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22 おまじない

「……動けるかい?」


 セラが俺の肩を軽く叩いた。さっきまで痺れていた手足は、痛みを残しつつも動く。氷の刃で受けた打撲がじんじんするが、骨は折れていないはずだ。


「……大丈夫です。刺さってはいないんで」


「そう。なら戻るよ」


 セラはあっさりと言って、家の奥へ視線を滑らせた。


「追わないんですか?」


「追っても無駄だ」


 判断としては正しいのだろう。

 クロイツは逃げる準備を最初から整えていた。セラの障壁を貫く武器か術式まで持っている。

 場当たり的に追えば用意していた罠に引きずり込まれる可能性が高い。


「捕らえたところでミアの症状が回復するわけでもなさそうだしな」


 セラは棚に並ぶ瓶を一つひとつ、指先で弾くように確かめていく。いくつかを見繕う


「薬草……というか、薬の材料は持っていく。屋敷で分析する」


 布を取り出し、数本だけ選んで包む。



「……あいつ、最近仕入れた呪具の影響かもってエミル達に言ってたんですよね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「クロイツは、特製の薬草で体質を整えると言っていました。

 呪術の可能性もあるので、最近仕入れたものを見せて欲しいとも」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 屋敷でエミルが言っていた言葉を思い出す。

 魔道具などの可能性に気づいていたんだろう



「言ってたね。屋敷に戻って屋敷の中身を片っ端から調べるか」


 先ほどまでの戦闘の余韻を噛み締めながら考える


(クロイツの言葉、どこまで信用できる?)


 今まで見たことがないタイプの人間だ。 

 薄っぺらい様な言葉だが妙に説得力がある。

 言っていることが本当なら逃げる必要はないはずだ。


 セラが歩き出す。


「立てるね?」


「はい」




 屋敷に戻ると、ロラン当主とエミルが待っていた。

 俺の顔を見るなり、ロランの表情が強張り、エミルは駆け寄りかけて踏みとどまる。


「お怪我はありませんか?」


「こいつは少し殴られたくらいだが、クロイツには逃げられた」


「逃げられた」

 セラが端的に告げると、ロランの肩が落ちた。


「やはり、クロイツが……」


「いや、あの男はミアの魔力過剰には無関係かもしれない。だが逃げたからには裏がありそうだ」


 ロランが顔色を失い、エミルが唇を噛む。


 セラは続けた。


「クロイツは呪具を探してたそうだね。この家に、魔道具は当然あるだろうが

 呪具めいたもの、古代遺物、いわくつきの品はあるかい?」


 沈黙が落ちる。


 ロランは記憶を探るように眉を寄せ、使用人に目配せしようとした、その前に。


「……っ」


 エミルが、はっとしたように息を飲んだ。


「関係ないと思うのですが。でも……」


 エミルは視線を落とし、言いづらそうに喉を鳴らした。


「ミアの部屋に……古びたぬいぐるみがあります。クマの……」


 セラの目が細くなる。


「ぬいぐるみ?」


「はい。……それと少し待っていてください」


 エミルは廊下の方へ振り返り、廊下をかけていった。数分も経たないうちに、戻ってくる。


 腕の中には、部屋にあった擦り切れたクマのぬいぐるみ。

 縫い目が何度も補修され、片方の耳は少し曲がっている。

 そしてもう一つ、ボロボロの小さな本。表紙は革だが、角が削れ、綴じ糸が弱っている。


「……それは?」


「古い日記……というか、手帳のようなものです。祖父の遺品の一つで倉庫に眠ってました」


 エミルは喉を詰まらせるように言った。


「先代、つまり僕の祖父になりますが、幼少期は病弱だったがおまじないをしてから

 元気になったと言ってたんです」

「そういえば、そんなことを言ってた気がするな」

ロランも頷いている


「急に体調を崩して、治る兆しも見つからないときに祖父の言葉を思い出したんです。

 そこで何か手掛かりはないかと探していたらこの中に手順がありました。

 おまじないでも少しは効けばと試したのですが、何も起こりませんでした」


……中におまじないが書いてあった。体が弱い子どもに行う、と。


 ロランが驚いた顔をする。

「エミル……お前が?」


「……はい」


 エミルの拳が震えている。罪悪感が、表情の端々に出ていた。

 セラは責めるでも慰めるでもなく、ただ「見せな」と言った。


 日記を受け取り、ぱらぱらと頁を捲る。

 文字は古い筆跡で、ところどころ滲んで読みにくい。だが、セラはすぐに該当箇所を見つけた。


「……なるほどね」


 淡々と呟く。

 日記を机に置くと今度はボロボロのクマのぬいぐるみを手に取る。クマの内部が淡く光を放った

「なるほどね、こんなやり方がね。面白い。パスを繋いで、対象者を媒介として発動。範囲指定は固定だが、強度の部分は削れている。術式の構成としては古代でも亜流だが、ぬいぐるみの劣化具合からして制作されて100年は経過していない、一体誰がこれを」


 小さな声でブツクサ言っている。多分楽しんでるな



「この手帳に書いてある通りにやったのかい?」


「はい。ぬいぐるみを枕元に置いて、詠唱を唱えて……」


「詠唱は覚えているかい?」


「覚えてません。書いてある通りに……」


 セラはクマのぬいぐるみを受け取ると、片手で軽く持ち上げた。重みを確かめるように。

 目を閉じ、魔力の流れを読む。


 セラの声が低くなる。


「このぬいぐるみを経由してミアに魔力が流れているわけじゃない」


「と言うと……?」


 ロランが聞き返すと、セラはぬいぐるみの腹部の縫い目を指先でなぞった。


「古い術式だ。このぬいぐるみを祭壇と見立てて経路をつなげることで、魔法陣が発動する。

 対象者は微弱な魔力を集める装置となる仕組みだ。

 本来の魔力流入量であれば健康につながる程度だったが、

 今は古くなったことで術式の一部が欠けている」


 ロランの問いかけとは関係なくぶつぶつ小声で話している。

 思ったままに話しているので言っている内容はよく分からない。

 結構、魔術オタクなんだよなぁ。


 セラは机の上に置いた日記を軽く叩く。


「古いしな。布も糸も朽ちる。刻印も薄れる。

 制御不良を起こして、魔力がダダ漏れになってもおかしくない」


 俺はミアの顔を思い出す。

 元気そうに見えても、また溢れれば同じ苦しみが来る。


「……じゃあ、どうしたら」


 ロランの声が震えた。


 セラはぬいぐるみを机に置き、短く言った。

 どうやら思考の暴走はおさまったようだ。


「まず、発動した魔術の止め方を探す。それが無理なら別の対処法を考えよう。それと……」


 普通に話しかけてきたと思ったら、急に黙り込んでから話を続けた。

「仕入れた呪具を見たいと言ったな、クロイツの目的は呪具や魔道具そのもの……」


 独り言のように話を繋いでからロランに指示を出す。

「ロラン、魔道具の在庫を確認してくれ、クロイツに何かを盗まれているかもしれない」


 ロランは息を呑み、ゆっくり頷くと使用人に指示を出した。




「……クロイツの言い分、どこまで本当なんでしょうね」


 俺がぼそっと言うと、セラはぬいぐるみから視線を外さずに返した。


「全部が本当でも全部が嘘ってわけでもないだろうね。混ぜたほうが効果的だ」


「混ぜる?」


「本当のことに嘘を少しだけ混ぜて、相手の判断を鈍らせる。よくある手だよ」


  

 話をしながらミアの部屋まで辿り着く

「診せてもらってもいいかい」

「はい!よろしくお願いします!」

 元気いっぱいだ


「なるほどね」

 セラが一言つぶやいたと思ったら、再び独り言を長々と語り出して思考の海へと入り込んだ


 全部は理解できないが意味合いとしてはこういうことだ

 

 体の中には常に魔力が循環している。

 だがその循環の輪の流れを書き換えることによって

 対象者の内部に魔法陣を組み込むことが出来る。

 

 常に魔術が行使されている状態なのだという

 一度流れを書き換えたものを修正するのは難しいし、そもそも危険な行為ではある。

 魔力の流入を抑えるのは難しいかもしれない

 

 そうしているとロランとエミルがやってきた


「盗まれたものがあります。……潮環ちょうかんの指輪。」

 ロランが右段奥を探り、青い布に包まれた小箱を取り出す。

 蓋を開けるも中身は空だった。



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