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23 終幕

 目を覚ますと、そこはいつもの魔女の家だ。


 窓の外では鳥の声が賑やかに朝を知らせていて、森の空気はひんやりしている。

 薪の匂いがほんのり残った部屋で、俺はゆっくりと身を起こした。


 台所に立ち、いつものように朝食の仕込みを始める。

 鍋に水、塩少々。干し肉を薄く削り、乾燥豆を放り込む。

 森で採った葉物を刻み、香りの強い薬草をほんの少しだけ。入れすぎると苦い。


 いつもの朝


 そのはずなのに、俺は鍋の中をかき混ぜながら、ふと半年前の出来事を思い出してしまった。

 あの事件から、もう半年が経っていた。




 ミアの件は結局、複数の要因が重なって起きたと結論づけられた。

 ラツィオで診ていた医者や、祈祷をした司祭に関しては、事件との直接の関係は見つからなかった。

 彼らは彼らで、知っている範囲で適切な治療や祈りを捧げていたようだ。



 時系列で整理すると多分こうだ。


 ミアはまず、何かしらの病にかかった。

 そこへ瀉血で血を抜くことで結果的に体力を落とし、回復が長引いた。

 自然治癒で持ち直し始めたところに、今度はぬいぐるみの術式による魔力の流入が重なって

 魔力過剰の状態が発生し、体力の消耗が続いた。


 病気そのものと、体力低下と、魔力過剰。

 三つが絡んでいたから、治りかけてからまた悪化するなど複雑に見えた。


 そしてクロイツ。


 あの薬売りを名乗る男、アデル・クロイツは、

 結局のところ指輪を盗むのが目的だったのだとセラは判断した。


 ミアの体調が悪くなったことで商会に呼ばれることとなったが、

 それがなかったとしても、クロイツは薬売りとして街で評判を作り、

 いずれは商会に薬を売りに来て、当主のロランの懐へ入り込むつもりだったのだろう。

 あの男なら容易にやってのけることが想像できる。


 実際、指輪以外の被害は出ていない。

 その一点が、逆に仕事の匂いを強くした。


 そして腹立たしいことに、ミアへの処置自体は概ね正しかった。

 クロイツが残した薬は、瀉血で失われた分を補うような、

 体を温め、血を作るとされる漢方の様な物が多かった。

 食事についても、消化に優しいもの、刺激の強い香草は避けること、

 入れる薬草の種類そういう指示が細かく残っていた。


 誰に聞いても、評判は良い。

「優しい先生だった」「腕は確かだった」「よく効く薬をくれた」

 そこが一番、腹がたつ。


 魔道具を探していたのも、二つの意味があった。

 一つは、もちろんクロイツが目的する指輪探し。

 その目的が露見しないためにも魔道具を探す理由を必要とした。

 ミアの魔力過剰の原因が魔道具ならクロイツにとっても都合が良かっただろう


 結局、ぬいぐるみの魔術はミア自身を媒介として発動していて

 完全な解除は難しいと判明した。体内に魔術式が組まれて書き換えは危険だった。

 そこで発想を変えることにした。


 ミアが魔力を溜め込む前にミア自身が、魔力を消費できるようになること。

 つまり魔術を使える様になろうというところで落ち着いた。


 そこで、街にしばらくいながらミアに魔力を感じさせる訓練が始まった。

 魔術は結局、自分の魔力の流れを感じるところから始まる。

 取っ掛かりが掴めなければ、何年かけても先に進めない。


 ……それをミアは、一週間ほどで掴んだ。


 俺が持っていった魔力切れの魔石。色の抜けた鈍い石に、

 ミアが恐る恐る手を当てて、息を整え、少しずつ魔力を流し込む。

 石は、ゆっくりと色を取り戻した。


 成功。


「すごい……!」


 ミアが目を輝かせた瞬間、俺は内心でこう思った。


(こちとらその感覚掴むのに二年かかったんですが?)


 嫉妬、というほどでもない。けど、もやっとする。

 才能って、悪意なく見せつけられる。


 とはいえ、ミアが自分で魔力を動かし、消費できるようになったことで、

 魔力過剰の問題は解決へ向かった。溢れる前に使う。

 

 


 過去の話を考えていると、台所にセラが現れた。


「起きてたか」


「起きてますよ。ほら、朝食の係ですし」


 セラは俺の隣に立ち、当たり前みたいに包丁を手に取って野菜を刻み始める。

 相変わらず、普段は運動している気配もないのに、動きに無駄がない。


 鍋がふつふつ言い始めた、その時。


 コンコン、と玄関がノックされた。


 調理の手を止めて玄関へ向かう。


「はーい」


 扉を開けると、そこに立っていたのはミアとエミルだった。


「こんにちはー!」


 ミアは両手をぶんぶん振っている。頬は赤く、目はきらきら。

 半年前に寝台で青い顔をしていた同じ子とは思えない。


「お久しぶりです。突然お邪魔して申し訳ありません」


 エミルは相変わらず礼儀正しい。身なりも整っていて、

 森の朝の湿った空気の中でも品が崩れないのがすごい。

 


「元気そうで何より。……宿題もやってきたかい」


 セラが言うと、ミアは胸を張った。


「うん! 宿題もやったよ!」


 セラが台所から顔を出す。



 朝食の席は、いつもより賑やかになった。


 ミアは「この森の匂い好き!」などと言ってスープを覗き込み、パンをちぎってはスープに浸して食べる。

 エミルは最初「いえ、私たちは……」と遠慮しかけたが、

 ミアが「いただきます!」と元気よく言ってしまったので、苦笑して椅子に腰を下ろした。


「少しだけ、いただきます。道中で軽く携行食は食べてきたのですが……」


「遠慮しなくていいですよ。見られながらだとこちらも食べづらい」


 俺が言うと、エミルは「助かります」と小さく笑った。




 こうして教えることとなったのは、半年前にミアが魔力の操作方法を知った後だった。


「ねえねえ、セラ先生! わたし、もっと魔術やりたい!」

「……またそれか」


 ミアは引かない。まっすぐセラを見る。


「だって、できるようになったら、すごく楽しいんだもん」


 セラがため息をつく。


「なまじ覚えると怪我の元だ。下手に戦えると思うと逃げる判断が遅れる」


 俺は脳裏に、セラとクロイツの戦闘を思い出す。

 氷刃が100、障壁が砕ける音、火花が散る剣戟。


(いやー。あんなんに絡まれたら、もう無理です)


 セラの言うことはもっともだ。

 可能なら逃げた方がいいし逃げられない相手ならもう無理だ

 

 ……しかしミアは、目を逸らさない。


「お願いします」


 真正面から、頼む。


 セラは困ったように目を閉じた。

 首を左右に傾けたり、天井を仰いだり、珍しく悩んでいるのが分かる。


 しばらくして、ようやく口を開いた。


「……分かった」


 ミアの顔がぱっと明るくなる。


「その辺のごろつきくらいなら返り討ちにできるくらいにはしてやろう」


 さらっと物騒なことを言うな、この人。


 ミアは一瞬だけ固まったが、次の瞬間、強く頷いた。


「うん!」



「まずは宿題。定期的に空の魔石に魔力を入れろ。魔力の流れを滑らかにする」


 ミアは「はい!」と元気よく返事をする。


「それから、半年に一度うちの来な。そこで魔術のレッスンだ。

 それまでは、魔石への充填を日課にしておくこと」


 ミアは何度も頷いた。

 その横で、エミルが頭を下げる。


「ありがとうございます。……本当に」


 セラは手を振った。


「礼はいらない。ミアが死なない程度に面倒を見るだけだ」


 素直じゃない。

 でも、それがセラの優しさだと、俺はもう知っている。




 朝食が進むにつれ、ミアはさらに元気になった。


「このスープおいしい! 街のより好きかも!」


「それは光栄ですね、おかわりもありますからね」

 作ったものを褒めてくれるのは単純に嬉しい。

「えへへ」


 エミルが小さく咳払いをして「食事中は静かに」と、よく話すミアを諫める。

 ミアは「はーい」と返事だけ良くて、結局また喋り始める。


 屋敷で青白く横になっていた頃とは別人みたいだ。

 でもエミルに言わせると「これが元々」らしい。


 元気いっぱいで何より。

 朝の森に、笑い声が混じるのは悪くない。


 俺はスープのおかわりを注ぎながら、ふと、半年経ってもまだ戻っていない指輪のことを思った。


(クロイツ……あいつ、どこへ消えた)


 ミアの問題はひとまず落ち着いた。

 だが、指輪は奪われたまま。

 そして、セラの障壁を貫いた黒い剣の姿は、嫌な予感として胸に残っている。


 賑やかな朝食風景の裏で、次の面倒が静かに育っている気がした。


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