35 はらぺこ軍団
早朝、まだ街の空気が冷たいうちに、俺とリナはギルドへ向かった。
ギルドの扉を押し開けると、意外にも賑やかな時間帯だった。
依頼票を確認している人が多い。旨みのある依頼を探しているのだろう。
勝負はすでに始まっているのだ。
受付には、昨日より少し柔らかい表情の受付嬢、カトリーナが立っていた。
「おはようございます」
俺は咳払いして本題に入る。
「すみません。少し確認したいことがあって……Dランク、Cランクの依頼報酬の目安ってどれくらいですか?」
カトリーナは一瞬だけ考えてから、淡々と答える。
「平均で言うなら――Dランクの依頼は金貨1枚前後。Cランクは金貨10枚前後ですね」
「……金貨10枚」
思わず声が漏れた。
隣でリナが頬を膨らませる。
「じゃあ、私たちも早くCになろ!」
「ただし、Cランクは数日かかることも多いです。護衛なら夜営、討伐なら探索込み、救援なら不確定。
日当換算にすると、ピンからキリまで」
「なるほど」
カトリーナは続ける。
「それと、稼ぎ方は依頼だけじゃありません。ダンジョンで稼ぐ人も多いです。ラツィオは特に」
「ダンジョン……」
昨日の講習でも聞いた単語だ。
カトリーナは説明のために、指を四本立てた。
「ダンジョンの危険度は四段階。低い方からI級、II級、III級、IV級。
俗称でホワイト、イエロー、レッド、ブラックとも呼ばれています」
「この街はイエローとレッドがあるんですよね」
「はい。イエロー(II)とレッド(III)が近いのが、ラツィオの特徴ですね」
俺は復習も含めて肝心なところを聞く。
「Dランクだと、どこまで入れますか?」
「原則、Dはイエローまでです。そしてCランクの冒険者が一人いることが条件です。」
そして、次の数字がトドメだった。
「目安ですが……イエローで6時間潜って、魔石と素材の換金で1パーティ金貨1枚くらい。
レッドだと1パーティで金貨10枚以上になることが多いです」
「10枚……」
「ただし、レッドは消耗もリスクも跳ね上がります。回復薬、装備の傷みも含めて経費が出ます」
俺は頭の中で計算を回し始める。
(イエローは1パーティで金貨1枚程度の稼ぎ。俺とリナで割るなら一人銀貨5枚分。
宿代が金貨1枚……つまり、宿に泊まってたらダンジョン潜っても完全に赤字)
背中が冷えた。
「……やばいぞ」
口から漏れた独り言に、リナが首を傾げる。
「なにが?」
「Dランクになっても、宿に泊まり続けると赤字の可能性がある」
「えっ」
ようやくリナの顔が真剣になる。
1日1食が現実味を増してきている。
「宿を変えるか、部屋を借りるか……生活コスト落とさないと」
「じゃあ、安宿!」
「……安宿は安宿でトラブルが怖いんだが」
「じゃあ、借家!」
「それが現実的か」
ランクとお金のことを考えてると、ブラムさんの言葉が思い出された。
山賊の顎髭はDランク相当だ。
昔、山賊に襲われて死にかけてた時に言っていた言葉だ。
あいつも苦労して、山賊になったのだろうかと少し境遇を重ねてしまう。
命をかけても生活がギリギリならやってられないか。
「……確かにCまで上がれば、生活に多少のゆとりは出てきそうだ」
俺がそう呟くと、リナは妙に嬉しそうに笑った。
「でしょ。だから早く上がろ!」
俺の中で、ざっくりしたイメージが固まっていく。
俺は受付に戻って、咳払いをした。
「……パーティ申請をしてもいいですか?」
カトリーナは手際よく書類を引き出した。
「はい、可能です。パーティ名はどうしますか?」
そういえばパーティ名を考えてなかった。
(ネーミングセンス、ないんだよなぁ……)
脳内に浮かんだ案を、即座に自分で叩き潰す。
(漆黒の、黒剣、いや、ちょっと恥ずかしいか?)
微妙な案が湧いてきては考えては振り払う。
横を見ると、リナが目を輝かせていた。
「じゃあさ!」
嫌な予感がする。
「はらぺこ軍団!」
「はぁ?」
即座に却下の言葉が口から出た。
「ないない」
「いいじゃん! だってお腹空くし!」
「お腹は誰だって空くんだが」
とはいえ、他の案が出てこない。
沈黙が続くと、カトリーナの笑顔が仕事用から困惑に変わりかける。
あまり待たせても申し訳ない。
「……あとから変更できますか?」
俺が聞くと、カトリーナは頷いた。
「はい、申請すればいつでも変更できます」
(仕方ない。仮でいいか。)
俺は観念して言った。
「……じゃあ、はらぺこ軍団で」
カトリーナのペンがサラサラと進み、何かの書類を作り上げていく。
「……承りました。『はらぺこ軍団』様ですね」
リナがドヤ顔をする。
「ほら! 採用!」
(絶対あとで変える)
俺は心の中でだけ誓った。
パーティ登録が済むと、カトリーナが事務的に説明する。
「Eランクパーティは、2名以上なら同時に4件まで受けられます。
パーティメンバーの依頼失敗や規約違反は、パーティー実績として記録されますのでご注意を。」
「分かりました」
俺は依頼板を見上げ、昨日の泥まみれを思い出しながら
俺たちにとって条件の良い薬草採取が無いか探した。
あった。
西の方角で距離は少し遠いが薬草採取依頼が2件。
東の方角にもそこそこ遠いが薬草採取依頼が2件ある。
計4件を受託する。
「これと、これだな」
俺が指を差すと、リナがにやりと笑う。
「じゃあ行くぞ、俺は西に行く、リナは東な」
「競争ね!」
「いいだろう」
2件受けて、午後に残る1件を受ければ今日1日でパーティとしての依頼達成5件の実績が積める。
気合を入れて走り出す。
俺は身体操作を使い、全力で走り出した。
街道の石畳を蹴るたび、魔力が脚を押し上げる。息は上がるが、昨日ほどではない。
昨日の湿地帯とは植生も違えば、雰囲気が違う。
しばらくは街道沿いを進むが、1時間ほど走ったあたりで分岐した道に入る。
段々と木々の密度が高くなり、奥行きが見通せなくなる。
指定地点に着く。
依頼票どおり、草は見つけやすかった。群生している。
(うん、これなら作業は早い)
数を数え、束ねてから手に取ると、街道まで戻り、次の指定地点へと向かう。
さっきの地点からは30分ほど走ったところで、次の指定視点を見つける。
規定のサイズの薬草を見つけて確保すると、今度は街へと戻る
戻る途中、息が乱れる。だが止まらない。止まったら負ける。
ギルドに戻ると、カトリーナが目を丸くした。
「……もう戻ったんですか?」
「はい。採取完了です」
報告書の簡易欄を埋め、納品して、報酬を受け取る。
その時、受付の奥から声がした。
「リナさんは2件目に向かわれましたよ」
「……はや」
相変わらず早い
俺も次の2件を受託して、すぐに走り出した。
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2回目の依頼受託は午後からのスタートだ。午前と同じく採取自体は難しくない。
距離があるのでみんな嫌がるだけだ。
ちゃんと全力で走っているので後半はさらに脚が重い。
それでも、日暮れ前には戻って来られた。未成年枠で夜間アウトになるのだけは避けなければならない。
ギルドに戻ると、入口付近でリナが腕を組んで待っていた。
「おそーい」
不満顔だ。
「そっちが早すぎるんだよ」
「ユウト、もっと走れるでしょ」
「結構頑張ったんだけどなぁ」
「死ぬぐらい走らなきゃ鍛えられないよ」
ブラム家はスパルタすぎる
受付で依頼完了の手続きを済ませ、報酬を受け取る。
本日の合計は金貨1枚と銀貨6枚。
なんとか本日は黒字化達成だ。
だが、ここまでやってギリギリなのはきついかもしれない。
とにかく今日だけで8件分の達成。2人で2件ずつ回した結果だ。
あれ?これ今日だけで4件やってるからパーティじゃなくても
昇格試験を受ける条件満たしてるな?
俺は受付に言った。
「昇格試験を受けたいです。E依頼、規定回数を達成しました」
カトリーナは書類を確認して頷く。
「はい、記録上、達成しています。
えっと、でもリナ・エルドリックさんの依頼達成の実績は4件なのでまだ無理ですね」」
「え?でも昨日一緒に達成したんですが」
「昨日のは、アマギさんが受託し、達成してますのでアマギさんの実績のみとなります」
ああ、パーティとして依頼を受託したわけじゃ無いからか。
パーティーでの依頼受託をして、その以来の参加メンバーを記すことで、実績となる。
なるほど
「では、パーティーのランク昇格試験を受けさせてください」
「わかりました。ええと、ちょっと待ってくださいね」
何かの書類を調べている
「昇格試験は最短で明日受けられますよ」
「わかりました。よろしくお願いします。」
ギルドを出て、屋台でいくつか買って、その場で食べる。
串焼きの塩気が疲れた体に染みた。リナは相変わらず幸せそうだ。
「明日、試験だね」
リナが口をもぐもぐさせながら言う。
「……そうだな」
「受かったらダンジョン?」
「ダンジョンに潜る依頼とかがいいよな、素材回収とか」
明日から受かればDランク。
早くCまでランクアップしたいところだ
宿へ帰る道すがら、俺は空を見上げた。
夕暮れの色が、昨日より少しだけ前向きに見えた。
(明日、何するんだろうな)
不安はある。
でも、前に進まなきゃ破産する。
現実に尻を叩かれながら、俺は冒険者として一歩を歩き始めた。




