43 攻略
オーガに水をかけて湯気があたりに広がる
視界を多少でも奪えた。
俺は白く立ち込める湯気の縁をなぞるように回り込み、背後へ滑り込む。
オーガは湯気越しにこちらを追う。
耳障りな唸り声。
それから、棍棒が空を裂く音。
ゴォッ……!
振り返りざまに叩き潰そうとするが、狙いが甘い。
見えていない。音だけを頼りに振っている。
床が割れ、石片が跳ねる。あの一撃が当たっていたら俺は壁の染みになっている。
冷静に。見極めろ。
俺は腰に差していたナイフを抜く。短い刃。だが今はこれでいい。
同時に、小さく詠唱を唱える。タイミングが命だ。
「グラスプ・エン・セルン・アビス」
魔力が刃にまとわりつく感覚。
「……今だ」
背中へ。肋骨の下。肺の奥へ通す角度。
硬い筋肉を押し裂くように、ナイフを上へ突き込む。
ズブリ、と嫌な手応え。
そして、刺し込んだ瞬間に。
「フロスト」
刃が一気に冷える。
触れた肉が凍り、熱を奪っていく。
一定の間隔で鳴動していた体内の光が乱れている。
「効いてる……!」
オーガが吠える。
暴れ回る。
背中を振り回し、棍棒を振り回し、腕を振り回す。
体の動きが大きすぎて、俺の体ごと引きずられる。
腕が抜けそうだ。肩がちぎれそうだ。
それでも手を離さない。離したら魔術が止まる。
「くっ……!」
体内の熱を奪い続ける。
ナイフ越しに、冷えが広がっていくのがわかる。
オーガの動きが、ほんの僅かに鈍る。
いける。
そう思った瞬間。
ドンッ!!
肘が入った。
腕の振り回しに巻き込まれて、俺の脇腹に直撃した。
「ぐっ!」
視界が白く弾け、息が抜ける。
体が宙を舞い、背中から床に叩きつけられた。石の冷たさと衝撃で、肺が潰れる。
咳が出る。血の味がする。
転がりながら距離を取り、上体を起こした瞬間、オーガが膝をついたのが見えた。
ナイフは、刺さったままだ。
そこから冷気がじわじわと広がり、赤黒い鈍光が一瞬だけ強く脈打ったあと、弱くなった。
「今だ……!」
俺は身体操作を最大に上げる。
地面を蹴った感覚が薄い。代わりに、体が前に滑るみたいに進む。
一瞬で距離を詰め、借り物の剣を抜き切る。
マルツェンの剣。俺の愛剣より重い。癖も違う。
「――っ!」
横一線。
首を狙って、渾身の水平斬り。
刃が肉を裂く抵抗。
骨に当たる鈍い感触。
それでも最後まで押し切る。
ザン、と遅れて音が追いついた。
首が落ちるまで、ほんの一拍。
巨体が揺れ、遅れて頭が床へ落ち、重い音が広場に響いた。
ドン……。
オーガの体内で鳴動していた赤黒い光が、脈動するたびに少しずつ暗くなりやがて、完全に消えた。
「……倒した」
「おい、マジかよ。やりやがったな」
マルツェンが独り言のように呟く。
息が、遅れて戻ってくる。
膝が笑っている。肩が痛い。脇腹が熱い。多分、痣どころじゃない。
でも、生きてる。
ふとリナの方を見ると、ほぼ同じタイミングで向こうも決着していた。
こちら以上に派手な動きはしていない。
ダメージも負っていなさそうだ。
相変わらずだ。
リナと目が合う。
(白の梟団の方、行く?)
口に出さなくても通じたみたいで、リナが頷く。
白の梟団は苦戦しているが、致命傷は出ていない。連携が崩れていないのが救いだ。
「よし……もう一仕事」
そう思った瞬間。
ゴゴゴゴッ!!
広場の端、壁が大きく震えた。
岩が内側から押し上げられるように盛り上がり、亀裂が走り、次の瞬間
ドンッ!!
壁が崩れ落ちた。
粉塵が舞い、ランタンの灯りが一瞬で掻き消される。
石が雨のように落ち、耳の奥が痺れるような低い振動が響いた。
この音。
この腹にくる嫌な唸り。
「……カニだ」
轟穿カニ。
このタイミングで、出てきたか。
粉塵の向こうから、金属みたいな外骨格がぬらりと姿を現す。
脚が床を削り、鎚腕がぶら下がっているだけで、空気が震える。
距離的に俺が一番近い。
「……やるしかない」
俺は剣を握り直した。
一度やっている。
覚悟を決めて、向き合った。




