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49 生活

今日は借りた家の掃除と、庭の草刈りを手分けして行うことにした。


俺は外。伸びっぱなしの草を刈って、枝が暴れている木を手入れする。

リナは家の中担当。井戸水を汲んでは雑巾を絞り、黙々と床や窓を拭いている。


「……おい、リナ。井戸、水冷たいだろ」


「冷たいけど? 気持ちいいよ。ほら、こうやってバシャッてすると」


「やめろ! まだ朝だぞ!」


言ったそばから、リナは手についた水滴を俺の方に飛ばしてきた。

俺は反射的に身を引く。引いた先で、刈りかけの草が足に絡んで体勢を崩した。


「ぷっ……!」


「笑うな!」


「だって、あはは。ユウト、庭仕事苦手そう」


「庭仕事くらい散々やってたわ!見てろよ!」

セラの家で庭の手入れも少しはやっていた。

散々と言うほどでもないが。



この家、造りはシンプルだ。寝室が二つ、キッチンとリビング。

そして書斎がある。


壁には棚が埋め込まれていて、本を並べられるようになっている。

棚の空っぽ具合が、逆に夢を煽る。


「すげぇ……書斎だ」


「本、いっぱい置けるね」


「置けたらな……本って高いんだよ……」


「じゃあ稼げばいいじゃん」


それができたら苦労しないんだよ、と言いかけて飲み込んだ。

最近の俺は、どうも現実を口にするまでが早い。



夕方近くになって、ようやくひと通り片付けが終わった。

床はきれいになり、庭も最低限の通路ができた。木の枝も形が整った。

途中でバルネス商会から家具の配送もあった。仕事が早すぎる。


リビングに置かれたテーブルは年季が入っているがつくりは立派だ

俺とリナは正面に向かい合って座り、俺は真面目な顔を作って切り出す。


「リナ。金の話、しとくぞ」


「うん。お金、大事」


「ちゃんと考えててえらい」


「えへへ」




俺は小袋を三つ用意して、床に並べた。


「報酬についてだが、まず三分割にしよう。俺用、リナ用、それとパーティ管理用」


「パーティ管理用?」


「経費だ。家賃、食費、消耗品、ギルドの手数料とか。あと、ダンジョン用の縄とか、保存食とか

 それで武器とか個人装備は、基本は個人の財布から。俺の剣も折れたしな」


言うと、リナが「あー……」と気まずそうに目を逸らす。


「……折れたの、ユウトが悪いわけじゃないよ?」


「んー、まぁ」


言いながら、折れた刀身の感触が胸に引っかかった。

ブラムさんの剣。借り物じゃない。貰い物だった。

……次に会ったらちゃんと頭を下げないとな。


「で、いま資金は金貨260枚。リナと俺で90枚ずつ、管理用に80枚」


「90……! 90枚……!」


リナが袋を抱えて、頬ずりしそうな勢いで喜ぶ。


「わーい! 富豪! 富豪になった!」


「静かにしろ。まだ富豪じゃない」


「じゃあ何?」


「……一瞬だけ景気の良い冒険者」


「言い方、夢がなさすぎ」


「剣が金貨50枚するなら、余裕があるとは言えないだろ」


俺が真面目に言うと、一瞬真面目な顔になったがすぐに笑った。


「でもさ、しばらくは肉食べ放題じゃん」


「お前の欲しいもの、肉かよ」


「あと屋台。あと甘いの。あと……」


「増やすな増やすな。管理用が溶ける。それにキッチンもあるんだから、自炊するぞ」


「しよしよー」

食い物だったらなんでもいいんじゃなかろうか。



それから早速買い出しに行くことにした。


「じゃあ、行ってくる。留守番よろしくな」


「はーい。泥棒来たら木剣で叩く」


「殺すなよ」


「手加減くらいできるし」

番犬としては申し分なさそうだ。



市場は活気があった。

野菜、果物、穀物、肉。乾物、香草、塩、油。見ているだけで楽しい。


「……まずは調味料、塩と……」


献立を考えながら歩いていると、首筋をさらりと撫でられたような感触があった。


「っ……!」


反射で肩が跳ね、振り返る。


誰もいない。

すれ違ったのは、荷を背負ったおじさんと、籠を持ったおばさん。

子どもが走っているが、俺まで届く距離じゃない。


「……気のせい、か?」


空気が冷えたわけでもない。鳥肌だけが残る。



俺は気を取り直して、食材を買い込んだ。肉も野菜も、香草も。

気づけば両手が塞がり、肩から下げた袋がずっしり重い。


……帰ろう。



家に戻ると、リナが玄関を開けて待っていた。


「おかえりー!」


「……ただいま。荷物、半分持て」


「はーい。重っ。ゆうと、どんだけ買ったの」


「当面の食料。あと……冷蔵庫があるから調子に乗った」


そう、この家には冷蔵庫がある。


魔道具としての冷蔵庫だ。内部に温度を下げる刻印が組まれていて、魔石を嵌めれば起動する。

S2規格の魔石なら、二年ほど稼働できるらしい。魔力が切れたら交換。


「これ、すごいよね。村でこんなの見たことない」


「文明ってすごい」


そしてコンロも同じ仕組みで、火を出せる。

ただ、こっちは消費が激しくて、S2でも二か月ほどで交換が必要。

薪を使う家が多いのも納得だ。


「薪より便利だけど、金は飛ぶな……」


「でもユウト、魔石、自分で充填できるんでしょ?」


「そうだな、おかげで使い放題だ」



夕飯は俺が作った。

村では使ったことのない食材が多くて、味が思ったよりまとまらない。


「……どう? 食える?」


「うん。おいしいよ」


リナが口いっぱいにして言う。説得力はある。


「明日はもうちょいマシにする。香草の使い方を覚える」


「楽しみに待ってるね」


「……はいはい」


家ができると、こういうやりとりが自然にできる。




食後、片付けを終えると、リナがソワソワし始めた。


「ね、ユウト。ね」


「……何だ」


「剣! 剣やろ!」


「散歩って言った犬みたいな目をするな」


「だって、三日ぶりくらいだよ? ちゃんと振るの!」


そう言われると、俺も体がむずむずする。

ダンジョンで振ったのは、戦いであって稽古じゃない。


「じゃあ庭で。木剣だ」


「いえー!」




正統派。対人戦に特化した型。

木剣を握って構えると、体が勝手にいつもの位置に戻る。


最初はゆっくり。距離、踏み込み、切っ先の線。

変な癖がついていないか、互いに確かめるように打ち合う。


「……リナ、踏み込み速い」


「遅いのはゆうとでしょ」


「うるさい」


次第に速度が上がり、手数が増える。


俺は身体操作を混ぜて食らいつく。

だが、基本的にはやられる。リナの剣筋は鋭い。雑に見えて、急所を正確に抜いてくる。


「はい、首」


「くっ……!」


「はい、手首」


「やめろ、次いくぞ!」


「はい、膝」


「……ちょっと待って。いまのは待て」


「待たないのが実戦ですぅ〜」


くそ。こいつ、楽しんでる。


何度も何度も打ち込まれて、最後は腕が痺れた。


「……ボコボコだ」


「うん、ボコボコ。あー楽しかった!」


息ひとつ乱してないのが腹立つ。


ただ、俺は冷静に思う。

これ、俺の訓練にはなる。でもリナの訓練には強度が足りない。


俺が上がらないと、リナの訓練にはならない。

……現実を突きつけられる。


それにもう一つ問題がある。


いつもなら、ボコボコにされたあとにセラが治してくれた。

回復魔法で筋肉の傷も、打撲も、疲労もなかったことにしてくれた。


でも今は、ここではそうはいかない。


寸止めで稽古を続ければ安全だ。

でも、寸止めの癖がつけば、いざという時に振り抜けなくなる。

実戦でそれをやったら死ぬ。


「……考え事?」


リナが木剣を肩に担いで、覗き込んできた。


「そう。考えごと」


「何? またお金のこと?」


「金もだけど……訓練だ。俺が弱くてリナの訓練にはならないし、怪我が続くと後に響く」


リナはしばらく考えて、ふっと口角を上げた。


「じゃあさ。回復役、探す?」


「簡単に言うな」


「でも必要でしょ?」


「まぁ確かに」


課題としては、良い人を探すことと、雇うことによる資金不足。

腕をさすりながら、俺は夕暮れの庭を見た。


セラの家の環境が、どれほど成長に向いていたか。

離れてから、ようやく分かる。


「……とりあえず資金が増えてからだな。またギルドに行って考えよう」


「おっけー!」


リナは即答して、また木剣を構えた。


「じゃあ、もう一本!」


「待て、腕が……!」


「大丈夫大丈夫。折れない折れない」


「折れるのは俺の心だよ!」


結局この後、俺の心が折れるまで10本ほど付き合うこととなった。


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