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26 煩悩

午後からはローヴェン村での剣術指導だ。


朝の時点で俺の精神はすでに瀕死だった。

原因は言うまでもない。セラが美人すぎる。距離が近い。香りが良い。俺の理性が死ぬ。


だから走る。

剣の稽古は、痛みは、煩悩に効く。


「……精神を叩き直す……!」


森の道を全力で駆ける。魔力で身体操作をかけ、足首と膝のバネを増やし、呼吸を揃える。

昔は片道一時間が限界だったのに、今は三十分を切るくらいまで縮まった。しかも、到着して余力を残せる。


成長は素晴らしい。

問題は、成長した身体が余計な方向にも影響することだ。



ローヴェン村に着くと、畑の土と薪の匂いが混じった空気が鼻をくすぐった。

木剣の風切り音が聞こえる。いつもの広場だ。


「おいっすー!」


先に気づいたリナが、腕をぶんぶん振ってくる。


黒髪の長髪。昔よりずっと艶が増して、背も伸びてスラリとしている。

キリッと整った顔立ちで、目元が鋭いのに、笑うとやけに眩しい。

……父親とは大違いだ。いや、ブラムさんも格好いいんだけど、方向性が違う。


「早いじゃん、ユウト。森の野生児」


「野生児はお前だ」


「へーへー。で、どうしたどうした? 悩みでもあるのか?」

リナは腰に手を当てて、やたら偉そうに言う。


「お姉さんに教えてみなさい」

しつこく聞いてくる。悩んでるなんていった覚えはないが。

挙動不審だっただろうか、その自覚はある。



「同い年だろ」

と返すのが精一杯だった。


「心はお姉さん。あと背もお姉さん」


「身長でマウント取るな」


リナはケラケラ笑う。口は男っぽいしノリも雑だが、根っこは優しい。


「で? 悩み」


本当の悩みは言えない。

セラが美人すぎて苦しいとか、俺の耳がドアノブで反応するとか、そんなの言ったら二度とここに来れない。


だから俺は、別の悩みを差し出した。


「……ブラムさんが怖い」


「えー? お父さん優しいよー?」


「そうなんだよ。優しいんだが、死ぬほど怖いんだよ」


「哲学?」




一週間前のことだった。


冒険者になろうかなという思いが湧き上がっていた。

そこで自分の実力がどの程度なのか、外に出て通用するのかを知りたくて、

ブラムさんに対しては絶対にしてはいけないお願いをしたのだ。




「一度、本気で戦ってください」


木剣での立ち合い。技を競う。そういうのを想像していた。


その瞬間


耳をつんざく怒声。空気が震えていた


「舐めてんのかテメェ!! このk2い"$#%%#%!!!!!!」


後から振り返れば不意をつくのも本気のうちと分かるのだが


その瞬間は突然のことに心身ともに萎縮した。

初めて見るブラムさんの顔。目が笑ってない。というか、人間の目じゃない。


目に見えない圧力が体を締め付ける


次の瞬間、世界の見え方が変わった


ブラムさんがやたら大きく見える。逆に周りのものが全部小さく見えた。

(え、これ俺の体か?)

目の前の自分の手が、とても遠く、細長く見える。自分じゃないみたいに震えていた。


遅れて殺気を感じた。

今まで感じたことのない強烈なまでの刺々しさに、息を吸おうとしてもうまく肺が動かない

頭の中が真っ白になる。


手が震える。足が震える。今から死ぬのだと思った。


目眩がひどくなり、その場に立っていることが出来ない。膝が折れる。

俺はその場にひれ伏した。


剣を交える以前の問題だ。

そこに立つという前提が、許されていなかった。

そこで、殺気は止まった。




「……大丈夫か?」


ブラムさんが殺気を解いて、いつもの声で言った。

何が起きてるのか分からず、すぐには動けなかった。

少しずつ恐怖の余韻が薄れてくると

世界が元の姿に戻ってきた。

頭はぐちゃぐちゃで、次第に涙が流れてきた。

一度涙が出てきたら、それをきっかけに溢れ続ける。


情けないくらい、号泣した。



甘かった

戦いの場につけると思っていた。


勝負は始まる前に終わっていた。




「あの時のお父さん、怖かったねー。ユウトったら、わんわん泣いちゃってさ」


「ほっとけ!!」


見られたくないやつに見られてしまった。人生の黒歴史を幼馴染に握られている。最悪だ。


「剣を交えるとか、そういう感じだと思ったのにさ……」


俺は頭を掻く。


「正直、怖すぎてさ。あれからブラムさんに殺される夢を、何度か見る」

たぶんトラウマなんだろうな。ブラムさんの前で構えると手が震えて、まともに訓練できない

そのためここ最近はリナとばかり訓練をしている。


言ってて情けない。

でも嘘じゃない。


リナは一瞬だけからかう顔をやめて、ふっと息を吐いた。


「……そっか。ま、あれは仕方ない」


そして、わざとらしく胸を張る。


「よし。じゃあお姉さんが慰めてあげよう」


「いや、別に」


言い終わる前に、背中がふわっと包まれた。


リナが後ろから、そっと抱きしめてきたのだ。

ついでに頭をなでなでしてくる。


「よーしよしよし。ユウトは頑張った。偉い偉い」


(……え、やわ……)


細身なのに、女の子の体って柔らかい。

温度がある。匂いがする。髪が頬に触れる。


接触してる場所に全神経が集中して、脳が仕事を放棄し始めた。


瞬間セラの顔が頭の片隅に浮かんだ


「はっ!!」


我に返って勢いよく立ち上がる。


「わわっ!?」


抱きついていたリナはバランスを崩してよろけた。


「な、なに急に!? 熱ある?」


「煩悩退散!!」


「え、なになに? 煩悩?」


「戦うぞ、リナ!!」


15歳の女の子に撫でられて喜んでしまった自分が許せない。

自己嫌悪に沈む前に、自分を追い込むしかない。戦って忘れるのみ。


リナは一瞬ぽかんとしたが、すぐにニヤリと笑った。


「あいよ。変なスイッチ入ってるけど、まあいっか」




俺たちは木剣を取って向かい合う。


リナは俺との訓練では身体操作を使わない。

速さで圧倒しすぎると攻撃パターンに癖がつくから、とブラムさんに禁止されている。


逆に言えば


身体操作を使っていないリナと、身体操作を使っている俺で、ようやく拮抗する。


(才能の差が悲しい……)


「いくぞ」


「こいこい」


木剣がぶつかる乾いた音が辺りに響く。



リナの剣は軽く見えて重い。

角度がいやらしい。タイミングがいやらしい。なのに余裕がある。喋る余裕まである。


「ユウト、最近ほんと速くなったね」


(どの口で言ってるんだっ!)

話している余裕はない


「でも、まだ荒い」


「っ!」


攻めても攻めても、飲み込まれる。

受け止められ、流され、気づけば自分の体勢が崩されている。


(……ブラムさんの受けに似てる)


ならば、と俺は思い出す。

リナがブラムさん相手にしていた立ち回り。距離の取り方。フェイントの入れ方。

攻めてるように見せて相手の足を止める動き。


同じ様に動く。

多少、不格好だが似た筋で攻める。


するとリナが、にやっとした。


「なるほどねー。こういう感じなんだね」


余裕綽々で喋っている。腹立つ。剣術も強いのに口でも敵わない。最悪だ。


そして次の瞬間。


リナが、ブラムさんと同じ剣筋で返してきた。



あの時リナが崩されていた剣筋がそのままきた。


(来る……!)


だから俺は、考えてきたやり方で返す。


踏み込みの角度をずらし、刃を受け流し、相手の軸を崩すはずだった。


だが。


俺の反撃は崩れた体勢からのものだった。

一歩、リナが踏み込む。


「甘い」


その一言と一緒に、俺の剣は押し潰される。

肩が弾けるように痛み、重心が持っていかれた。


「うわっ!」


俺は草の上に転がり、仰向けになった。


空が青い。

雲が流れている。

……遠い。


「まだまだだね、ユウト」


リナが覗き込んでくる。汗で濡れた髪が頬にかかって、妙にどきっとする。


「ふんガッ」

勢いよく立ち上がる


「まだまだぁっ!」

気合いを入れ直す

余計なことを考えられなくなるまで付き合ってもらうぞ





何度か剣を重ねた後、再び天を仰ぎ見ていた

全身に痛みと疲労が走る

煩悩ゼロ

「いい感じだ」


その言葉を聞いてリナが笑った。


「いいねぇ。ほら、立って。もう一回」


「鬼か、お前は……」


「お姉さんだよ」


「同い年だろ」


力無く返した瞬間、向こうから低い声が飛んできた。


「喋ってる暇があるなら、もう十本やれ!」


ブラムさんだ。腕を組んで立っている。いつから見てたんだこの人。


俺は静かに起き上がり、木剣を握り直した。


煩悩退散!



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