48 家探し
家を借りるつてがないので、一番近そうな知り合いと尋ねる。
バルネス商会に向かうとエミルを呼んでもらった。
「お久しぶりです、ユウトさん。リナさんも。今日はどうされました?」
「ちょっと相談があって。まず家を借りたいんだ」
「住居ですね。承知しました」
エミルは仕事のスイッチが入ったように、すぐに確認を取ってくる。
「ご希望はありますか? 場所、間取り、予算など」
「月に金貨六枚くらいで、寝室が二つあれば十分。あとは……ギルドまで遠すぎないと助かる」
「分かりました。その条件でこちらで見繕っておきます」
そう言うと、エミルは近くの部下らしき青年に短く指示を出した。
「条件は今の通り。治安と距離、あとは未成年の賃貸条件も含めて候補をいくつか」
「承知しました」
仕事が早い。俺が「どうしよう」と頭を抱える暇がない。
「助かるよ。ありがとう」
「いえ。……それで、他にも用件が?」
「あ、そうだ。武器が……欲しい」
言った瞬間、リナが横で「折れたね!」と元気よく頷いた。
頷くな。心が痛む。
エミルは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに落ち着いた声で言う。
「それは……困りましたね。では、僕の知っている鍛冶師のところへ案内します」
「忙しいだろ。大丈夫か?」
売ってる場所だけ教えてもらってもよかったのだが、案内してくれるようだ。
「大丈夫です。ユウトさんの用件は最優先ですから」
断る隙がない。リナは既に楽しそうだ。
「武器屋さん! 行こ行こ!」
エミルに連れられて歩き始めたが、道がどんどん細くなる。
「……この辺、通ったことないぞ」
「職人はこう言うところを好む人も多いです」
石造りの家に挟まれた狭い路地をさらに進み、角を曲がった先に小さな看板が見えた。
金槌のマーク。
「ここです」
扉は古いが、蝶番の音が妙に静かで、手入れされているのが分かる。
エミルが先に入って声をかける。
「こんにちはー」
続いて中に入ると、カウンターがあるだけで、武器が並んでいない。
壁に剣がずらり、みたいな景色を想像していた俺は面食らった。
「……ほんとに店?」
エミルの声から少したって、奥からぶっきらぼうな返事。
「……どうした、坊主」
足音がして、奥から老人が出てきた。
いや老人のはずなのに、背筋が真っ直ぐで、目が鋭い。手の節が太い。年齢が読めない。
坊主呼ばわりされてるのに、エミルは慣れた様子で頭を下げる。
「武器の作成依頼です」
(作成依頼!?)
店頭に置いてあるものを購入するだけと思っていたので困惑する。
エミルが簡潔に言う。
「先生。この方に剣が必要で」
老人の視線が俺に刺さる。
「……お前か?」
「は、はい。ユウト・アマギです」
「年は」
「15です」
「で、剣が必要な理由は」
「折れました」
老人の眉間に皺が寄る。
「折った、じゃなく折れたか」
違いがあるのだろうか、よく分からない。
「どんな相手だ」
「轟穿カニです。共鳴鎚ってやつで……」
「なるほどな」
即答だった。少し救われた気がする。
「どんな剣がいい?」
俺は折れた剣。ブラムさんにもらった剣の残骸を差し出す。
「これに近い感覚が欲しいです。握りと、重さと、バランスが……」
老人は受け取ると、ほうほう、ふむふむ、と撫で回し、断面や鍔をじっと見る。
「……いい剣だな」
「そうなんですか?」
「なかなかのもんだ。」
老人は奥から一本持ってきて、俺に差し出した。
「振ってみろ」
「ここでですか?」
「やれ」
言葉が短いんだよなぁ
俺は壁と天井を確認し、最小限の振りで素振りする。
手に馴染む。重心が素直に前へ出る。
「……これ、近いです」
折れた剣にだいぶ近い。と言うかこれで十分な気がする。
老人は俺の反応を見て鼻を鳴らした。
「わかった。作ってやる」
「え、今ので決まるんですか」
「決まる」
そして、さらっと言う。
「出来るまで、そいつを持ってけ」
「借り物でダンジョン……?」
「折るなよ」
「……はい」
横でリナが「胃が痛いね」みたいな顔をしている。俺もだ。
折ったら言葉短く怒られそうだ。
店を出る前に、ずっと気になっていたことを聞いた。
「……あの、いくらになりますか?」
老人は面倒そうに言う。
「出来てから言う。材料と手間で変わる」
ぶれ幅が怖い。
外に出てから、俺はエミルに小声で聞いた。
「だいたい、どれくらい……?」
「素材次第かと思いますが金貨20から50枚くらいですね。」
「20から50って……30枚差あるけど、それ誤差なのか……?」
リナが横から刺す。
「ユウト、今金貨220枚あるよ?」
「あるけど、油断したらこう言うのはすぐ無くなるから」
エミルは少し考えて言った。
「足りなければ、こちらで出しておきます。出世払いでも」
「さらっと言うな! 怖い!」
でも、エミルの声は本気で心配しているというより、当然の提案のようだった。
「それに、ユウトさんが使っていた剣ですが、あれはそこらの武器屋で買える品ではありません。
ブラムさんが手放したからといって、軽いものではないですよ」
「……そうだったのか」
胸の奥がちくりとする。
折れた剣を思い出して、今さら申し訳なくなった。
「今度、ちゃんとお礼言う」
「それがいいと思います」
商会に戻ると、ちょうど候補が揃ったらしい。仕事が早い。
「物件は、3つあります。今から見に行きましょう」
「え、流石にもういいって、忙しそうだよ」
物件を探してくれた人も、すぐに小走りに去っていった。
「大丈夫です。現地を僕も確認したいので」
にこりと爽やかに言ってくる。
申し訳ない気持ちもあるが、そこまで言われてはしょうがない。
歩きながら、近況をぽつぽつ話す。
こちらはあまり大げさにせず、軽く触れる程度のつもりだったが。
「実は、この間ダンジョンで……色々あってさ」
「……色々?」
エミルの足が一瞬だけ止まる。
「崩落に巻き込まれて、三日くらい帰れなかった」
「……え」
声が小さい。品のあるエミルが、珍しく言葉を失っている。
「今朝ギルド長のところで報告して、ようやく落ち着いた感じ」
エミルは深呼吸して、短く言った。
「……本当に、ご無事でよかったです」
リナはケロッとしている。
「うん! でも楽しかったよ!」
「……楽しいの基準が壊れてませんか」
そんなやり取りをしているうちに、一件目に着いた。
石造りのしっかりした建物。廊下に扉が並ぶ。
「集合住宅です。治安は良い区域ですね」
部屋に入ると、キッチン兼リビング、奥に寝室が二つ。
「わ、ちゃんと二部屋!」
リナが楽しそうに回る。
確かに悪くない。ギルドにも近い。
優等生物件だ。
「ここでも十分だな」
「もう2件ありますから、見てから決めましょう」
エミルがそう言うので、次へ。
少し歩いて郊外へ。
塀に囲まれた一軒家。庭が広い。
「うわ、庭あるね! 最高!」
リナが駆け出しそうになるのを、俺は首根っこで止める。
「走るな。まだ借りてない」
中に入ると、薄暗い。家は古い。
だが、床は抜けていないし、壁も致命的には傷んでいない。
掃除をすれば使えそうだ。
リナの反応を見ようと振り返ると
さっきまで騒いでいたリナが、一言も話さなくなっていた。
ふざけた冗談も言わず。気配さえ薄くなっていた。
リナは何も言わず、壁にそっと手を当てる。
次に、古いテーブルの縁に指先を滑らせる。
そして、何もない空間を、ぼんやりと見つめた。
「……リナ?」
呼ぶと、リナははっとしたように目を瞬いた。
「ん、なに?」
「どうした。急に静かになった」
「え? ……いや、なんか」
リナは少し言葉を探してから、肩をすくめる。
「ここ、落ち着く」
それだけ。
理由は言わない。言えないのか、言語化していないのか。
横でエミルが慎重な声を出す。
「一応、お伝えしておきます。この家は良くないものが出るという噂があります」
「……誰か死んだとか?」
「不審死の記録はありません。ただ、夜に物音がする、何か見える、という話が
10年前に教会の司祭が祈祷に来た記録もありますが、噂は消えませんでした」
だがリナは、噂を聞いても表情が変わらない。
「うん、大丈夫」
静かに、力強く言う。
普段とのギャップが大きく戸惑う。
でも、さっきのリナの静けさが頭から離れない。
もう何かに取り憑かれてるじゃないだろうな。
俺は家の中をもう一度見回す。
確かに古い。だが、妙な寒気はない。嫌な気配も……今の俺には分からない。
「……ここでいい。決まり!」
リナはまた元のテンションに戻る。
戻るのが早い。さっきの静けさは何だったんだ。
もう一件あるはずだが、こうなったら行くだけ無駄だろう。
「ここでお願いします」
そういうとエミルは小さく頷いた。
「では、こちらで契約を進めます」
商会に戻ると、契約は驚くほどスムーズだった。
「未成年ですので、本来は保証人か保証金が必要ですが」
物件を探してくれたエミルの部下が言いかけたところで、エミルが即答する。
「商会で保証します。保証金は不要です」
「……承知しました」
「何から何まで……本当にありがとう」
「いえ。我が家の恩人ですから」
さらっと言う。
ありがたい。ありがたいんだが、借りが随分と増えていってる気がする。
(……返さないとな)
俺がそう思っていると、リナが手を叩いた。
「よーし! まずは宿のおばちゃんに離れる挨拶! それから掃除! 引っ越し!」
「大変だな……」
「楽しみ!」
エミルは苦笑しながらも言った。
「必要なら最低限の家具は商会倉庫から手配できます。中古でよければ安いですよ」
「助かる。それでよろしくお願いします。」
「じゃあ……行こう。ここからが生活のスタートだ」
リナは嬉しそうに前へ出る。
生活基盤を整えて、収支を安定させていこう。




