34 現実
街の北に向かう。
ラツィオを出てさらに先、街道沿いに湿地帯があり、その近辺に指定の薬草《青葉草》が生えているらしい。
門を抜けてしばらくは、人の往来も多い。露店の荷車、行商、畑へ向かう農夫。
だが北部を抜けて街並みが途切れると、空気が少し変わった。風がぬるくなる。
その途中で、見覚えのある家が出てきた。
(……クロイツが拠点にしてた場所)
壁の色、窓の位置、周りの木の間隔まで覚えている。
少し複雑な気分になって歩みが鈍った瞬間
「ユウト、どうしたの?」
リナが顔を覗き込んできた。
こいつ、変化に敏感なんだよな。ガサツなようでよく見ている。
「……なんでもない」
短く答えて先に進む。
余計な話はしない。いまは依頼に集中だ。
歩いていくと、湿気が濃くなってきた。
街道は一段高く盛られていて、普通に歩ける。
だが左右は、水たまりなのか沼なのか判別できない様相を呈していた。
ところどころ黒い水面があり、草が生えている場所は逆に沈みそうに見える。
「……うわ」
リナも露骨に嫌そうな顔をした。
「ねえ、これ、入るの?」
「……入る」
依頼票にある採取地点は、この辺りのはずだ。
そして
「……あれじゃないか?」
街道の外、少し離れた場所に、青緑色の葉が密集している。
《青葉草》の特徴そのまま。茎の根元が少し赤い。
「この中に入るのか……」
「憂鬱だね」
同感だ。
俺は深く息を吸った。
「ちょっと待ってろ。行ってくる」
「えっ、あたしも行く!」
リナが即座に言う。
「二人とも汚れる必要はないだろ。俺が行く」
「いや、ユウトだけ汚れるのが嫌」
「いいから待ってろ」
俺は半ば強引にリナを街道の上に残し、覚悟を決めて
どぷんっ。
足を踏み入れた瞬間、ぬるい泥が靴の周りを飲み込んだ。
沈む。抜く。沈む。抜く。
一歩ごとに足が重くなる。靴底に泥が張り付いて、持ち上げるたびに「がぽっ」と嫌な音がする。
「うわ……これ……」
街道の上からリナが「うわー」って顔で見てくる。
腰を落として草を掻き分け、青葉草を一本ずつ丁寧に抜く。
根を切ると品質が落ちるらしいので、引き抜き方にも気を遣う。
(これ、結構神経使うんだが)
慣れない作業に苦戦する
採取、採取、採取。
気づけば手も泥まみれ。肘まで汚れてきた。
「……よし、三十束」
束ねた草は、湿地の上澄みで軽く汚れを落としてから、濡れた布で軽く包んでから縄で縛る。
濡れたままだと蒸れて傷むらしい。依頼票の指示通りに処理する。
街道へ戻る。
足を引き抜こうとするたび、靴が持っていかれそうになる。
なんとか上に戻った頃には、手も脚も泥だらけだった。
「おかえり。……うわ、ひど」
「うるさい」
俺はため息をついて、束をリナに渡す。
「ほら、持て」
「はいはい。……え、重っ」
濡れてる分見た目よりは重い
「はぁ……洗う場所もないし、替えの靴もないし……憂鬱だ」
俺は自分の足元を見て、心からそう思った。
依頼受託の際に聞いていた報酬は銀貨二枚。
日本円換算でだいたい二千円くらい。
往復して薬草を採って、三〜四時間。
安い。安いが金欠時の小遣い稼ぎにはなる。
「いや、これで銀貨2枚は泣く」
「でも冒険者っぽいじゃん」
「泥まみれが?」
「うん!」
ちょっと冒険者に対する方向性が違うかもしれない。
街へ戻り、まず広場の噴水で手と靴を洗う。
噴水の水は冷たくて、泥の感触が少しだけ落ち着いた。
(これ……洗っても洗っても、靴の中から汚れが滲み出る……)
リナが笑いながら言う。
「ユウト、犬みたいにバシャバシャしてる」
「やかましいわ」
そのままギルドへ戻り、受付に薬草を持っていく。
受付のミレーネが、束の状態を確認して頷いた。
「はい、品質問題ありません。お疲れ様でした」
俺の顔が相当情けなかったのか、ミレーネは少しだけ声を柔らかくする。
「初依頼お疲れ様でした、次も頑張ってくださいね」
プロの営業スマイルでそう言われると報われた気分になる。さすがだ。
「頑張ります」
他の薬草採取地に関しても確認してみたが
今回行った場所は比較的近いが泥まみれ
他のところは距離があって、大変だそうだ。
近くで楽に採れるところはもう採り尽くされているということで
楽な仕事っていうのはないもんだ。
俺は銀貨二枚を受け取り、依頼の簡易報告書の提出を済ませた。
「次、もう一つ依頼を――」
そう言いかけたところで、ミレーネが首を振る。
「本日はこれ以上の受託はおすすめしません。時間的に夜間にかかる可能性があります」
「……あ」
そうだった。
15歳までは未成年枠で夜間依頼に制限がある。
リナが「えー!」と声を上げる。
「まだ明るいじゃん!」
「暗くなる可能性がある時点で不可です」
ミレーネは容赦ない。
「……また明日にします」
ギルドを出ると、リナがぶつぶつ言う。
宿に戻ってから、俺はベッドに座り込むなり、残りの資金について考え始めた。
「……よし。計算する」
「なにを?」
「お金についてだ」
セラとブラムさんから渡された手持ちは、金貨五十枚。
ありがたい。ありがたいんだが
この街の貨幣のざっくりした感覚はこうだ。
小銅貨:10円
銅貨:100円
銀貨:1000円
金貨:10000円
白金貨:100万円(ほぼ大口・商会用)
そして問題。
「この宿、1泊金貨1枚」
「いい宿だもん」
「いい宿だな」
さらに食費。
屋台で浮かれて食べた結果、2人で1日銀貨4枚くらい使っている。
外食だけだと平気で行く。
「今日の稼ぎ、銀貨2枚だったな」
「うん! がんばった!」
「確かに泥まみれで頑張った。」
俺は頭を抱えた。
金貨一枚=1万円。
宿だけで毎日1万円が消える。
食費で4千円。
合計1日にかかる費用が1万4千円。
手持ち資金ははもう2日滞在したことにより、残り金貨47枚
単純計算で
「……来月には破産する」
声に出すと現実味が増して、胃が痛い。
リナがきょとんとする。
「え、まだ47枚もあるじゃん」
「今のところはな」
「じゃあどうするの」
ここからが本題だ。
「DランクとCランクの依頼金額の目安を明日受付で聞こう。
ダンジョンに潜れるようになったら収入は上がる。……ただ、それでも赤字なら生活コストを下げる」
「家借りるとか?」
「その通り。安宿か、部屋借り。あと」
俺はリナの目を見て言った。
「1日1食」
「えっ?」
「えっ?じゃない!」
「だって屋台飯は生きる喜びだよ?」
「金がなきゃ食うものも食えない」
でも、こういう小競り合いができるのは、まだ余裕がある証拠かもしれない。
手持ちの資金が減っていくのが、こんなにストレスだとは思わなかった。
こちらの世界への転生前は、ただの社員だったからな
赤字でも上司に詰められるだけで、給料は出る。
資金について考えることなんてなかった。
先のことを考えると不安になるが、稼ぐしかない。
俺は息を整え、最速で稼ぐ方法を考える。。
「まず、ギルドでパーティ申請をする」
「パーティ名どうする?」
「名前は後で考えるとして」
作戦としてはパーティとしてのランクを上げる。
ギルドにはパーティシステムがある。
個人とは別にパーティでのランク設定も存在する。
パーティランクをDに上げることで、Dランクの依頼を受けることができる
個人でそれぞれ依頼を受けると
昇格試験の条件の依頼達成5件の実績を得るのが少し先になる。
明日、俺とリナが別の依頼を受けて、達成することで
同時に2件の依頼をこなすことが出来る。
「明日は薬草採取の依頼を朝一で受けて、二手に分かれて1日に合計5件の依頼達成を狙う。
全力で走れば移動時間を削れるはずだ」
E依頼を最短で5件終えて、D昇格試験の受験資格を得る」
「それならいける!」
「いける……はず。」
1日でも早く昇格することで精神的にも金銭的にも楽になるはずだ」
現実は厳しい。
冒険者家業は、思っていた以上にギリギリだ。
Eランク依頼は普通の人でも出来る程度の内容なので仕方ない。
Cランクまで行けば生活は安定すると聞いてたが厳しい世界だ。
俺は深く息を吐いた。
「……よし。寝る。明日は早い」
「おー!」
リナはあっけらかんと返事をして、先にベッドに転がった。
気楽そうで羨ましいことだ。
現実に尻を叩かれながら、俺は冒険者としての2日目に備えて、目を閉じた。




