表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/106

37 初ダンジョン

朝。まだ街の石畳が冷たいうちに、俺とリナはギルドへ向かった。


今日はダンジョンでの指導となる。


若干の緊張感を抱きながらギルドの扉を開けると、ロビーの空気がいつもより張っている。

冒険者は何人かいるものの、流石に夜明け前ということもありギルド内は静かだ



受付の横に、監査官のグレイブが立っていた。


背筋が真っ直ぐで、目が鋭い。

服は動きやすい簡易装備、腰には木剣。背中には革の小さな荷袋。



「来たか」


それだけ言って、俺たちを上から下まで一瞥する。

そして、眉がわずかに動いた。


「……お前ら、その格好で来たのか」


いつもの格好。つまり、剣と最低限の荷物。

日帰りのつもりで、身軽に来た。


次の瞬間、矢のような質問が飛んできた。


「水はどうした」

「食いもんはあるのか」

「道に迷って数日戻れなかったらどうする」

「負傷したら? 片脚潰れたら? 夜になったら? 雨が降ったら?」


矢継ぎ早に質問が来るが、何も言い返せない。


確かに改めて見てみると、事故があった時に対応できる装備じゃない。

そんなにいうなら事前に教えてくれという話でもないだろう。


全ては自己責任だ。自分でトラブル回避をしなくてはならないのだ。

日帰りだと思ったから、じゃない。日帰り予定でも帰れない可能性がある。


(……俺、油断してた)


「すみませんでした」


俺が頭を下げかけると、リナが小さく言う。


「ご、ごめんなさい……」


リナが素直に謝るのは珍しい。

それだけグレイブの圧が強い。


グレイブはため息一つだけ吐いて、指でカウンターを示した。


「借りろ。買え。すぐ」




受付のミレーネが、仕事用の笑顔で並べてくる。


水筒

保存食セット(固い乾パンみたいなもの+塩漬け肉の薄片)

簡易包帯、止血布

火口(簡易の火打ち石セット)

予備の紐と、簡易雨布(マント代わり)


「……必要なもの、全部ありますね」


俺が言うと、ミレーネは微笑んだ。


「新人の指導だとこういうことはよくありますから」


グサリと刺さる。かなりのダメージだ。


俺は用意してくれたセットを購入する。

水と火は魔術で何とかなるが、戦闘が続けば魔力切れもありえるだろう。

支出が痛いが、命には代えられない。


リナは水筒を振って確かめている。


「これ重い!」



「その重さが命の重さだ。」

グレイブが低い声で言う。


「用意できたな。行くぞ」




「ダンジョンの入口まで走るぞ」


「えっ」


俺の口から素で声が漏れた。

まさかこの人まで走るタイプとは思わなかった。


リナは逆に目を輝かせている。



グレイブは俺を見て言う。


「遅れるようなら緩めるから安心しろ」


そういいながら走るグレイブはそこそこ速い。

リナは余裕、俺は……ぎりぎり余裕。


街の東側の門を抜け、街道を外れて土の道へ。

朝の冷たい空気が肺に刺さる。

荷物が揺れるのを抑えながら走るのは、想像以上に疲れる。


(昨日までの薬草採取の走りとは別物だ……)


ダンジョンが近づくにつれ、周囲の空気が少しずつ変わった。

湿度が上がり、匂いが薄くなる。音が吸われる感じがある。


そして入口に到着した。




II級ダンジョン このダンジョンは通称、琥珀迷宮とも呼ばれているようだ。


巨大な岩壁の裂け目のような、暗い口。

その周囲に小屋がいくつか建っている。


ダンジョンの入り口近辺には簡易休憩所、物資置き場、そして見張り小屋などがある。

緊急時の救援班が待機することもあるらしい。


「ここがイエローダンジョン!」


リナが息を弾ませる。

俺は逆に、背筋が伸びる。


グレイブが前に立つ。


「いいか。イエローでも油断するな。入口周辺でも死ぬ」


「えっ?」



「ダンジョンに入った瞬間に急襲されることもある。命からがら出口まで戻ってきて

入り口を見て油断したところを襲われることも十分にある」


淡々とした声が、逆に怖い。

その後もダンジョン前での指導は続く


「スタスタ歩くな。罠がある」


「壁も気にしろ罠やモンスターの擬態があることがある」


「音を出すな。近づいてくる」


「背後も意識しろ、急に襲ってくる」



「入る前に確認。帰還点はここ。全員、目で覚えろ。出発点がこんなにわかりやすいとは限らない」


俺は入口の岩の傷、地面の白い石、見張り小屋の位置まで頭に叩き込む。


「では入る。歩幅は小さく。視線は足元と、奥を交互に」


ダンジョンの中は、外より冷たい。

土の匂いと、鉄みたいな匂いが混じる。


進んで数分。グレイブが唐突に言った。


「来るぞ。やってみろ」


来るの意味が分かったのは、直後だ。


影が、壁際から滑るように出てきた。

犬……いや、狼に似ているが目が不自然に赤い。魔獣。


「撃退しろ」


俺は剣を抜き、身体操作で一歩踏み込む。

剣筋を通す。首ではなく、まず脚、動きを止める。


リナは横から回って、速い。

動きが止まった魔獣の首を落とす。



「よし」

素早い連携にグレイブも評価してくれる。



その後も数種類、配置を変えて出てくる。

小型の牙持ち、素早い影、低く飛びかかる個体。


その都度、解体し売れそうな部位を回収していく

魔石はあったりなかったりだが、あれば優先的に確保する。

思ったより遭遇する魔獣の数は多い

(……ダンジョンって、ずっとこうなのか?)


戦闘自体は、特に問題なく対応できた。


最後の一体を倒した後、グレイブが珍しく褒め言葉を口にした。


「……お前らの強さなら、この辺りじゃ相手にならんな」


「……本当ですか?」


思わず聞き返す。嬉しいが、素直に受け取るのが怖い。


グレイブは鼻で笑った。


「ただし強いと死なないは別の話だ。忘れるな」



グレイブは俺たちの冒険者証を一度だけ見返して、ぽつりと言った。


「リナの親がブラムさんだったな」


「そうだけど、何で知ってるの?」


「冒険者登録時の資料で確認している。ブラムさんには昔、世話になった」


グレイブの口調がほんの少しだけ柔らかくなる。


「俺がまだ若い頃、撤退の判断を誤ってな。死にかけた。

 たまたまダンジョン内で遭遇したブラムさんが助けてくれた」


「へえ……」


リナが目を丸くする。父の話になると、こいつは素直に聞く。


「当時は全く勝負にならなかったが、現役から退いている今なら少しはマシに戦えるかな」

口の端でニヤリと笑った


グレイブを持ってしてもまだ計り知れない強さなのか

ブラムさんは一体何者なんだ



歩きながら、俺は聞いた。


「ところでグレイブさんの冒険者ランクって……」


「Bだ」


B。

レッドの先、ブラックに条件付きで触れるレベル。

あのリナの初撃を、軽く受け止めた理由が分かった。


(この先、さらに上がいるのか……)


世界は広い。

でも、上があるのは悪いことじゃない。目標ができる。




「進行速度はこれくらいでいい。速くても死んだら何にもならないからな」


グレイブは、俺たちの歩幅と視線の動きを何度も直した。

定期的に後ろを振り返るようにも言われている。

一本道のように見えて、脇道があることもあるそうだ。


「迷わないための記録が正義だ」


簡易地図を描く。

曲がり角の数、岩の形、壁の傷、天井の低い場所、風の流れ。

目印になるものを拾い集めて、紙に書いていく。


(ダンジョンって、戦闘だけじゃないんだな)


地味な作業が続く


気をつけながら進むので、速度は速くない。

片道3キロほど進むのに、3時間かかった。


途中でグレイブは、わざと俺たちに選択をさせる。


「分岐だ。右か左。どっちに行く?」


俺は地図と匂い、風を見て判断する。

リナは直感で行きたがる。直感で生きている。


グレイブが言う。


「直感は必要だ。ただし根拠となる実践を山ほど積め」


進みながらどんどんと地図を作成していると

「今日はここまでだ」と声がかかった。


行きに討伐していたこともあり、帰りは魔獣が少ない。

だが、反対方向となるとさっきと景色が違う。

道に迷わないように、地図を確認しながら戻っていく。

身体操作をほとんど使っていないのに、疲れる。集中力の消耗だ。


無事に入口へ戻り、外の光を見た瞬間、少しだけ安心してしまった。


「気を抜くな。外でも死ぬ」

グレイブの声が容赦なく刺す。


それでも、最後まで何事もなく帰還できた。


「よし」


グレイブは頷き、俺たちに告げる。


「『はらぺこ軍団』、パーティランクDとする。

ただし個人ランクは、それぞれEのままだ。勘違いするな」



「了解です」


ギルドへ戻ると、待っていたのは無記入の報告書だった。


「報告書を書け」


「……はい」


提出項目が多い。

探索範囲、遭遇魔獣の種類、危険箇所、環境異常の有無、戦利品の有無。


(意外とやることあるな……)


ミレーネが横を通りながら言う。


「地方の小さなギルドは、もっと雑なところもあります。

その分、ルーキーの死傷者が増えます」


淡々とした言い方が、逆にリアルだった。

気を引き締めて、報告書を作成する


俺は報告書を書き切り、提出して、ようやく息を吐いた。






外に出ると、夕方近くとなっていた。

体は疲れているのに、気分は少し軽い。


「……久しぶりに、剣を振れた」


「ね! 楽しかった!」


リナは心底嬉しそうだ。



帰り道、俺たちは屋台に寄った。

マナボアの薄切り焼きを注文する。昨日のギールとは違う、肉の香りが強く

味付けは濃い。だが油をタレでテカったその姿は実に食欲をそそる。


薄切りにくを少し丸めて串に刺してある。串をを受け取り、噛む。

薄切り肉に隙間に絡んだタレと一緒に口の中に肉の脂が広がっていく。

香ばしくて、旨味が濃い。塩と酸味の効いたタレが疲れた体に染みる。



肉を噛みながら、俺は明日の依頼板を思い浮かべた。

冒険者の生活は、ようやく動き始めたばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ