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39 大物

II級のイエローダンジョンに入る当日の朝は、空気がやけに冷たかった。

まだ街が起き切っていない時間に、俺とリナはギルド前で待ち合わせる。


「よぉ。」


先に来ていたのはガロ・マルツェンだった。

昨日までの装備とは違い、ダンジョン用に整っている。

身に着けている革装備も、年季が入っている。

街中で見る冒険者っぽい飾り気がない。必要なものだけが、必要な位置にある。


「水、保存食、他。……持ったな?」


「はい。昨日指導で怒られたので」


「ならいい」


淡々と頷くと、マルツェンは俺たちの荷物を一度だけ指先で軽く叩いた。


リナは肩に荷物を背負い直しながら、やけに嬉しそうだ。


「ダンジョンだねぇ。やっと冒険者っぽいことできる!」


「調子に乗るな。ダンジョンで浮かれる奴から死ぬ」


「はいはい、こわーい」


口では軽口を叩くが、リナも目だけは真剣だった。

こいつは馬鹿じゃない。危ないのはわかってる。そのうえで、怖さより楽しさが勝ってしまうだけだ。


「行くぞ。入口まで走る。遅れたら置いてく」



そう言ってマルツェンは先に歩き出し、そのまま小走りに移った。


……結局、走るんだよな。



街の東門を抜け、土の道を走る。途中で街道から外れて、しばらく進む。

ダンジョンが近づくにつれて、空気の匂いが薄くなる。

森の匂いでも街の匂いでもない、湿った石の匂い。冷たい金属みたいな匂い。


入口付近には、見張り小屋と簡易休憩所がいくつか建っている。

人の出入りも多い。荷車が止まり、素材を運び出しているのが見える。



「到着!」

リナが目を輝かせる。

元気だな。


こっちは2回目ということもあり、まだ若干の緊張感があるのだが。



早速ダンジョンの内部に足を踏み入れると、音が吸われる感じがした。

呼吸の音がやけに大きい。砂を踏む音がやけに響く。


しばらくは、普通の探索だった。


コボルトの小隊。湿った壁にへばりつくスライム。

素早い鹿型の魔獣も混じる。


リナは速い。相変わらず、剣の軌道が綺麗だ。

速いだけじゃない。届く範囲、届かない範囲の判断が正確で、無駄がない。


俺は最低限の身体操作で立ち回り、リナの動きに合わせる。

小さく、短く、必要なだけ。


斬っては引き、下がったら追う。

二人で挟む。連携というより、自然とそうなる。


「……おい」


ふと、マルツェンが低い声を出した。


「お前ら、本当にDランクか?」


「一応、個人はEです。パーティはDランクに昇格しましたが」


「嘘だろ?どこで鍛えた」


ブラムさんの地獄訓練と、セラの魔力訓練を思い出して、俺は黙ってしまった。


リナが笑う。

「お父さんかなぁ」


間違ってはない


マルツェンは何とも言えない表情をしていた。




「みっけ」

言うより早くリナが動き出して、鉄角ヤギを仕留める。


「いたっ」

再びリナが先行して胞子コウモリを捕まえる。


俺は仕留めた後の解体などを担当し、素材や魔石などの回収をする。

最初は負けないように集中していたのだが、差がありすぎて諦めた。

 

ちょっと索敵能力高すぎませんかね。


管理されたダンジョン内は壁にランタンのようなものが一定間隔で設置されている。

薄暗くなるところもあるが、気をつければ見えないほどではない。

途中までは前回と同じ道筋を進んでいたこともあり、道の記録の手間も省けて順調だ。


前回引き返した地点まではやってきた。ここからは未知の領域だが、

先にもランタンは続いている。時間的にも余裕があるので

もう少し先に進んでおきたいところだ。




さらに先に進み始めると、異変が発生した。


最初の異変は「音」だった。


ドゥゥン……

ドゥゥン……


どこからか、低い唸りみたいな振動が伝わってくる。

胸が小さく震える。歯が鳴りそうになる。


「……なんだ、これ」


俺が呟いた瞬間、マルツェンの顔が険しくなった。


「止まれ。動くな」


言い終える前に、耳をつんざくような轟音が響いた。


足元の感覚が急に無くなったと思って確認すると

直径5メートルほどの範囲が、陥没している。

さらに体に響くような音がダンジョン内を震わせると

陥没していた部分が一気に崩れ落ちる


「――ッ!」


遅れて、自分が落ちていることに気付く。


先ほどまで地面だった足元は瓦礫の岩となり転がるように落ちる。


転がる岩に巻き込まれたらひとたまりもない

集中のギアを一気に上げて、転がる岩を足場にジャンプする。


リナは宙で身体を捻って、瓦礫を避ける。

さすがだ。俺より空中の処理が上手い。


だがマルツェンは間に合わなかった。


「くそっ……!」


落ちる直前の声だけが聞こえた。


俺たちは瓦礫と一緒に、長い間流れ落ちた。

どれくらいの高さか正確にはわからない。

ただ、着地の衝撃は腹の奥まで揺れる。


俺は片膝をついて衝撃を逃がし、リナも転がって受け身を取る。

痛い。肘と膝が痺れる。

でも、折れてはいない。


「ユウト! 大丈夫!?」


「……なんとか……」


粉塵がひどい。喉が焼けるように痛い。

俺は咳き込みながら、周囲を探す。


周囲が先ほどまでとは違い真っ暗だ。

ランタンを点灯させて、周囲を照らす。



「マルツェンさん!」


すぐ近くに、瓦礫の山があった。

その向こうから、呻き声。


「……いる。生きてる。ゆっくり瓦礫をどかしてくれ」


声は冷静だ。

けれど、その声の下で、痛みを堪える息が震えている。


瓦礫をどけて見えた姿に、背筋が凍った。


マルツェンの片脚が、あり得ない方向に曲がっている。

腕も、肘のあたりから不自然に歪んでいた。


「……っ、折れてる……」


「折れてる。脚と……腕だ。自分でわかる」


自嘲気味に言って、マルツェンは歯を食いしばった。


「慌てるな。まず固定だ。止血確認。包帯と紐を出してくれ」


自分が重傷なのに指示が飛ぶのが、ベテランの経験といったところか。


俺とリナは、講習で教わった通りに動いた。

折れた脚に添え木を当て、布で巻き、紐で固定する。

腕も同様に吊る。痛みで汗が噴き出しているのに、マルツェンは声を上げない。



「……戻れますか」


俺が上を見上げる。

崩落した穴は、上まで繋がっている。真下に落ちたのではなくやや斜めに落ちたようだ。

出来上がった急斜面には瓦礫の岩がどこまでも積み上がっている


マルツェンが即答する。


「危険すぎる。体重をかけたら崩れて、上の方の瓦礫が転がってくるかもしれない」

 それにしても、ここまででかい崩落は流石に初めてだ。運が悪かったな」


マルツェンは痛みで顔色が悪いまま、苦笑した。


俺たちが、その身を案じながら言葉も出ずに黙っていると続ける。


「掘削系の魔獣が入り込むと、たまにこういうことが起きる。

通路が増えて迷宮となったり。落盤罠や落とし穴が増える。しかしこのサイズとはな」


(……最悪のタイミングで当たったな)


「ちょっと待ってくれ、今どこにいるかを調べる」


マルツェンは話し続けている。新人を落ち着かせようとしているのかもしれない

荷袋から、折り畳まれた地図を出した。骨折部が痛むのか手が震えているのに、目だけは鋭い。


「落ちた位置と角度からすると、多分地図にない部分にいるな。

 で、おそらく3階層くらいまでは落ちただろうが」




俺とリナは周囲を確認する。

湿気が濃い。冷たい水の匂いがする。

そして、さっきから奥の方で、あの低い振動が続いている。


ドゥゥン……

ドゥゥン……


「……あっちだな。嫌な音だ」


今ある道は、崩落によりここで行き止まりとなっている。

音の鳴る方にいくしかない。


マルツェンが苦い顔をした。


「確認しに行こう」


リナが即答し、俺も頷く。



マルツェンは自らの剣を杖代わりに支えて移動する。


痛々しいが、今はそんなことを言っている場合じゃない。




しばらく進むと、通路が広がった。

天井が高い。壁が妙に新しい。削れた跡が鮮明で、粉が舞っている。


「……掘りたてだ」


マルツェンが静かに、だが吐き捨てるように言った。


そして、見えた。


暗がりの向こう。

岩を削り、壁を割り、地形を作り変えている巨体。


甲殻、金属みたいに鈍く光る外骨格。

体高は人の背丈を遥かに越え、2.5メートル近く。

脚の一本一本が柱みたいで、体重は2トンはあるんじゃないか?


片腕だけが異様に大きい。

鎚のように膨らんだそれが、壁に振り下ろされるたび、


ドゥゥン……!


空間が鳴った。

音じゃない。振動だ。

近くにいるだけで胃が揺れる。


掘削作業がぴたりと止まる。


こちらの気配に気づいたのか、巨大なカニがこちらに近づいてきた。


「……轟穿ごうせんカニ……!」


マルツェンの声が、はっきりと震えた。


「あれはBランク指定だ。無理だ。逃げろ……と言いたいが……」


俺たちは同時に、背後を見た。

崩落した道は行き止まりだ。

ここを突破しないと、先に進むルートが取れない。


マルツェンが苦々しい顔で話す。


「お前ら、聞け。広場の左側に道がある。あそこへ行け!少しくらいは時間稼ぎする!」


リナが剣を構える。

目が、さっきまでの楽しいから完全に変わっている。


「……やるしかないね」


「やるか」


Bランク指定というものが、どういうものか分からないが覚悟を決めて対策を考える。



ダンジョン内で炎系魔術は危険だ。何の魔術が有効かを考える。


俺は深呼吸して、マルツェンが戦闘に巻き込まれないように、マルツェンから離れる。



「おい、待て、お前ら多少はやるかもしれんがあれは無理だ!逃げろ!」

マルツェンが叫ぶ


リナが先に出る。

一撃が甲殻に刃が当たる。


キィン、と嫌な音。

まるで鉄板を叩いたみたいに弾かれる。


「っ、硬っ……!」


轟穿カニが反応する。

鎚腕がゆっくり持ち上がり、こちらを向く。


ドゥゥン――!


床が鳴った。

俺たちの足元の砂が跳ねる。


(やばい。これ、衝撃じゃない。揺れが体に入ってくる……!)


「リナ、受けるな! 避けろ!」


俺が叫ぶ。

リナは横に跳ぶ。

鎚が床を叩いた瞬間、衝撃で床の石が波打つみたいに割れた。


「っ、うそ……!」


リナの顔が引きつる。

避けたのに足場が崩れる。


俺は身体操作で一歩踏み込み、カニの脚へ向けて斬りつける。

……だが、脚も硬い。背中も足も硬い。


「ユウト、通ってない!」


「わかってる!」



「関節の薄いところを狙え!爪の攻撃を受けるな、武器が壊れる!」

俺たちに向かってマルツェンが叫ぶ



確かに、関節部分には柔らかそうに見える部分がある。

そこだ。そこしかない。


俺は剣を引き、魔力を左手に集める。


なら、水を刃にする。


古代語を短く、必要最低限だけ唱える。

魔法陣を一瞬だけ描き、条件を詰める。


(細く、速く。……切るんじゃなく、裂く)


「ウォーター!」


パシュッ、と甲高い音。

左手の先から、糸みたいに細い水の線が飛ぶ。

圧縮した水が、関節部分に当たるも弾かれたように見えたが

若干の手応えがあった。



リナが踏み込み、同じ場所に刃を滑り込ませる。

今度は弾かれない。

衝撃音と共に刃が入った。


轟穿カニが呻く。

脚が一瞬、沈む。


「入った……!」


だが次の瞬間、爪が振り上がった。リナが間合いから逃げ出すまでに間に合わない。



俺は反射的に飛び出すと剣を構える。


振り下ろされる、巨大な爪は受けきれない。

少しでも逃すように力を抜く。


だが剣と爪が、触れた瞬間。

刃を通して、腕の骨まで振動が叩き込まれる。


「ぐっ……!」


手が痺れる。

剣が、鳴った。

金属が悲鳴を上げるみたいな、嫌な共鳴音。


そして、見えた。


刃に、細い亀裂が走っている。


(……嘘だろ)


次の一撃で、亀裂は一気に広がった。


ギンッ。


鈍い音がして

俺の手の中で、剣が折れた。


「……っ!」


ブラムさんにもらった剣。


胸の奥が一瞬で冷えた。



「ユウト!」


リナの声で現実に戻る。

俺は折れた刃の残りを握り直し、後ろに跳ぶ。





武器が無いとまともにはやり合えない。

だが何もなくても囮にはなる事は出来る。


間合いに入り、こちらへの注意を向けて、リナの負担を軽くする。

水圧の刃で、関節を少しでも削り、リナの刃が入る隙を作る。


リナは一撃で決めようとしない。

小さく刻む。

関節を狙って、確実に動きを削る。


轟穿カニは強い。

鎚が振られるたび床が割れ、砂が跳ね、視界が揺れる。

一度だけ、俺はまともに揺れを食らって吹き飛ばされた。


「がっ……!」


背中を打つ。息が詰まる。

視界の端で、マルツェンが歯を食いしばっているのが見えた。


「無理するな! 死ぬな!」


俺は頷き、立ち上がる。


パシュ、パシュ、と短い水圧の刃を連続で撃つ。

だが削れる。裂け目が広がる。


リナの剣が、そこへ滑り込む。

次第に、一本、また一本と、脚の動きが鈍っていく。


「……っ、重心が落ちてきた!」


リナが叫ぶ。


轟穿カニが体勢を崩した。

脚の一本が完全に沈み、甲殻の塊が傾く。


「倒れる!」



マルツェンが叫んでいる

「腹だ! 腹側を!」


轟穿カニが横倒しになった瞬間、腹側が見えた。

甲殻より明らかに薄い、膜と肉の境目。

えらのような部位が、脈打っている。


「そこ!」


リナが跳ぶ。

腹側へ剣を突き立て、刃をねじ込む。


ズブッ、と鈍い音がした。


轟穿カニが暴れる。

脚が空を掻く。爪が床を叩こうとするが、体勢が悪くて力が入らない。


俺は駆け寄り、折れた剣の刃を握りしめた。


(ここしかない)


腹側の裂け目へ、折れた刃を突き刺す。

勝負所と見て詠唱を唱える

「ナイレンケルト・マラ・サイ・ヴェクペント・オクト・ドゥール・ドゥ」


「ウォーター!」


水の量と圧力共に全開で体内に打ち込む。

バキッと音がすると、切り落とした関節部から水が噴出した。


轟穿カニの暴れが、急に弱くなる。


……ドゥゥン、と響いていた振動が、途切れた。


爪から出ていた音が、消えた。


「……止まった」


リナが息を切らして言う。

俺も、膝が笑って立っていられない。


その場に崩れ落ちそうになるのを、必死に踏ん張る。


「……よくやった」


マルツェンの声が聞こえる。

顔色は最悪なのに、目だけは笑っていない。


「お前らの強さが一体どうなってるのか聞き出したいところだが。……まだダンジョンの中だ」


そうだ。

倒した。生き残った。でも、帰れていない。


俺は折れた剣の欠片を見つめた。



リナが俺の肩を叩いた。


「ユウト、生きてる。よかった。さっきはありがとね」


「……うん。マルツェンさんも、生きて帰ろ」


俺は息を整え、マルツェンの方へ戻った。


轟穿カニの死骸が、背後で静かに横たわっている。

そして、さらに奥に続く闇は静かにこちらを覗き込んでいた。


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