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40 ダンジョン

マルツェンは瓦礫の山を背に、地図を膝に広げると書き込んでいく。

折れた脚を固定したせいで動きは鈍いはずなのに、視線だけは鋭いままだ。


「……崩落の位置から考えると、この辺りか」


指が地図の端で止まる。そこから先は、何も描かれていない空白だ。


「広場の左側の通路がやはりどこかにつながっているかもしれない。行こう」


マルツェンは立ち上がると歩みを進める


「ここもカニが掘り進めてたんだろう。掘削者がいると、こういう新しい道や落とし穴ができる」


俺は崩落した穴を思い出して、ごくりと喉が鳴った。


「前に来たとき、あんな音……鳴ってませんでした」


「昼間だったから気づかなかっただけかもしれん」


「昼……? ここ、昼も夜もないですよ?」


リナが首を傾げる。俺も同意だ。管理されたルートとは違い、ここはランタンがなければ暗闇だ。


マルツェンは、眉ひとつ動かさず言う。


「確かにな。だがどういう理屈かはわからないが、そういう魔獣も多い。」


「話は変わるが救助もそのうち来るかもしれない」


マルツェンが淡々と続ける。


「崩落の跡を見て気づけばな。ただ、このダンジョンはギルド規約のせいで人が少ない。

 Dランクだけじゃ入れず、Cランク向けにはレッドダンジョンがあるからな」


リナが口を尖らせる。


「確かにあの規約困るよねぇ」


「だがお前らが未成年で夜間受託不可なのは知ってるな。だから、ギルドは帰還報告がない時点で動く」


マルツェンは地図を軽く叩いた。


「明日の夜になっても帰還報告がなければ、捜索は始まる。かもしれない」


そこで一拍、間が落ちる。


「崩落地点が危険で降りられないと判断されれば、捜索は上からの掘り返しになる。時間がかかる」


言葉が乾いていた。

希望はある。でも、それに縋るのは危ないそういう口ぶりだ。


「だから、自力脱出を試す」


マルツェンが俺の方を見る。視線が短く鋭い。


「ユウト。……剣、折れたな」


「……はい」


胃の奥がきゅっと縮む。ブラムさんの顔が浮かぶ。


マルツェンは自分の腰の剣を外し、鞘ごとこちらに差し出した。


「俺のを貸す。戦闘はお前に頼む」


「え、でも……」


「俺は歩けねぇし、片腕も使い物にならねぇ。持ってても意味がねぇ。お前が使え」


受け取ると、ずしりと重い。

俺の剣より少し重く、重心が前だ。いかにも戦うための剣という感じがする。


「だがまずは、カニの素材回収だ」


マルツェンは顎で轟穿カニの死骸を示した。


「掘削系の魔獣は魔石を持ってることが多い。……この悪運もお釣りが来るかもしれん」



俺とリナで手分けし、死骸の腹側の薄い部分の裂け目から内部を探る。

生臭い湿気。鉄みたいな匂い。

触るとぬるりとして、ぞっとする。


「……あった」


俺の指先に、硬い球が当たった。

取り出すと、鈍い光を帯びた魔石。拳ほどの大きさだ。


「でか……!」


リナが思わず声を上げる。


「油断するな。まだ来るかもしれん」


マルツェンが言う。

確かに、ここの全貌がまだ分かっていない。

作業を手早く済ませていく


俺たちは魔石核と、軽そうな素材(殻片や音嚢らしき袋)だけを最低限回収して、先へ進むことにした。


「行くぞ。……ゆっくりだ。」


マルツェンがそう言うが、言う本人が一番苦しそうだ。

轟穿カニの発達していない小さな足をもいで、それを杖代わりにして歩いている。



「生きて帰ったら、金貨一枚じゃ足りないですね」


俺が言うと、リナがぷっと吹いた。


「ユウト、今それ言う?」


「はは。……余裕があるならいい」


マルツェンがほんの少しだけ口角を上げた。



進む手元の明かりは、火ではなく魔石式のランタンだ。

淡い光が、岩肌の凹凸と湿り気を浮かび上がらせる。

影が濃い。闇は奥ではなく、すぐ脇にまとわりついている。


分岐があるたび、俺はナイフで壁に小さな刻みを入れた。

マルツェンも地図を書き進めているが、

念の為にどちらから進んできたか目印をつけていく。

迷ったら終わる。戻り道が分からなくなったら、もっと終わる。


どれくらい歩いたか。

時間感覚が薄くなる。ここは昼も夜もない。空も見えない。歩数だけが現実だ。


その時、遠くで声がした。


呻くような、低い声。


ググ……ググ……。


反響するせいで、前からなのか後ろからなのか、距離が分からない。

背中の皮膚が粟立つ。


マルツェンが低く呟いた。


「……シャドウファング(影牙狼)だ」


「シャドウファング……」


俺は思わず息を止める。昨日換金した素材の名前が、蘇る。


「数が多いな、厄介だぞ。群れで狩る。追い回す。眠る隙を与えず、疲れた獲物から喰う。

 厄介なのは、ばらけさせて一匹ずつ仕留めることだ」


マルツェンは周囲を睨む。


「前に倒した時はそんなに大変ではありませんでしたが」

と、仕留めたやつを思い出す。


「上層にいるのはだいたい群れから追い出された連中だ。単独なら脅威は低い」


なるほど


俺たちは速度を落として進む。

足場の整っていない洞窟でも、轟穿カニが通れる穴だ。人間が進む分には通路幅は十分。

……その分、敵も通れる。


進んでいると、ランタンの光が奇妙なものを照らした。

岩の影に、ぬらりとした大きな体。鎧みたいな鱗。


「……アーマードリザード」


巨大トカゲ。

ぬるりとした皮膚。ちろりと長い舌。口を開けると大きな牙が光る。

顎がでかい。腕を噛まれたら、持っていかれる。そういうサイズ感だ。


「避けますか?」


俺が囁く。


「無理だ。通路が狭い。刺激したら突っ込んでくる」


マルツェンの声が硬い。



「来るぞ」

俺が言うと、リナが頷いた。

でも、その目は鋭い。


俺はマルツェンの剣を抜いた。重い。

剣が手に馴染む前に、アーマードリザードの鼻が動いた。こちらの匂いを嗅いでいる。


次の瞬間、突進。


「来る!」


俺が踏み込む。

正面から受けない。俺にとっては未知数の魔獣だ。

横へ。斜めへ。力を逃すためのブラムさんに叩き込まれた動き。


だが足場が悪い。砂利が滑る。

ほんの一瞬、踏ん張りが遅れた。


顎が迫る。


(やば――)


リナの剣が横から入り、顎の側面を叩いて軌道をずらした。

それでも、爪が俺の脇腹をかすめる。


布が裂け、皮膚が熱い。


「っ……!」


「ユウト!集中!」



してるつもりだ!弱くてごめん!

頭の中で謝罪する


そのとき、背後で唸り声。


グルル……。


シャドウファングが、暗闇の縁に姿を現した。

一匹、二匹。いや、もっといる。

こちらに届かない距離を計って、目だけ光らせている。


「うざっ……!」


リナが舌打ちする。


俺がシャドウファングに身体を向けた瞬間、そいつはすっと闇に溶けた。

挑発だ。集中を削るための。


「こいつら、誘導してる……!」


「後追いするな。ばらけさせるのが目的だ」


マルツェンが息を吐く。


「リザードを先に片付けろ。狼は後だ」



その一言が、背筋に冷水を流す。


俺は水魔術を使うことにした。派手にはできない。短く。


手のひらに魔力を集め、圧縮。

狙いは目。


「ウォーター」


パシュッ。

細い水圧がアーマードリザードの眼球を打つ。

ぐ、と頭が逸れた。


「今!」


リナが踏み込む。狙うのは鱗じゃない。

首の付け根にある鱗の隙間。筋の走り。


ギギ、と嫌な音。刃が滑る。完全には入らない。


「硬っ!」


「焦るな、切れ目を探せ!」


力づくで切りつけても弾かれるだけだ。


斬撃を続けると次は入った。

アーマードリザードが悲鳴を上げ、暴れる。


その暴れに合わせて、シャドウファングの影が二つ、左右にちらついた。

間合いを測っている。今、俺たちが崩れたら来る。


「……っ」


俺は歯を食いしばり、剣でアーマードの頭を押さえ込む。

重い。腕が震える。


リナが最後に、首の奥へ短く突きを入れた。

アーマードリザードの体が、がくんと落ちた。


「っ、終わり!」


「終わりじゃない!」


マルツェンが叱咤する。


案の定、シャドウファングが一匹、距離を詰めた。

だが、すぐに引く。

こちらが構えを崩さないことを確認して、また闇に消える。


……本当に嫌な奴らだ。




息を整える暇もない。

進んで数十歩、今度は天井に何かが張り付いていた。


鎖みたいに節が繋がった、硬い体。

巨大ムカデ。脚が多すぎる。


「……チェインテイル」


俺は顔を引きつらせる。


「キモい。無理」

虫怖い。更にでかいとか。


「無理とか言ってる場合じゃねぇ」


マルツェンの声が冷たい。


「飛んでくる。絡みついて噛む。毒を入れる。引き剥がそうとすると肉が持っていかれる」


それは無理とかいってる場合じゃなかった。



その瞬間、チェインテイルが落ちた。

落ちるというより、跳んだ。

バネみたいにしなって、こちらへ。


俺は剣で受けようとして、止めた。

受けたら足に絡まれそうだ。

斬るんじゃないて。叩き落とす。


足元へ水を散らし、泥と砂利を滑らせる。

チェインテイルの着地がわずかにずれた。


リナがその隙に、頭の付け根を狙って刺す。

……だが外殻が硬い。弾かれる。


「通らない!」


「腹だ、腹側! 節の間!」


マルツェンが怒鳴る。


チェインテイルは体をくねらせ、リナの足首に巻き付こうとする。

リナが半歩遅れた。


「っ、リナ!」


俺は剣を振り下ろすでも、巻き付かれたら切れない。

代わりに、水圧を節の間に叩き込む。

隙間に入り込んだ水に戸惑ったのか、わずかに動きが止まる。


「いま!」


リナが体勢を崩しながらも腹側へ一撃。

節の間に刃が入った。


チェインテイルが甲高い声を上げて跳ね回る。

その跳ねる動きが、またシャドウファングを呼ぶ。


今度は前後に2匹ずつ。

闇の中で、目が4対光った。


「うわ、きっしょ……」


リナが震える声で呟く。


狼たちは来ない。来ないが確実に追い込んでいる。

俺たちの集中が削れていくのを、楽しんでいるみたいに。


ようやくチェインテイルを沈め、息を整えようとしたところで、足元に水たまりが見えた。

黒い。妙にテカっている。


マルツェンが叫ぶ。


「止まれ! コロージョンの酸だ!」


「酸!?」


「酸性スライムが作る水たまりだ。踏んだら火傷して動けなくなる。動けなくなったらそのうち喰われる」


聞いた瞬間、喉が鳴った。

暗闇でこれを踏んだら終わる。焦って走ったら終わる。

つまり、精神が削れれば削れるほど危険になる。


「……スライム本体は?」


「近くにいないこともある。水たまりだけ作って歩き回る。面倒なやつだ」


ほんとにこのダンジョン、いやらしい奴ばっかだ。


俺たちは慎重に進む。

マルツェンの分岐をメモする手も止まらない。

ランタンの光の外側が、更に黒く、暗く見える。


そして、壁からパラパラ、と小石が落ちた。


次に、岩が転がる。

……いや、転がったんじゃない。動いた。


「擬態だ! レゾナントガーゴイル!」


マルツェンが叫ぶ。


岩と同じ色、同じ質感。

暗闇とランタンでは見分けがつかない。

それが、爪を広げて襲いかかってきた。


硬い。爪が鋭い。

斬撃が通りにくいのに、当たればこっちが裂ける。


俺は剣を握り直し、ガーゴイルの腕を弾く。

重い反動が腕に返る。さっきから手が痺れている。

疲労が骨に溜まっていく感じがする。


(くそ、硬い……!)

この剣も折れないように気をつけなければ。


リナはシャドウファングの気配を警戒している。

ガーゴイルの相手を俺が引き受けた瞬間、背後の闇が濃くなった気がした。


「ユウト、後ろ!」


リナの声。


俺は反射で半身を引く。

闇から牙が閃いた。

シャドウファングが、ついに噛みに来た。


(来やがった……!)

切り付けるにはタイミングが最悪だった。

剣の腹で狼の鼻先を叩くのが精一杯だった。

追撃する前にすぐ引く。だが追わない。追ったら分断される。


「うざい!」


リナが叫びながら、ガーゴイルの脚へ斬りつけた。

脚は硬い。だが、膝の関節に狙いを定めていく。


同じく関節に狙いを定めていく。


膝の関節部へ蹴りを入れ、体勢を崩す。

ガーゴイルがよろけた瞬間、リナが腕の関節を狙って刃を滑り込ませた。


ギギ、と嫌な音。腕が落ちる。完全には落ちないが、動きが鈍る。


「もう一回!」


俺が水圧で関節部を削り、リナが同じ場所に追撃。

ようやく腕が外れた。


攻撃手段を減らしてから、喉元に刃を入れる。

派手な一撃ではなく。安全に処理を進めていく。



ガーゴイルが崩れ落ちたとき、俺は膝に手をついた。

呼吸が荒い。喉が痛い。

酸の匂いと血の匂いと湿った石の匂いが混じって、気持ちが悪い。


「……進みが悪いな」


マルツェンが低く言う。


その通りだ。

魔獣の遭遇頻度が高い。しかも嫌らしいやつばかり。

足元だけじゃない。天井も壁も見なきゃいけない。

ランタンの届かない奥は真っ黒で、視界の外側からじわじわ精神を削ってくる。


そして、シャドウファングの気配。

姿を見せては消える。消えては見せる。

眠らせないつもりだ。


俺は歯を食いしばり、リナを見る。

リナも息が荒い。汗が光っている。

それでも目だけは落ちていない。


「……とりあえず、休憩にしよう」


俺が言うと、マルツェンがすぐ頷いた。


「狭い場所。入口が一つ。背中を壁につけられるところを探せ。

そこで、呼吸を整える。水を飲む。保存食を食え。

そして交代で見張りだ。眠るな。眠ったら喰われる」


……休憩なのに、結局休めない。

それがダンジョンだった。


それでも、今ここで立ち止まらなければ、足が止まる。頭が止まる。

その先は確実に死ぬ。


俺たちはランタンの明かりを小さく絞り、壁沿いに、守りやすい場所を探して歩き出した。


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