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30 到着

ゼェっ……ぜえっ……!


肺が、焼ける。

喉の奥がひゅうひゅう鳴っている気がする。いや、たぶん実際に鳴ってる。

恥はもう捨てた。捨てざるを得ない。


身体操作全力で、フェンデル村からラツィオまでの街道を走っていた。

魔力を全身に流し、膝と足首の反発を上げ、呼吸を一定に保つ。

どれも維持できてない。魔力操作より先に気持ちが折れそうだ。


(この山猿が……!)


心の中でだけ悪態を吐く。声にする余裕などない。口を開いたら肺が飛び出す。


 


魔女の家を出てしばらくした頃だ。

まだ森の匂いが背中に残っていて、頭の中のモヤモヤも整理しきれていない、そんなタイミングで。


「たのしみー! はしろー!」


リナがそう言って、躊躇なく走り出した。


「……おい待て」



「え、ユウト遅っ。ほらほらー!」


「走る気分じゃっ……!」


構わず走り出すリナに仕方なく走り始める。

身体操作で何とか食いついていける。だが、一向に休まず走り続ける。


森を抜け、坂を越え、息が上がり、視界が揺れる。

それでも、なんとかフェンデルまで辿り着いた。


 


「……はぁっ……はぁっ……」


フェンデル村の入口の石標の前で、俺は膝に手をついた。

もう一歩も動けない。肺が限界。心臓が反乱。足が鉛。


(ここで休憩だろ……)


そう思って顔を上げたら、リナが首を傾げた。


「ん? 何してるの」


「何してるのじゃない……休憩……」


「いくよ」


「嘘だろ」


肩で息をしている俺に、落ち着く間もなく言ってくる。

頭おかしい。間違いなくブラムさんの子供だ。




「ほらほら、ラツィオの屋台飯! 串焼き! タコスっぽいやつ! 早く!」

ここから何時間かかると思ってるんだ。


「……屋台飯に命かけるな……」


「命はかけてないよ? 走ってるだけ。ほら行くよ」


「おい待て」


叫んだら本当に肺が痛くなった。

その隙にリナはもう走り出している。置いていかれる。


「待てぇぇ……!」


俺は呻き声みたいなのを出して、また走り出した。


 


そこから先は、地獄だった。


街道を走る。ひたすら走る。

途中、荷馬車を追い抜きながら走り続ける羽目になった。

ちなみに荷馬車というのはそこまで速いものではないが、

かと言って人間に追い抜かれるということもそうそうないだろう。


「え、ちょ、あれ人……いや子ども? 速っ」


御者が目を丸くするのが見えた。

馬がびっくりしている。やめろ、馬にまで申し訳なくなる。



走るだけで精一杯で、会話などできない。

頭の中で悪態を吐きまくっていたはずなのに、いつの間にかそれすら浮かばなくなった。


感情も、言葉も、どこか遠くなっていく。

ただただ無心で、脚だけを前に出し続けた。


 


だがそれも、ラツィオの街が遠くに見え始めた瞬間、ぷつりと切れた。


「……もう無理」


魔力の循環が乱れたのが分かった。

身体操作が抜けかけて、脚が自分のものじゃなくなる。


「動けない、休憩……!」


俺は街道脇の草地に倒れ込んだ。

世界がぐるぐるする。土と草の匂いがやけに鮮明だ。


しばらくして、リナが戻ってきた。

さすがに汗を滲ませ、呼吸も荒いが


まだ走れそうな余裕がある。


「……ユウト、なにそれ。死んでる?」


「死んでない……が……もう無理……」


「えー、もうちょいじゃん」


「もう休憩。お座り」


俺が指をさすと、リナは「はいはい」とぶつくさ言いながら隣に座った。

座るときの所作が雑で、ちょっと笑いそうになる。だが笑う余力はない。


「……なんでそんな走るんだよ」


「だって、街が近づくとワクワクするじゃん」


「田舎者め」


「そっちもでしょ」

 


呼吸が整うまで休んでから、俺は宣言した。


「……ここから先は歩く」


「えー」


「馬車抜かしてきたんだから、時間的に十分なんだよ」


「つまんなーい」


「つまらなくて結構」


リナは口を尖らせたが、結局歩くことに同意した。

まぁ走られても、もうこっちは走れないんだが。



ちょうど一年ぶりのラツィオの街並みを歩く。




畑が減る代わりに家が増え、連なるように家が並び始める。自然と人が増えてくる。

露店の匂いがしてくる。焼いた肉、油、甘い菓子、香草が風に混じって、腹が反射的に鳴った。

疲労で胃が縮んでいるはずなのに、匂いだけで回復するのはズルい。


ラツィオの近くにはダンジョンがあり、冒険者ギルドもある。

まずはエミルたちのところに挨拶だ。


バルネス商会は相変わらず忙しそうだった。

荷が運び込まれ、帳簿が行き交い、怒鳴り声と笑い声が混ざっている。


受付で「当主に挨拶に来た」と言い、ユウトと名乗ると、すぐに話が通った。


しばらくして、わらわらと人を引き連れて出てきたのはエミルとミアだった。


「ユウトさん! リナさん! 来たの!?」


ミアが元気すぎる声で飛び込んでくる。

前はこの屋敷の中で青い顔していたのが嘘みたいに、今は走ってきて抱きつく勢いだ。


「久しぶり。相変わらず元気だな」


「うんっ! 宿題、ちゃんとやってるよ!」


「おっ、俺よりちゃんとやってるな」


「えへへ!」


エミルは相変わらず品がいい。礼が綺麗で、顔つきも少し大人になった。


「ようこそ。お二人ともお久しぶりです」


「エミルこそ忙しそうで。」


「ええ、ありがたいことに」


ミアはリナを見て目を輝かせた。


「リナさん、髪きれい! のばしたの?」


「でしょー? 触る?」


「触る!」


こっちはこっちで仲良さそうで何よりだ。


 


一年前にここに来たのは、ロランとクラウディアの結婚のお祝いに呼ばれたからだ。

目立つのを嫌うセラの意向を汲んで、披露宴ではなく内輪の祝いの席に招かれた。

俺は場違いで死にそうになったのを覚えている。


事件の前から、実はそういう関係だったらしい。

驚きである。もっと早く言ってくれ。


 


ミアとエミルは、あの後も半年ごとに森へ来て、訓練と宿題を続けている。


ミアは才能があり、どんどん魔術が形になる。

エミルは気合と根性がすごい。こっちの冒険者ギルドで指導を受けて、剣の腕もかなりのものになっていた。


「……やっぱ頭のいい家系ってなんでもできるんだな」


俺がぽつりと言うと、エミルが苦笑した。


「頭はともかく、努力は裏切りません」


若いのにしっかりしている。



 


俺は、森を出たことを伝えた。

エミルは驚きつつもすぐに理解し、ミアは「すごい!」と目を輝かせた。


「では部屋を用意しましょう。商会の客室を」


「いや、大丈夫。自分たちでやるよ」


礼はありがたい。けど甘えると、あそこを出た意味がない。

それにリナがいる。生活の面倒まで見てもらうのは違う。


「また何かあったら来ます」


そう告げて、俺たちは商会を後にした。




宿は、以前泊まった宿にする。


一応、山猿みたいな相棒とはいえ、女の子もいる。

安宿で変なトラブルに巻き込まれたら目も当てられない。


宿に入ると、気さくなおばちゃん女将がすぐに気づいた。


「あらあら、ユウトじゃないの! 久しぶりだねぇ!」



女将は俺の後ろのリナを見ると、にやにやし始めた。


「可愛い子連れてるじゃないの。お熱いねぇ」


「違います」


即座が否定した。


女将は笑って、「はいはい」と鍵を渡してきた。


この宿はちょっと値が張る分、部屋が綺麗でベッドも良い。

ただ、今の稼ぎだと二部屋は贅沢なのでベッドが二つある部屋にした。


「稼げるようになったら別の部屋な」


「えー? 別にこのままでもよくない?」


リナがあっけらかんと言うので、俺は変な声が出そうになった。


「よくないわ」


「なんで? ベッド別だよ?」


「そういう問題じゃない!」


「わかんないなー」


ぶつくさ文句を言っている。

そのうち分かるだろう。



宿を確保したら、後は飯だ。


二人とも、屋台飯が大好きだ。

テンションが上がるのが自分でも分かる。街の力ってやつか。

匂いと人の声と光で、気持ちが少し前に向く。


串焼きを頬張ると、肉汁と香草の味が口いっぱいに広がった。


「うま……しみる……」


「本当!走った後は最高!」


「走ったあとじゃなくても最高だよ……」


タコス風の食べ物は、香辛料が効いていて汗が出る。

リナは「これ好き!」と二つ目に突入していた。




次は冒険者ギルドだ。


街の中央にあると聞いていたので、人の流れに乗って歩く。

それらしい建物はすぐ見つかった。でかい。入り口も広い。

扉の前で武具を持った人間が出入りしている。


ここが、冒険者ギルドか。


中に入った瞬間、空気が変わった。


汗と皮革と鉄の匂い。

酒の匂いも少し。

笑い声、罵声、椅子を引きずる音。

壁には依頼票がずらりと貼られ、奥には休憩用の机とテーブル。

そこかしこに冒険者がたむろしている。


俺は受付へ向かい、声をかけた。


「すみません。登録を」


その途中で、視線を感じた。


ジロリ。


何人もの目が、こちらを値踏みするみたいに向いてくる。

子どもが二人。何も分からない新人。そう見えるのだろう。


リナは堂々としていた。怯むこともなく、ギルドの内部を物珍しげに観察している。


(何事もなければいいんだが……)


俺は背筋を伸ばし、受付の前に立った。

ここからが冒険者としての最初の一歩だ。


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