返ると、男の目と俺の目が真正面からぶつかった。


(見つかった――)


 思考はめぐるのに、体がすぐには動かない。

 足に鉛でも詰められたみたいに、地面に貼りついていた。


「なんだ、子どもじゃねぇか」

 近くまで歩いてきた男が、俺の腕を乱暴につかむ。

 掴まれた瞬間、ようやく体が震え始めた。


「こっちに来い」

 抵抗する隙もなく、広場の真ん中まで引きずり出される。

 さっきまで木の陰から見ていた山賊たちが、今度は真正面に並んでいた。

 顎ひげの男が、じろりと俺を見下ろす。


「なんだお前。こんなところで何してやがった」


「……」


 喉がうまく動かない。

 何か言わなきゃと思うのに、言葉がまとまらない。


「聞かれてたか? さっきの話、どこまで聞いてた?」

 山賊たちがヒソヒソと話している


「聞いてない」と言いたい。

 ただ迷子になっただけだと、うっかり森に迷い込んだだけだと、そう言い逃れしたい。


 けれど、顔の筋肉が言うことを聞かない。

 頬が引きつっているのが、自分でも分かる。

 顎ひげの男の目が、すっと細くなった。

「……聞いてたな」

「き、聞いてないです」


 反射的に否定したが、もう遅い。

 隣で、さっき俺を引きずり出した男が、にやりと口角を上げた。

「ボス、顔に全部出てますぜ、こいつ」

「だろうな」

 顎ひげの男は、あくびでもするみたいな気だるさで言った。



「殺すか」


 その一言で、世界が音を失った気がした。

 頭がようやく理解に追いついた瞬間、体が勝手に動いた。


 反射的に、腕を振りほどいていた。

「っ!」

 全力で相手の手を払う。


 11歳の腕力なんてたかが知れているが、向こうも子ども相手だと油断していた


 反応が一瞬遅れた。


 その一瞬を、足が勝手に動いていた。

 踵を返す。

 森の中、セラさんの家の方向へ向かって、地面を蹴った。


「おいっ!」

「逃げたぞ!」

 怒鳴り声が背中に突き刺さる。


 状況を整理する余裕なんて、どこにもなかった。

(セラさんの家は……こっち側。村とは反対。ここは真ん中くらい)

 位置関係なんて、本当は正確に計算できていない。


 ただ、毎日走り慣れた道と方角だけが、体に染みついていた。

 逃げ切れるかどうかも分からない。

 逃げ切ったところで、どうなるのかも分からない。

 それでも、脚は止まらなかった。


「二人ついてこい! 残りはここで待て!」

 顎ひげの声が聞こえる。

 足音が増えた。二人分。


 そのうち一つが、金属の擦れる音を自分の腰から下ろす。

(ひとりは武器を抜いた……)

 森の斜面を駆け下りる。


 走り慣れた道だ。木の位置も、石ころも、大体頭に入っている。

 けれど、いつもと違っていた。


 背中に、殺意がある。

 追いかけてくるのは、軽口を叩くリナでも、無言で見ているブラムさんでもない。

 息が上がるのが早い


 大人の脚力には、勝てない。

 全力で走っても、足音が小さくなることはない。

 少しずつ、確実に、近づいてきている。


「待てコラ!」

「逃がすなよ、ガキ一人だ!」

(やばい、やばい、やばい)

 肺が焼ける。喉が痛い。

 心臓が喉から飛び出そうな勢いで鳴っている。

 焦りが、視界を狭くした。


 だから、多分、いつもなら絶対避けていた木の根っこに、足を引っかけた。

「っ!」

 視界がぐらっと揺れる。

 体が前のめりに投げ出される。

(やばっ)

 反射的に、地面に手をついた。


 肩から転がり、背中を丸めて、受け身を取る。

 土の冷たさと、石の硬さが一瞬で全身を刺し抜いていったが、骨は折れていない。

 転がる勢いを利用して、そのまま地面を蹴って立ち上がる。


 山賊との距離は5歩分。

 武器を抜いた男の剣先が、もうそこまで来ている。


 逃げる余地はない。

 

 俺は足を開いて構え、腰の細身の剣に手をかけた。

 鞘から抜き放つ。

 金属が擦れる音が、やけに大きく響いた気がした。

 

 山賊の一人がニヤ付きながら、走る勢いのまま切りかかってきた

(やるしかない)

 剣を抜いた瞬間に驚くほど頭の中は冷静になっていた

 

 頭の中では、今までの稽古が高速で巻き戻されている。

 正統派の構え。足の位置。重心。


 11歳の体で、大人3人相手に、勝てるなんて思っていない。

 それでも

(少なくとも、ただの獲物にはならない)

 

 そう心のどこかで決めて、俺は剣先をわずかに下げた。

 剣を抜いてから山賊の動きがやたらとゆっくりに見える

 山賊の間合いまで、あと1歩。


 相手の足が動いた瞬間に合わせて、こちらも地面を蹴る。


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