27 悩み
今日もボロ雑巾のようになるまで訓練をした。
木剣を握る指がじんじんして、肩は重い。
全身も打撲で痛むが、今日はそれ以上に頭が疲れていた。
だって、悩みの本体は剣じゃない。
ブラムの家で、いつも通り俺たちは三人で食事をする。
魚の入った濃いスープに、黒っぽいパン。
塩漬けの野菜を刻んだ簡単な和え物が一皿。
この村の飯はいつも素朴だが、訓練後には妙にうまい。
リナが肘をつきながら、俺の顔を覗き込む。
「ねえユウト、今日ずっと変だったよ。何? 恋?」
「は!?」
急に図星を突かれて固まってしまう。勘が鋭すぎる
「はい確定〜」
「確定するな!」
ブラムさんがスープをすすりながら、どっしりとした声で言う。
「うるせぇ。飯の時は静かにしろ。……で、どうした。何かあったか」
(助け船が来たかと思いきや、さらに追及される……)
逃げ道がなくなった。
俺はパンをちぎりながら、核心ではないもう一つの悩みを出す。
「……冒険者として、ここから出るのって、どう思いますか」
ブラムさんは一拍置いて、当然みたいに言った。
「いいんじゃねぇか」
即答かよ。
「外に出りゃ、いろんな奴と絡む。勝手に揉まれる。
森でいくら鍛えても、世間の汚さはここには落ちてねぇ」
ぶっきらぼうなのに、言うことは的確だ。
俺の胸の奥が、少しだけ軽くなる。
リナがスープの器を持ち上げたまま目を輝かせた。
「えー! じゃあ、あたしも行きたい!」
「お前はダメだ」
ブラムさんが即座に切り捨てる。
「なんでさ!?」
「うるさい」
「理不尽だ!」
親子のやり取りが始まったところで、ブラムさんがぼそっと続けた。
「……いや、まあいいか」
「え?」
「いいんじゃねぇか、ユウト。こいつも連れてってやってくれ」
リナがぱぁっと顔を明るくする。
「やったぁ!」
俺は思わず噛んでいたパンを飲み込むのに失敗しかけた。
「え? 俺が連れて行くの?」
「一緒に連れていって、世間の常識ってやつを教えてやってくれ」
「ひどっ!」
「確かに、常識なんて一つも知らないもんな」
図星を突かれたお返しにからかう。
「知ってるよ! ……たぶん」
(たぶんかよ)
話がどんどん進んでいく。
俺の中ではまだ「冒険者になるかどうか」すら決め切れてないのに
いきなり「リナ同伴ルート」が決まりそうだ。
「ちょ、待ってください。俺まだ、」
進む話の流れを戻そうとするが被せるように話してくる
「行ってから考えりゃいい。何かありゃいつでも戻ってくればいいんだ」
ブラムさんが、パンをちぎりながら言う。
「外に出なきゃ分からねぇこともある」
リナが身を乗り出してくる。
「ねえねえ、ラツィオ行こうよ! 露店で串焼き食べよう! あとギルド! ギルド見たい!」
「お前、目的が食い物だろ」
「食い物は大事!」
「堂々と言うな」
リナは俺の腕をつついて、ニヤニヤする。
「でもさ、ユウトが旅に出るなら、セラ先生と離れるわけじゃん?
大丈夫? 寂しくて死んだりしない?」
「死なねぇよ!」
即答したが、胸がずきりと痛んだ。
図星なのが腹立つ。
飯が終わり、空が少し赤くなり始めた頃、俺は村を出た。
帰り道。山道。森の匂い。
身体は疲れているのに、頭だけが妙に冴えている。
(冒険者として外に出る……)
いいタイミングなのかもしれない。
でもセラから離れる。
それを考えただけで、胸が重くなる。
胃がきゅっと縮む。
「はぁ……」
ここ最近ため息が多い
種族も違う。年齢も違う。
向こうは長命種で、俺はたかが15の人間。
しかも、まだ弱っちい。
「はぁ……」
ため息ばかり出る。
道端の石につまずきそうになって、慌てて踏み直した。
そう言い聞かせても、頭の中にはセラが浮かぶ。
声。指先。真面目な声。そしてたまにニコッと笑顔になるんだよな。
思い出すと心がほかほかと温かくなる。自然と顔が緩む。
(あーもう、だめだ。俺がだめだ)
魔女の家が見えてきた頃には、日が傾いていた。
扉を開けて「ただいま」と言う前に、奥の部屋から声がした。
「お帰り」
落ち着いた声。
それだけで、胸の奥がほどける。
セラは魔術の研究でもしていたのだろう。
机に向かっている気配がする。紙をめくる音。ペン先のかすれる音。
「……ただいまです」
返事をしただけなのに、変に緊張する。
(やばい。やっぱり離れたくない)
本当は、今日の相談の結果を言いたい。
「冒険者、どう思いますか」って。
でもその後に続く言葉が怖い。
もしセラが「行け」と言ったら。
俺は行かなきゃいけない気がする。
でも行ったら、会えない時間が増える。
もしセラが「行くな」と言ったら。
それはそれで、俺はますますここに縛られる。
そしてこの胸の痛みは、たぶん消えない。
「はぁ……」
俺は荷物を置きながら、またため息を吐いた。
「……最近、ずっと悩んでばかりだな」
独り言のつもりだった。
だが、セラは聞き逃さない。
椅子を引く音がして、足音が近づく。
「悩み?」
「い、いえ。べつに」
「ある顔だね」
言い方が淡々としてるのに、逃げ道がない。
俺は視線を逸らした。逸らしてしまった。
セラが、俺の前に立つ。
「……外に出たいのか」
心臓が跳ねた。
なんで分かるんだこの人。怖い。
「……ブラムさんに、相談しました」
「そう」
セラは短く言って、俺の顔をじっと見た。
その視線が真っ直ぐすぎて、逆に息が詰まる。
「で?」
「……まだ、決めてません」
「ふうん」
セラは少し考える仕草をして
俺の頭に手を置いた。
ぽん、と軽く。
「悩んでも答えが出ないのなら悩むだけ無駄だ。やってみろ」
頭の上に乗せられた手に神経が集中してしまう。
「……あと」
セラが、ほんの少しだけ口元を緩める。
「帰ってくるなら、好きにしな」
その一言が、胸の奥に刺さる。
やってみろ、そして帰ってくるなら。
それは、行ってこいと言われたのと同じだ。
でも同時に、「帰ってこい」と言われた気もして。
俺は、声がうまく出せなかった。
「……はい」
絞り出すように返事をして、またため息を吐いた。
でもさっきより少しだけ軽い。
(……俺、やっぱりこの人が好きなんだろうな)
そう思った瞬間、セラが不思議そうに首を傾げた。
「……何だ。その顔」
「い、いえ! 今日の夕飯について考えてました!」
「嘘だな」
即バレた。
セラが小さく息を吐く。
「まったく……」
その声音が呆れなのか、優しさなのか分からなくて、
俺はまた、どうしようもなく胸が苦しくなった。




