31 冒険者登録
「あの、冒険者登録をしたいのですが」
受付のカウンターに立っていた女性に声をかけると、彼女は慣れた手つきで羊皮紙を一枚引き寄せた。
艶のある茶髪をきっちりまとめ、にこやかな笑みを浮かべているが、その目は事務的に鋭い。笑顔の下に“規則”がいるタイプだ。
「はい。お名前と年齢をお願いします」
「ユウト・アマギ、15歳です」
隣に立つリナも、堂々と胸を張って言う。
「リナ。15歳!」
「リナ・エルドリックです」
補足してフルネームを伝える。
受付のお姉さんはちらりと二人を見てから、ペン先を止めた。
「15歳……となると、未成年扱いですね。保護者の同意書、もしくは後見人の保証はお持ちですか?」
来た。そうだよな。
小さな村なら「腕が立つならいいだろ」みたいなノリが通ると聞いたことはあるが、ここはラツィオ。
街も大きいし、かなりきっちりしていると聞いた。
「あります」
俺は鞄から封筒を取り出した。
ブラムさんが「必要になるから持ってけ」と言って、半ば投げるように渡してきたやつだ。
字は荒いが、内容はやたらきっちりしていた。ブラムさん、こういうところだけ妙に律儀なんだよな。
受付のお姉さんは封を確認し、書類を広げて目を走らせる。
「……なるほど。後見人保証、保護者同意、技能確認の推薦……」
一枚一枚、手早くチェックを入れていく。
リナが横からのぞき込み、「むずかしそう」とぼそっと言った。
「この街のギルドは厳しいんですか?」
俺が聞くと、お姉さんはペン先で紙を整えながら答えた。
「厳しい方ですね。ですが、冒険者の皆様の安定と保証に繋げるためのものですのでご了承ください」
「なるほど……」
「書類、問題ありません。登録は完了です」
受付のお姉さんは棚の奥から、薄い金属板を取り出した。
表面に刻まれた模様が光に当たって鈍く光る。
名前と番号が刻まれ、角に小さな刻印がある。ギルドの印とかだろうか。
「こちらが冒険者証です。紛失すると再発行に手数料がかかりますので、必ず肌身離さず」
「はい」
カードを受け取った瞬間、妙に重みがあった。こっちの世界での身分証。
ちょっと安心感がある。
リナは「イエーい!」と嬉しそうに受け取って、雑にポケットに入れた。無くさないだろうな。
「この後は初期講習を受講後、依頼を受けられます。……ですが」
お姉さんは少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。
「担当が本日不在でして。初期講習は明日の朝からになります」
「わかりました。明日、また来ます」
俺たちは軽く礼をして、ギルドの出口へ向かったその時。
「おい、待ちな」
低い声が背中に刺さった。
振り返ると、机に肘をついた酒臭い男がこちらを睨んでいた。顔が赤い。酔っている。声もでかい。
「ガキが冒険者だぁ? やめとけやめとけ。死にたくなかったらな!」
周りの冒険者がちらっとこちらを見る。
何人かは無関心。何人かは面白がってる。
そして何人かは、うんざりした顔。
男の隣にいた仲間らしき連中が「おい、やめろって」「絡むなよ」と諌めているだけ、まだマシだ。
(誰だよ治安がいいって言ったやつは)
俺は深く息を吸って、吐いた。
(面倒ごとはごめんだ。初日から揉めるのは最悪だ)
「……失礼します」
俺は視線を切って、さっさと立ち去ろうとした。
が。
隣を見ると、リナが止まっていた。
目が、完全に戦う目だ。
顎がちょっと上がっている。怒ってる時の癖だ。
「……リナ。行くぞ」
「……やだ」
「やだじゃない。行くぞ」
「ムカつく」
「ムカつくのは分かるけど」
「ユウト、なんで黙ってんの?」
声が低い。
普段のからかい口調じゃない。
「別に実害はない。時間の無駄だ」
「実害あるよ。喧嘩売ってきてるよ」
リナは一歩前に出かけた。
俺は反射的に、後ろからリナの首根っこ……じゃなくて、襟元を掴んだ。
「うわっ!?」
「行くぞ」
「ちょ、乱暴!」
「乱暴なのはお前だ!」
リナをずるずる連行する形で、俺たちはギルドの外に出た。
外へ出ると、リナがぶーっと頬を膨らませた。
「なんで黙ってたのさ」
「来て早々面倒ごとは勘弁だよ」
「あっちから言ってきたんじゃん」
「それでも勘弁だ」
俺は歩きながら言った。
「とにかく来たばかりなんだから、平穏に過ごしたい」
気持ちを切り替えるように、俺は続けた。
「とにかくせっかく一年ぶりのラツィオだ。見て回ろう」
「やった!」
リナの機嫌は切り替えが早い。助かるような、振り回されるような。
二人で街をぶらぶら歩く。
洋服屋の店先には色とりどりの布。金具。留め具。
金物屋には鍋や釘や工具が並び、生活雑貨屋には木製の皿や簡易魔道具。
光を放つランタンや、冷却用の小箱が置いてある。
「あ、これ便利じゃん」
リナが、フォークを手に取る、ほらほら、伸びるんだよと30cmほど伸びた。
「何に使うんだそれ」
「分かんないけど、かっこいい」
その感性がよく分からないです。
本屋や武器屋の前も通った。
だが俺は足を止めずに通り過ぎる。
(この年齢で、金もないのに武器屋に入ったら顰蹙買う)
今はまだ、我慢だ。
ぶらぶらしているうちに、晩飯の時間になった。
「ここ!」
リナが迷いなく指さしたのは、以前セラと来たところだ
マナボアのステーキが出るところ。
席につくと、肉が焼ける香りが鼻をくすぐる。
定番のマナボアのステーキを注文する。
一口食べた瞬間、思わず声が漏れた。
「……うま」
臭みがない。肉汁たっぷり。
酸味の効いたソースが、脂をうまく切ってくれる。
疲れた体に、うますぎて逆に怖い。
リナは目を輝かせて、ナイフとフォークで豪快に切って食べる。
「ねえユウト、顔ゆるゆる」
「お前もな」
「うん!」
宿へ戻ると、女将がまたニヤニヤしていた。
「おかえり。仲良く食べてきたかい?」
「普通です!」
部屋に入ると、ベッドが二つ。
荷物を置いて、俺は一つ深呼吸した。
「じゃ、体拭くから」
リナは慣れた様子で布を取り出す。
「ちょっ待て、外に出るから」
「えー。大丈夫だよー」
「大丈夫じゃない」
俺は扉の外に出て、廊下で腕を組んだ。
壁にもたれると、今日一日の疲れがどっと来る。
(そろそろ恥じらいを持つ年頃だろ……)
廊下に立ってる俺の方が不審者みたいだが、仕方ない。
夜。
ベッドに腰掛けて、冒険者証を取り出す。
小さな金属板が、ランプの光を反射する。
冒険者。
明日は初期講習というものを受ける。
そこでギルドのルールや依頼の受け方、危険区域、報酬の仕組みを教わるのだろう。
(そのまま依頼、受けられるかな)
胸が少しだけ高鳴る。
怖さもある。けど楽しみの方が勝っている。
ふかふかのベッドに横になると、身体が沈み込んだ。
森の家の寝具も悪くないが、これは別格だ。
「……おやすみ」
「おやすみー」
リナの返事が妙に元気で、思わず笑った。
明日は冒険者としての最初の一歩。
その一歩の先に何があるかは分からない。
でも今夜だけは、余計な悩みを脇に置いて。
俺は、ゆっくりと眠りについた。




